遅咲き冒険者の七星光芒(セプタ・グラム)~俺が脱落した後、勇者パーティーは何事もなく魔王を討伐しました。今更もう遅い覚醒から始まる、最強最悪最高の大冒険~
第9話:タイトルはさしずめ、『勇者パーティーの足手纏いだった俺ですが、■■■■に覚醒したので世界を滅ぼします』ってかぁ!?
第9話:タイトルはさしずめ、『勇者パーティーの足手纏いだった俺ですが、■■■■に覚醒したので世界を滅ぼします』ってかぁ!?
斬った。斬った。斬った!
紛い物とはいえ、かつて七人で悪戦苦闘した鬼神の六腕を、自分の手で。
仄暗い高揚と達成感が胸を満たす。俺にもできた。俺にもできる。
俺だって、俺だって皆のように!
「ギャアアアア! い、いい気になるなよ! 上級魔族の再生力なら、腕を生やすくらい――な、なんで再生しない!? 話が違うだろ!?」
六腕でなくなったリザードマンは、かつてのアーシュラと同様に狼狽。
そしてやはり同じように、俺の大鉈を見て驚愕する。
「そんな馬鹿な、《
「その秘密は、こいつだよ」
俺は右手にあるもう一つの刃、義手の内部から飛び出した剣を見せつけた。
剣が発する星の輝きを見て、リザードマンは二度目の驚愕。
「星の剣……いや、違う。なにか違う! それは一体なんだ!?」
「こいつは最高峰の錬金術で精製された《偽オリハルコン合金》を、最高峰の鍛冶技術で叩き上げ、限りなくオリジナルに近づけた贋作星剣。オリジナルから供給された《星輝》を充填することで、疑似的に星剣と同じ力を発揮できる。これが多くの上級魔族の意表を突いた、俺の切り札――《
上級魔族といえど、オーレンたちを相手にすれば決して余裕はない。
結果、俺に対する警戒の優先度は相対的に下がる。一番弱くて、一番警戒されない俺だからこそ、偽星剣という隠し玉は最大限に効果を発揮した。
偽星剣に充填した星輝は、大鉈や仲間の武器にも付与できる。そうすれば一撃限りだが、上級魔族にも再生困難なダメージを与えられるのだ。
俺の一流には程遠い剣技で鬼神の六腕を切断できたのも、魔族に特効性がある星輝のおかげ。これなら、彼奴の首も断てる!
「これで、終わりだああああ!」
「く、来るな! 来るなああああ!」
リザードマンは逃走を図るも、リュカの精霊術で発生した障害物が逃げ場を奪う。
そして俺の偽星剣が、一太刀でリザードマンの首を――!?
「グギギギギ……!」
「こん、のおおおお!」
首を落とすはずの刃が、骨に達する手前で止まった。
こんな肝心なときに、充填した星輝が切れやがった! 偽星剣はオリジナルと違い、充填された分の星輝を使い切ってしまえば、最早ただの剣だ。それでも切れ味は一級品だが、再生する肉に阻まれて刃が通り切らない!
あとちょっと、あとちょっとなのに! ここまできて失敗とかなしだろ!?
俺は大鉈を投げ捨て、両腕でなんとか押し切ろうとする。
「ふざけんな。俺は最強に、勝ち組に、究極になるんだ。それをお前みたいな雑魚に、雑魚なんかににににニニニニギギギギ――ギャブバアアアアアアアアッッッッ!」
「なん――ぐべぁ!?」
突然、視界を埋め尽くしたのは、六腕全て斬り飛ばしたはずの手。それも六つ再生したどころか、八とか九とか十本どころの話じゃない。数え切れない量の腕が束になって、まるで大樹か大蛇のごとくリザードマンの体から飛び出したのだ。
アーシュラの力でもなければ、ましてやリザードマンの力でもない。
これは一体なんだ、彼奴になにが起こったんだ!?
全身を掴まれた俺は一瞬の浮遊感の後、地面に叩きつけられる。
巨大な丸太で圧し潰されたようなものだ。肉と骨が軋んで悲鳴を上げる。
「あ、ぎ、が……!」
「ザック! ザックを離しやがれヨ、この野郎――あぅ!?」
弓を射ようとしたリュカも、数珠繋ぎに伸びた腕で壁に張りつけにされてしまう。
助けはない。打開する手立てがない。死の足音がすぐ耳元にまで迫っている。
「ギャババババ! 馬鹿がバガガ馬鹿が! お前みたいな無能の負け犬野郎は、そうやってなにもできず惨めにくたばる運命なんだよぉぉぉぉ!」
リザードマンの高笑いが、嫌にガンガンと頭の中で反響した。
……負ける? また負ける? 結局、最後の最後まで負け犬のまま?
