第7話:タイトルはさしずめ『魔族の最底辺だった俺ですが、鬼神の力を授かったので今日から無双します』ってかぁぁぁぁ!?


「やっべえ俺ツエェェェェ! 俺ってばもう無敵じゃね? 最強じゃね? やべえよ、俺の勝ち組人生が始まっちゃうよ! タイトルはさしずめ、『魔族の最底辺だった俺ですが、鬼神の力を授かったので今日から無双します』ってかぁぁぁぁ!?」


 魔族特有のよくわからないネタを交えながら、やたらテンション高く笑う六腕のリザードマン。なんというか、町の酒場に居座るチンピラみたいなヤツだ。


 しかし膨れ上がったオーラの量は、最早チンピラや雑魚の霊格じゃない。この暴力的な闘気、間違いなくかつて戦った鬼神のソレ。しかし、なぜリザードマンが!?


「ひ、ひぃぃぃぃ!? どうなっているんだ! あいつはただの雑魚リザードマンじゃなかったのか!? わ、私たちよりも遥かに霊格レベルが上だなんて……!」


 大気が震えるような闘気圧に、A級冒険者たちは子犬のように縮こまった。

 矛盾するようだが、冒険者は危険を冒さない。《霊格》で相手の強さはある程度判別できるのだ。敵いそうにない霊格の相手には、敵うだけの霊格になってから挑む。敵いもしない相手と戦うのは馬鹿がすること。それが冒険者の鉄則だ。


 だから一目で判別できるほどの圧倒的霊格差は、A級冒険者の心をあっさりとへし折った。力自慢の彼らも、いざその力が及ばない相手を前にすればご覧の有様だ。


 それはさておき、六腕リザードマンの発言は聞き捨てならない。


「オイ、トカゲ野郎。『鬼神の力を授かった』というのはどういう意味だ? そもそも魔王が死んだのになんでまだ生きている?」

「アーン? 誰かと思えば、これはこれは。【星剣の勇者】のパーティー、のオマケ野郎。金魚のクソの冒険者じゃねえか! ギャハハ! こんな辺鄙なダンジョンでなにしてやがる? 勇者パーティーから駄犬よろしくポイ捨てされちまったのかぁ?」

「その辺鄙なダンジョンでコソコソ隠れ住んでたトカゲ野郎は、雑魚すぎて魔王様に置いてけぼりにされたってカ? それともご主人様の死にも気づかなかったかヨ?」


 六腕リザードマンの嘲笑に、隣のリュカも挑発を返す。やたら人間臭く表情豊かなトカゲ顔が、わかりやすく不愉快で歪んだ。

 王と言っても、魔族に魔王への忠義はない。彼らの上下関係はあくまで力による序列。常に頂点の座を狙って争い合っているのだ。


「魔王の死は、俺たちにも感覚で伝わってるさ。魔王が滅べば魔族全てが滅ぶ。そのルールがなんで今回不発だったのかは、俺にもわからねえし興味もねえよ。どうやら俺以外の魔族も死に損なったみてえだしな」


 他にも魔族の生き残りが? その上、当人たちにも原因はわからないときたか。

 なにか今までの歴史上にもなかったような、未曾有の事態が起こっている?


「そんなことよりこの力だろ? ある日、フラリと《薔薇の魔女》が現れてよ。俺の体に、アーシュラのスキルツリーの《種子》を植え付けやがったのさ。するとどうだ? あのいけすかない武人気取りのスキルが! 力が! ぜーんぶ俺の物になったんだ! お前らのことも、スキルツリーを通してアーシュラの記憶が見えたんで知っているのさ」


《薔薇の魔女》とは、魔族の中でも特別な立ち位置にいた女魔族だ。

 殺人遊戯ゲームの進行・監視役を務め、ルールを破った魔族には冷酷な制裁を下す。俺たち勇者パーティーも幾度となく相対したが、直接戦うことは結局なかった。


 だからあの魔女も生きていることには驚かないが――スキルツリーの移植だって?

