第6話:【過去の記憶】いいや、まだ俺がいる
魔王討伐より二年前。菓子と戦士の町シャルモ。
王族の舌も唸らすケーキ店と、屈強な戦士を輩出する闘技場。その二つで国中に名を知られた町は、たった一体の悪鬼によって壊滅の危機に晒された。
六つの腕で六種類の武器を操る鬼神。上級魔族《オーガロード》の中でも飛び抜けた強さで、付いた異名が《戦嵐のアーシュラ》。
町の治安を守る衛兵隊が、犠牲を払いながらも鬼神を闘技場に誘導。おかげで巻き添えの危険を排して勇者パーティーは決戦に持ち込んだが、鬼神は強敵だった。
勇者パーティーが、一度は壊滅寸前に追い込まれたほどに。
「オーレン! お願い、目を開けて!」
重傷で倒れた勇者に、騎士の少女は必死に【神聖術】で治癒を施す。
腰まで届く栗色の髪に、翡翠の瞳。穏和な美貌。清廉を象徴する白磁の騎士鎧。
【聖天騎士】にして【聖女】たるメルの懸命な治癒でも、勇者の回復には時間を要した。
「メル! 回復を急いで! これ以上は、持ちません!」
「意地でも持たせるんだヨ! せめて、あいつが戻るまでは――!」
「わーん! こいつ強すぎるんじゃがー!?」
「……大ピンチ」
仲間たちが敵を包囲し、なんとか二人を守ろうとする。
しかし六腕で六つの武器を操る《戦嵐のアーシュラ》相手に、四人では手が足りない。
それぞれ殺していい獲物を条件付けられた六つの武器は、対象とあえて相性の悪い特性を備えている。聖職者の祈りで弾かれる瘴気の槍、魔法防御で威力が落ちる魔剣といった具合に。そうやって獲物に抵抗の余地を与えた上で、嬲り殺しにするやり口なのだ。
それを可能とする圧倒的武技が、着実に勇者パーティーを追い詰める。
「貴様らは確かに強い。だが、我には一手及ばぬな!」
アーシュラは四手で四人の攻撃を捌き切り、五手目で包囲を蹴散らした。
そしてなお治療を止めないメルの無防備な背中に、詰みの六手目を――
「させるかボケェェェ!」
「また貴様か……!」
振り下ろす寸前で間に割り込んだのは、場外まで飛ばしたはずの七人目だ。
頭頂部が白く色褪せた黒髪。平均的な顔と体格。それでいて不敵な眼差しと笑み。
【冒険者】ザック。勇者パーティーの中でも、あらゆる意味で異色の少年。
聖職者が宿す【聖気】の守護がなければ、槍の瘴気はたちまち相手の肉を侵食する。ザックはその【聖気】を大鉈に付与し、槍を防いでいた。
それでも所詮は初級止まり、「身につけはした」程度の守護に過ぎない。
ジワジワと皮膚が腐る苦痛に、ザックは歯を食い縛った。
「ぐうううう……ぐは!」
「退け、羽虫が」
アーシュラは石突で軽くザックを払いのけた。せいぜい一手分の時間稼ぎ。
しかしその一手分の遅れで、仲間たちの再攻撃が間に合う。
攻撃は悉く弾かれたものの、アーシュラをメルとオーレンから大きく引き離した。アーシュラが忌々しそうに舌打ちする。
「ゆけーい、儂の《万能ユニット軍団》よ!」
そこへ小型の飛行機械群を差し向けるのは、背中に機械の箱を背負った幼女だ。
金髪金眼。幼児体型。舌足らずな声音に老獪な口調。動きやすくも派手な衣装。
【錬金学士】モネー。叡智で神秘を解き明かさんとする錬金の学士。
錬金術師は、元々アーシュラにとって相性が悪い。人体の動きなら二手三手と先を読める武人の眼力も、魔導機械や【錬成】スキルで操る鉱物には有効でないからだ。
とはいえ、モネーの手は一度見た。小型の飛行機械群が変形合体することで、大型の魔導機械に化けるのだ。しかし合体機構は【錬成】スキルの補助を前提としているため、モネーの手元でしか不可能。彼女に注意を払い、合体する間を与えなければ済む話だ。
小型の牽制を意に介さず、アーシュラはモネーへ距離を詰める。
仲間の助けも間に合わない――そう確信した直後、背中に衝撃!
