第8話:二人きりでも勇者パーティーだ。その連携を舐めるなよ!


『神秘調律/我は汝と奏でる/秘めた力を芽吹き、咲き誇ろう!』

「こいつを喰らいナ! 【花咲はなさかの矢】!」


 リュカが腰のポーチから取り出したのは、木の実と魔物の爪や牙がそれぞれ四つ。

 指の間で挟んだ木の実へ、詠唱と共に霊力が注がれ、発芽。伸びる枝葉が矢羽を、根が魔物の爪牙を巻き込んで鏃を形成。瞬く間に四本の矢が出来上がった。


 精霊の力を蓄えた《霊樹》の枝で造られし《霊弓》へ、四本を一度に番えて撃ち放つ。四つのうち二つがさらに炎と氷の矢に変じ、六腕リザードマンへと迫った!


「ハッ! この程度ぉ!」


 六腕リザードマンは長柄の槍と戦斧を回転させ、矢を四発とも弾き飛ばした。

 続けて放たれる矢も防ぎながら、リュカに向かって駆け出す。


「どうしたどうした狙いが甘いぞ! 届いてすらいない矢まである始末! 強気な顔しても、本当は俺が怖くて手が震えてんじゃねえのかぁ!?」

「当たらなくていいのさ。リュカの矢は、だからな」


 この小部屋は六腕で手にした得物を振り回せる程度に広く、距離を取って逃げ回るにはやや狭い。敵に有利な地形だ。俺が足止めする必要がある。

 リュカへの接近を阻むべく、俺は大鉈で六腕リザードマンへ斬りかかった。


「馬鹿が! お前みたいな雑魚、一撃で終いなんだよ!」

「がふ!」


 筋力でも闘気でも圧倒的に勝る、上級魔族の重い一撃。俺の体が軽々と宙を舞う。

 剣の一振りで蹴散らした俺にはもう一瞥もくれず、リザードマンは速度を落として嬲るようにジリジリとリュカに近づいた。


「ギャハハ! 前衛が肉壁にもならねえ役立たずじゃ、英雄様もお手上げだなぁ!?」

「そいつはどうだろうナ? 誰が一撃で終いだって?」


 何事もなく足から着地していた俺は、即座に後ろから六腕リザードマンに肉薄。

 そして隙だらけの背中へと、大鉈を振り下ろし――!?


「おおぅ!?」

「あ、がっ!?」

「ザック!?」


 三つ、驚愕の叫びが重なる。

 戦斧の石突が鳩尾に刺さり、俺は堪らず体をくの字に折った。

 滅茶苦茶ビックリした顔だった六腕リザードマンは、わざとらしく高笑いして余裕の態度を取り繕う。


「ハ、ギャハハハハ! そんな姑息な不意打ちが通用するとでも思ったか!? 俺は鬼神の力だけでなく、戦いの経験まで手に入れてるんだよぉ!」

「ちぃ!」


 槍、戦斧、剣を二本ずつ手にした六腕が俺に襲いかかる。

 六腕リザードマンの発言は虚勢じゃない。増えた六腕を違和感なく扱えているのがその証拠だ。スキルツリーには、養分となった宿主の経験が刻み込まれている。鳥が当たり前に翼で空を飛ぶように、本能で六腕の扱いを心得ているのだ。


 しかし。それでも、扱うのはあくまでリザードマン。鬼神本人ではない。


「スォォォォ」


 俺は乱れた呼吸を整え、体内で【精霊術】を操るための《霊力》を練り上げた。

 青い光を帯びた体に雷が走り、加速した動きで六腕の攻撃を掻い潜る。


「雷の精霊術、だとぉ!? 馬鹿な、お前ごときにそんな高等な術が使えるはず!?」

「確かに自力だけじゃ使えないさ。俺はリュカの雷を散々喰らい続けた経験から、彼女から受けた雷を体に充填して、自分の力として操れるスキルを開花させた。これが俺の持つ数少ない固有スキル、【龍雷の加護】だ!」

