第5話:見間違えるモノかよ。アレは、《■■■■》の腕だ……!


《ダンジョン》――それは古の時代に何者かが建造した、人工的な魔物の巣窟だ。

 行く手を阻む過酷な敵と罠。試練を乗り越えた先で、ご丁寧に用意されている財宝や武具。一説には、上級魔族が上質な『獲物』を育てるために建造したとか。


 だから魔族の残党が潜伏場所に選ぶのも、あながちありえない話ではないのだ。

 その問題のダンジョンである地下迷宮に、俺たちは足を踏み入れた。


「【フリーズバレット】! 【渾身一刀】! 【鎮魂の光】!」

「ギギィィ……!」


 銃から放たれた魔法の氷結弾が、敵の足を止め。《闘気》を込めた大鉈の一閃が、敵の両腕をまとめて落とし。冥福を祈る聖なる光が、敵の怨念を祓う。


 魔物たちの骸骨と怨念が集合体となった魔物、《キメラスケルトン》。その身を動かす怨念ある限り、粉々になるまで復活を繰り返す厄介な魔物だ。怨念が鎮まった骸骨は力を失い、ただの屍に戻って沈黙する。


 一息つき、俺は左手の大鉈をベルト背面の鞘に納めた。色々機構が仕込まれた義手を空けたい都合もあって、両利きに矯正してあるのだ。


「どーだ、これがザックの力だヨ。剣、魔法、闘気技、錬金術、神聖術、精霊術――一つに秀でた才能がない分、勇者パーティー全員から学んだスキルを習得してるのサ」


 そうリュカが自慢するように胸を張った相手は、ギルド長が監査役も兼ねてと俺たちに同行させた四人の男たち。今回の事件解決のため、近隣の町々から呼び集めていたというA級冒険者だ。

 ダンジョンの構造は単純な階層型。下りる度に小部屋で魔物に遭遇すること数回。ここまで俺が単独ソロで戦って見せたわけだが、案の定評価は芳しくない。


「どうって言われても……なあ? 《キメラスケルトン》は材料になった魔物で、強さも大きく変動する魔物だ。こんな田舎ダンジョンに沸いた雑魚を倒したくらいじゃよお」

「むしろあの程度を倒すのにスキル三つも費やすとか、恥ずかしくないわけ?」

「あんな初級スキルしか使えないくせにA級名乗ろうとか、身の程を知れよな」

「私たちの上級スキルなら、あんなの一撃で粉砕できましたね」


 鼻で笑う彼らの目には、不快な物を見せられたという非難の色すらあった。

 まあ、最初から予想できた反応ではある。


 冒険者に限らず、人にとってスキルとは自分の価値を証明する勲章だ。所有するスキルが強力であればあるほど、人生で大きな勝利と成功を収めた証になる。


 だから冒険者は、より強力なスキルで相手を圧倒する戦いを美徳とする。逆に俺のような、弱いスキルを道具や組み合わせで補う戦い方は、姑息だ卑劣だと非難された。強いスキルを得るための努力を軽んじ、楽に結果を得ようとする愚行だと。


 おかげで俺は、霊格が同じB級以下の冒険者からも疎まれている始末だった。


「B級なんて二流以下が勇者パーティーの一員だって? 冗談も休み休み言えよな」

「世界を救った英雄様なら、霊格レベルもそれに相応しい高さじゃないとおかしいでしょ」

「人の実績は霊格に出る。見かけだけ着飾っても誤魔化せないんだよ、馬鹿が」

「勇者様たちと一緒に戦ったっていうのも、どうせ周りを意味もなくウロチョロしていただけですよ。霊格がまるで上がっていないのが、なによりの証拠でしょう。戦いに参加だけして、勝利にはまるで貢献しなかったってことですから」


 集団で戦い勝利した場合、各々の経験値量は「どれだけその勝利に貢献したか」の割合で決まるというのが通説だ。公平に分配されては、参加しただけでなにもせずとも霊格を上げられてしまう。そう考えれば、これは公正な仕組みと言うべきだろう。