「生憎とこいつの変形合体は、俺の初級【錬成】でもできるんだよ!」
一蹴したはずのザックが背後から、右手に装着した魔導機械を当てていた。
小型機械は牽制に見せかけ、ザックの下で変形合体を行ったのだ。ザックに魔導機械を操作する知識と、変形合体を補助する【錬成】スキルがあるからできた奇襲。
僅かな動揺の隙に、モネーも合体した魔導機械を手に、アーシュラを挟撃する。
「喰らえい! 重力圧プレス機、《鬼神もペッタンコくん》じゃああ!」
「いつものことながら、ネーミングセンス!」
前後から合わさった機械が、さらに変形合体。
巨大な箱にアーシュラを閉じ込め、超重力で箱ごと圧し潰しにかかる。
「ぐうううう! これ、しきぃ!」
「即席の重力では、時間稼ぎがせいぜいじゃ! ほれ、とっとやれい!」
「わかっていますよ! 魔法陣多重展開。六……十……十二……ぐ、うぅ!」
モネーの呼びかけに応じるのは、紫のローブに身を包んだ魔導士の少年。
後ろで三つ編みにまとめた銀髪。神経質そうな紫紺の目。線の細い美形。
【大魔導士】グレイフ。生まれ持つ才覚に満足せず、未知の魔法を開拓する探究者。
六連が限界とされる多重魔法陣を、既に十二連展開。しかし彼が行使しようとしている魔法には、十三連の魔法陣が必要。ここまでの戦いでのダメージと消耗が響き、完成まであと一歩届かない。
その足りない一つを、ザックの展開した魔法陣が補う。
「だらしないぞ、大魔導士! 根性出しやがれ!」
「うるさい冒険馬鹿! 黙って呼吸を合わせなさい!」
『神秘演算/我は汝に命じる/滅びの閃光にて、破壊の紋様を描け!』
「「【リフレクション・ターミネイトレイ】!」」
魔法陣を連結させての協力魔法行使。喧嘩腰のやり取りとは裏腹の、確固たる信頼関係なくして不可能な連携が、脅威の十三連魔法式を成立させる。
放たれたのは、回遊する魔法陣で無限に反射を繰り返す超熱量光線!
「舐める、なあ!」
重力圧プレス機を破壊したアーシュラは、無限反射の光線を六腕で弾き続ける。
射角も射線も絶えず変化し続けているというのに、凄まじい技巧の冴えだ。
流石にその場から動けないが、光線が邪魔で勇者たちも追撃は困難。
そう思ったであろう一瞬の隙を、光線の網目を掻い潜った一矢が貫く!