「貰い物の力で調子乗ってんじゃねえよ!」


 どの口が言うのかと思いつつ、俺は雷によって加速した体感時間の中で、六腕リザードマンの動きをじっくり観察する。


 武器を振り回す六腕のうち、腕二本と腕四本の間で動きにズレが生じていた。常に二本の動きに対し、後の四本が遅れる。おそらく、元々二本腕だった感覚・認識が抜け切っていないのだろう。


 おかげで恐るべき六腕の暴威が、三人がかりの拙い連携に劣化している。リザードマンは、獲得したアーシュラの力と経験を十全に引き出せていない。

 だから俺は今も、避ける受け流すと六腕の攻勢をやり過ごせていた。


 それなのに……完全に不意を突いたはずだった背後からの奇襲。六腕リザードマン自身も咄嗟だったと見える石突の反撃は、鋭く重い見事な対応だった。

 まるであの瞬間だけ、アーシュラの経験が完璧に引き出されたような――いや、そういうことか。


「リュカ!」


 俺はハンドサインで指示を送る。リュカも即座に応じてくれた。

 援護射撃に放たれていた矢が勢いを落とし、それに気づいた六腕リザードマンが厭味ったらしく嗤う。


「どうした、お仲間の援護が弱いな? お前がウロチョロと邪魔臭くて上手く狙えないのか、もしくはお前を助けたくなかったりしてなぁ? ギャハハ!」

「違うな。準備が整ったのさ」


 六腕への対処が追いつかなくなり、俺の体勢が大きく崩れた。

 そこを逃すまいと振りかぶられる戦斧。首が胴から飛ぶ未来を確信し、六腕リザードマンの口元が笑みに裂ける。そのときだ。


 突如として地面から生えた氷の樹に、六腕リザードマンは仰天。

 予めわかっていた俺は、成長中の枝に掴まることで上昇。間一髪で戦斧から逃れた。


「な、なんだぁ!? このダンジョンに、こんな仕掛けはなかったはず!?」

「仕掛けたのはリュカだよ。バカスカ矢をばら撒いていたのは、精霊術の『罠』を張り巡らせるためだったんだ」


 そこら中の地面に刺さった矢から、次々と攻撃が飛び出す。

 火球。風刃。氷塊。石柱や樹木、果ては狼や鳥の姿を象った霊体まで。

 先程までの弓矢と違い、方向も射線もタイミングも読めない攻撃だ。今度は六腕リザードマンの方が、手数に押されて対処が追いつかなくなる。さらに密集して生えた木が彼奴を包囲し、動きを一層制限する。


「この――ギャフ!?」

「今だ! 【錬成】!」


 長柄の槍と戦斧が木に引っかかり、すり抜けた火球と風刃がとうとう直撃した。

 上体が仰け反り片足も上がったところへ、俺はすかさず六腕リザードマンを囲む木に触れて【錬成】を発動。枝分かれして伸びる柱が、彼奴を不安定な体勢のまま拘束する。


 普通、生きている植物に【錬成】は通じない。しかし精霊術で強制的に発芽・急成長させた植物は、その時点で命を終えている。つまり切り出した材木と同じなのだ。


「オラアアアア!」

「ギャン! このカスがよくも……ああもう、邪魔くせぇぇ!」


 ようやくまともな一撃が入ったものの、やはり傷の治りが早い。肉体の頑強さばかりか、再生力も上級魔族のそれだ。

 しかし六腕リザードマンの動きは悉く罠に阻害され、戦いの主導権はこちらのもの。


【魔法】が『使い手が望む神秘の力を創り出す』術なのに対し、【精霊術】とは『元々そこに在る神秘の力を増幅し操る』術だ。術の内容が環境や触媒に依存する反面、環境や触媒の力を利用する分エネルギー効率で魔法に勝る。


 木の実は成長の指向性を操作されて矢に変形。鏃に仕込んだ魔物の素材は、そこに宿る神秘をさならが種子のように『発芽』させた。矢を炎や氷に変えることも、矢が刺さった先で炎や氷を発生させることも自在。


 環境を味方につけ、意のままに環境を変遷させる。これが魔法と似て非なる、リュカの精霊術だ。最早完全に、敵はその術中に嵌まっていた。

 咲き乱れる精霊術の中、俺は共に踊るかのように駆け抜け、大鉈を手に舞う!