 つまり俺たちが倒した《戦嵐のアーシュラ》から、なんらかの手段でスキルツリーだけを回収。それをこのリザードマンに植え替えたというのか。


 ありえない、とは言い切れない。かつて戦った上級魔族の《エルダーリッチ》が、魔物に異なる魔物の部位や器官を移植し、合成生物を創り出した前例がある。スキルツリーも霊的な器官、言わば内臓の一種だ。


 しかし内臓の入れ替えで、能力や記憶まで手に入るだなんて。スキルツリーを神の恵みと崇める聖職者が聞けば憤死しそうな話だ。


「これってよお、もしかしなくてもビッグチャンスじゃね? 魔王も上級魔族もいない今、鬼神の力を得た俺が一気に成り上がってよお! 悲願である『究極の存在』に、この俺が至っちゃうことだってワンチャンあるんじゃね!?」


 酷く興奮した様子で、六腕リザードマンは目をギラギラ輝かせている。無理もあるまい。一族の大願を成し遂げる栄誉が、底辺を這う自分の手元に転がってきたのだから。


 彼ら魔族は、残忍だから殺人遊戯を行うのではない。

 残忍な、人の道を外れた悪逆非道を成すことで、人を超えた高次の強さが手に入る。

 魔族は心からそう信奉しており、残忍さを追求するためにこそ殺人遊戯を行うのだ。


 事実として、殺人遊戯を完遂した魔族が上位の種に進化した事例も確認されている。

 どうやら魔族は人族と異なる、で成長するスキルツリーを身に宿しているらしい。


 そうして彼らが目指す最終目標こそが、『究極の存在』なるモノ。

 魔族の頂点である魔王でさえ、限りなくソレに近い者に過ぎないという。


 何百年もかけて未だ届かない至高の領域を、魔族は本能にも等しい使命感で追い求め続けている。だからこいつも、当然のようにそうするのだ。

 鬼神の力で、また凄惨な殺人遊戯を繰り返すことで。


 なら、俺たちがやるべきことは一つだ。


「ったく。こっちは魔王倒してハッピーエンド、心機一転で新しい冒険を始めようってときにヨ。とんだ残業が待っていやがったゼ」

「ま、見つけたからにはキッチリ片づけよう。やり残しがあると寝つきが悪くなるし」

「君たち正気ですか!? あのオーラが見えるでしょう!? ヤツは私たちよりも霊格が上なんですよ! 勝てるわけがない! 無駄に命を投げ捨てるようなモノです!」


 軽口を叩き合う俺とリュカに、魔導士は狂人でも見るような目で喚いた。

 六腕リザードマンの霊格は、力もアーシュラと同等か、それ以上かもしれない。


 こちらもアーシュラと戦ったときより遥かにレベルアップしている。しかし七人パーティーで苦戦したあのときに対して、今度は二人だけだ。

 冒険者なら逃げるのも一つの手だが、勇者パーティーとしてはそうもいかない。


「バーカ。こいつが堂々と姿を見せたのは、もう隠れる気がねーってことだロ。ここで食い止めなきゃ、こいつは人里に出て殺人遊戯を始めるゾ」

「勇者が戦いに怖気づいたり躊躇ったりすれば、その間に戦う力のない人々から犠牲になっていく。だから勇者パーティーには、勝ち目のあるなしで魔族との戦いを避けるなんて真似は許されないんだよ」


 オーレンは馬鹿でお人好しだった。泣きたいほど怖いくせに、誰かを見殺しにするのはもっと怖いからと、前に向かって逃げ出すような臆病者だった。

 そんなあいつだからこそ、本物の勇者に選ばれたのだ。


 その勇者の仲間である俺たちが、『敵が強そうだから』で退けるかよ!


「ば、馬鹿の無謀になんか付き合えるか!」

「ここは冷静に考えて、戦略的撤退だろ!」

「自殺ならお前らだけで勝手に死にやがれ!」

「ママァァァァ!」


 我先にと逃げ出していくA級冒険者たち。

 最初から期待していなかったとはいえ、いっそ鮮やかな逃げっぷりだ。

 気にも留めず、俺とリュカは六腕リザードマンと対峙する。


「お前らは逃げなくていいのかよ? アーシュラを倒すのに七人がかりだったくせに、たった二人でこの俺と勝負になるとでも思ってんのか!? いや、足手纏いの雑魚冒険者がいるからむしろ実質一人未満かなぁ? ギャハハハハ!」

「……どうやら、アーシュラから引き継いだ力も記憶も完全じゃないらしいな。そんな台詞が出るようじゃ、お前もアーシュラの二の舞になるだけだ」

「覚悟しやがれ! てめーらが舐め腐った冒険野郎の強さと凄さとかっこよさ、もう一度スキルツリーの芯まで叩き込んでやるヨ!」


 リュカが弓を構え、俺は大鉈を手に六腕リザードマンへ挑みかかる。

 過去の再演めいた戦いに、不謹慎にも心躍る自分がいた。

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