「そこだゼェ!」
「ぐう!?」
矢はアーシュラの腕の一本を射抜き、地面に縫い止める。さらに矢が刺さった地面から木が生えて、より強固にアーシュラを拘束した。【龍霊射手】リュカが放ったその矢には、木の急成長を促す精霊術が込められていたのだ。
そして光線も同時に途絶えたが、前屈みになって動けないアーシュラへ、頭上から急襲する影。
白い髪に赤い目。寡黙な無表情。尖った耳に黒い肌のダークエルフ。
【狂闘士】ウサギは、身の丈ほどもある戦斧を裂帛の闘気と共に振り下ろす。
「ここで決める。……【ブレイキング・ベルセルク】!」
「お、おおおお!」
その細身と物静かな顔からは想像もつかない、荒々しく重い一撃。
それを五腕で受けるも、アーシュラは苦悶の声を上げる。戦斧の威力もさることながら、背中越しに防ぐ体勢が悪かった。アーシュラの動きのパターンを分析したグレイブが、不利な体勢になるよう光線で誘導したのだ。
しかし。ここまで費やして、なお押し切れない。最後の一押しが足りない。
「ぐ、うううう!」
「惜しかった、な。貴様の仲間にも、もう追撃する余力は……!?」
「いいや、まだ俺がいる」
これで四度目。否、戦闘開始時から幾度も割り込んできた、煩わしい横槍。
アーシュラを拘束する木を足場に跳躍し、ザックが戦斧の上に飛び乗った。体重程度で均衡は崩せないが、ザックはニヤリと笑って義手を戦斧に当てる。
「【
「うぐああああ!?」
義手から放たれた衝撃波が、均衡を崩す最後の一押しとなった。
手にした武器ごと、鬼神の六腕のうち左側の三本が戦斧で両断される。
「おのれぇぇ! だが、忘れたか! 我ら上級魔族の再生力ならこの程度……な、なぜ再生しない!? 魔族の再生力を封じられるのは、勇者の《
アーシュラは驚愕に目を丸くする。
勇者だけが授かる星の力、《星輝》の残滓をウサギの戦斧に見たからだ。
それを付与できる勇者は倒れており、そもそも最初に受けたときにはなかったはず。
ならばカラクリこそ不明だが、タイミングからして下手人は一人しか考えられない。
「またか。またしても貴様かああああ!」
本来なら取るに足らないはずの羽虫。霊格も自分や勇者たちより遥かに劣る弱者。
しかし、詰みとなるはずの一手を阻み、届かないはずの一歩を補い、足りないはずの一押しを放った。鬼神の計算をことごとく覆したのは、他ならぬその弱者なのだ。
認め難い屈辱に激昂し、アーシュラは折れた剣先をザックへ蹴り飛ばす。
「う、あ」
メルを瘴気の槍から庇い、グレイフを魔導機械の残骸から庇い、それ以前から何度も仲間を庇い続けて傷ついた体。仲間に劣る霊格を補うため服用した、禁制魔法薬の副作用で消耗は一層激しい。魔法式の高速演算で、脳も煮崩れ寸前。
最後は威力に比例して反動の大きい【撃鎚】だ。酷使に次ぐ酷使を重ねたザックは意識も朦朧。避けるどころか反応もできない。
しかし。額に突き刺さる軌道だった刃を、星の輝きを発する剣が弾いた。
「――ごめん。遅くなった」
「……なんだ。もうちょっとメルの膝枕を堪能してて良かったんだぜ?」
足がガクついている有様で軽口を叩くザックに、勇者は苦笑を返す。
黒髪に、明るい琥珀の瞳。中性的だが精悍な顔つき。手には星が産み落とした剣。
【星剣の勇者】オーレンの復帰で、アーシュラはいよいよ追い詰められた。
「おのれ、おのれぇぇ! 認めるものか、貴様のような弱者などぉぉ!」
しかし六腕の半分を失いながら、アーシュラの闘気は激しさを増す一方だ。
消耗著しい勇者パーティーは、死闘の予感に誰もが身を竦ませる。
唯一人。誰よりも弱いから、誰よりも体を張って、誰よりもボロボロなのに。誰よりも力強く、前に一歩進み出たザックを除いて。
「いやー、鬼神がますますおっかない顔。――こいつは、なかなかに冒険だな」
そう言って、あまりにもふてぶてしくザックが笑うから。
勇者パーティーの全員が、釣られるように笑ってしまった。
「こんなときまで冒険ですか。呆れ果てた能天気っぷりですね」
「ま、それでこそ勇者パーティー一の冒険野郎じゃな!」
「……この戦いも、終われば私たちの伝説の一ページ」
「ハンッ。上等だゼ! 最高の酒の肴にしてやるヨ!」
「ええ! 私たち七人が力を合わせれば、絶対に勝てるわ!」
「ああ! 行こう、皆!」
七つの心を絆で束ね、勇者パーティーは鬼神に挑む。
――しかし。後の英雄譚に刻まれるのは、六人の絆の物語だった。
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