「なぜだ!? こんなデタラメに起こる炎や風に、なんでお前は巻き込まれない!? まるで、いつなにが起こるかわかっているみてえに……!?」

「わかるさ。初級止まりの【精霊術】でも、矢に込められた神秘の属性くらいは感知できる。後は長年一緒に戦った経験で、リュカがどう俺をサポートしようとするか予測できるし、逆もまた然り。たとえ予測が外れても互いに補い合える。二人きりでも勇者パーティーだ。その連携を舐めるなよ!」

「ち、くしょうがああああ!」


 目まぐるしい場の変化に翻弄され、六腕リザードマンは一方的に俺たちの攻撃を喰らっていく。――ただしダメージは正面に偏り、背面からの被弾が明らかに少ない。


 やはりそうだ。意識的に攻撃するときより、不意を突かれて咄嗟に反応するときの方が、特に後から背面に生えた腕四本の動きがいい。咄嗟の反応とは、つまり思考を介さない無意識の行動。そのとき、アーシュラの経験だけで体が動いているからだ。


 つまり下手に不意を突くより、思考する余裕を与えた方が隙は多いということ。

 たとえ鬼神の力を得ようが、どう扱うかの判断を下すのはリザードマンの意思だ。

 考える暇を残しつつ焦らせれば、必ずや判断を誤る。本来はもっと激しくできる罠の頻度を、あえて減らさせたのもそれが狙いだ。


「あが! ぐっ! げほ! この、いい加減にしやがれええええ!」


 痺れを切らした六腕リザードマンは、体を大きく回転。周囲の罠を、矢が刺さった地面ごと薙ぎ払う。武技もなにもない力任せの解決法だった。


 ここだ! 俺は【錬成】で作った即席の盾に、【神聖術】の守護を付与。さらに魔法障壁を上から重ね、自身は闘気で肉体を硬化させる。

 三重に固めた防御で、俺は六腕の薙ぎ払い全てを受け止めた!


「ぐ、がは……!」

「ギャハハ! 馬鹿かお前! そんな弱い魔法や闘気を重ねたところで、瘴気の槍や魔剣を防ぎ切れるわけねえだろうが!」

「ああ。割ときっついダメージもらったよ。骨にもヒビが入ったかな。だが――これで六つの武器が一ヶ所にまとまった。リュカ!」


 リュカの放った矢が、六つある武器が丁度重なった一点に命中。

 鏃に込められたのは蜘蛛の牙だ。精霊術による神秘の発芽で、飛び出した蜘蛛糸が六つの武器をひとまとめに縛り上げる!


「ちぃ! だが、馬鹿め! この程度の拘束が引き千切れないとでも思ったか!」

「だからこうする。【グラビティ】!」


 俺は即座に《魔法銃》を抜き、ひとまとめになった武器目がけて撃った。

 すると黒い球体に包まれた武器が何倍にも重量を増し、地面に落ちて深くめり込む。六腕リザードマンが持ち上げようとしても、ビクともしなかった。


「重力魔法だとぉ!? なんでお前みたいな雑魚が……ちょ、ま、重っ!?」

「これでお前は丸腰だ!」


 俺は大鉈と、義手に仕込まれた『もう一つの刃』で斬りかかる。

 動揺。逡巡。武器への未練。どれだけ強大な上級魔族の力を得ても、未熟な精神と判断力が致命的に対応を遅らせる。


 斬り飛ばされた六腕が、血飛沫と共に宙を舞った。

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