いつもこうだ。いつもこうなんだ。上手くいかない。上手くやれない。負けて、失敗して、笑い者にされて。足掻き抜いた末に残るのは、いつだって惨めな気持ちだけで。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! 負けるのは嫌だ! 惨めな思いはもう嫌だ!
ああ、駄目だ駄目だ。余計なことを考えるな。だって無意味だ。苦悩も嘆きも怒りも絶望も。勝って初めて美談に、経験値になる。どれだけ頑張っても苦しんでも、勝たない限りはゴミ。負け犬がなにを喚いたって叫んだって、誰も手を差し伸べてはくれない。
苦しむだけじゃ、怒るだけじゃ、なんの力にもなりはしないのだから……。
『それはもう違うよ。今の君なら、ね』
「――――」
固い種子が割れて芽を出すような、そんな音が自分の内側で響いた。
瞬間。俺を圧し潰そうとしていた腕の束が黒く、燃え尽きた灰と化して崩れる。
軽く右腕で振り払った灰は、白い結晶に変じて霧散した。それとは別に、ゴトンと音を立てて地面に転がる金属の塊が一つ。
義手だ。右腕の義手が外れて落ちたのだ。
しかし、右腕は変わらずあった。過去の戦いで欠損したはずの右腕が。ただし人間のソレではない。黒い甲殻に覆われ、隙間には血色の結晶が覗く異形の右腕だ。
それを目にしたリュカとリザードマンの表情が、戦慄と恐怖に強張る。
「ザック。その腕は、なんで……!?」
「ま、ままままオウオウオゴゴゴゴギャアアアア!」
半狂乱のリザードマンの体から、再び腕の束が飛び出す。
それもさらに数を増した、濁流にも似た大蛇と化してこちらに迫った。
「――あはっ」
生理的嫌悪感を禁じ得ない、おぞましい攻撃。
しかし、不思議だ。今の俺には、ただ滑稽にしか感じられなかった。
どうすればいいかなんて、スキルツリーに刻まれた『経験』が教えてくれる。
俺はただ、無造作に右腕を突き出しながら走り出した。それだけで襲い来る腕の束が、触れもしないうちに朽ち果てていく。
脆い脆い! なんだこれ、他人が作った砂の城をぶっ壊すみたいに楽しい!
はしゃぎながらのかけっこは、残念ながらすぐに終わってしまった。
俺の右腕がゴールに到達し、リザードマンの柔い体を貫いたことで。
「ギャ、ハハッ。そういうこと、かよ。あの魔女め、どういう魂胆か知らねえが……俺にやったのと同じように、お前にも植え付けていやがったな。それも、《魔王》のスキルツリーを! 俺たちが滅ばなかったのも、ここに第二の魔王がいたからか!」
心当たりは一つしかない。俺が勇者パーティーを抜ける駄目押しになった、謎の魔族が植え付けた呪い。アレは呪いでなく、スキルツリーの種子だったというのか。
だとすれば皆と分断されたときに出会った、あの魔族こそが魔王――?
「しかし、こいつは傑作だな。俺の他にも、生き残った魔族は大勢いる。そいつらも空席になった魔王の座を狙って、まだまだ人間どもを殺しまくることだろうぜ。お前が生きている限り、お前のおかげで、お前のせいで! とんだ笑い話だよなあ、これは! タイトルはさしずめ、『勇者パーティーの足手纏いだった俺ですが、第二の魔王に覚醒したので世界を滅ぼします』ってかぁ!? ギャハ、ギャハハハハ――!」
右腕で貫いた胸から、リザードマンの全身が真っ黒に染まる。
なにげなく右腕を上げれば、宙に散らばった黒い灰が白い結晶に変わり、キラキラと反射で輝いて頭上から降り注ぐ。それはまるで、俺を祝福する星の雨みたいで。
俺は思わず、ニッコリと口元を綻ばせて笑ったのだった。
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