 その理屈で言えば、勇者パーティーの中で飛び抜けて霊格の劣る俺は、飛び抜けてパーティーの役に立っていなかったことになる。


「お嬢さんも、雑用係にしたってもっといい男を選ぶべきですよ。夜の相手役なら、ゲヒヒ、それこそ私の方が何倍も気持ち良くしてあげ――ゲビビビビ!?」

「「「アベベベベ!?」」」


 下衆な本性を隠し切れなかった敬語の魔導士が、リュカの肩に触れようとして感電。

 ただでさえ『二人きりのプチ冒険』を邪魔された上、四人の不躾な視線により沸騰寸前だったリュカの怒りは、その程度で治まらず。

 角から周囲に溢れた雷は、他の三人も巻き添えにした。ついでに俺も。


「リュカ、抑えて抑えて。いつもの皆じゃないんだから、それ以上は流石に死ぬ」

「いや……なんでお前も電撃喰らったのに、一人だけピンピンしてんだ、よ?」

「A級の俺たちでも耐えられない雷なの、に」

「んー、慣れ? もしくは愛とか」

「んなアホ、な」


 こんがりと焼けているが、喋れるだけ大した頑丈さだ。流石はA級。俺の場合はお仕置きや照れ隠しで散々喰らい続けた経験から、妙な耐性がついているからなあ。


「てめーら、なにも知らないくせに好き勝手言いやがって……!」

「よせ」


 気持ち強めにリュカの肩を掴んで制止する。これ以上は俺が惨めになるだけだ。


 リュカや、勇者パーティーの皆は、霊格なんて関係なく俺を認めてくれた。しかし皆がいくら声を上げてくれたって、世界中が大合唱で俺を否定する。


 俺は他の皆と違い、敵に直接大ダメージを与えたり、味方に強力な回復や補助をかけたり、高価な魔道具を発明したことはなかった。それでも俺なりの戦い方でパーティーを支えたつもりだが、スキルツリーは養分に足る経験値として認めてくれなかった。


 経験値は経験の値だ。スキルツリーの養分に値しない経験は、価値のない経験。


 人の価値は、スキルや霊格という目に見える力でしか証明できない。そして力は、勝者と成功者にしか与えられない。皆のような力も実績もない俺は、誰が見ても勇者パーティーには分不相応。口先だけの嘘つきで、惨めな負け犬だ。


 だから、ああ。考えるだけ無駄だとわかっていても、考えずにはいられない。

 皆と同じだけの力さえあれば、結果はもっと違ったんじゃないか……と。


「フンッ。口ばかりでっかくて情けない連中だゼ。ほら、さっさと立ちナ。――来るヨ」


 リュカの言葉に遅れて、俺の【感知】にも反応が引っかかる。


【魔法】が「己の《魔力》で世界を書き換える」術なのに対し、【精霊術】は「己の《霊力》を世界と一体にさせる」ことで神秘を操る術だ。それ故に精霊術師は、生物が発する気配を水面に起こる波紋のごとく、鋭敏に感知するスキルを持つ。


 俺の【感知】は当然リュカに遠く及ばないが、それでもハッキリわかる。今まで感じた覚えのない不気味な気配が、通路の向こうから近づきつつあった。


 感電から立ち直ったA級冒険者たちも、俺とリュカの様子にただならぬものを感じたか。一同緊張した面持ちで身構え、通路の暗がりを睨むこと十数秒。


 そいつは、実に堂々とした佇まいで俺たちの前に姿を現した。

 全身を覆う緑の鱗。ユラユラ揺れる尾に、長い舌をチロチロ伸ばす爬虫類頭。

 一言で済ませば、『秘境の狩猟民族めいた格好をしたトカゲ人間』だ。


「――リザードマン?」

「……ぷっ。アハハハハ! 散々勿体ぶって、たかがリザードマンとはねえ!」


 A級冒険者たちが噴き出したのも無理はないだろう。

《リザードマン》はまぎれもない魔族。しかし魔族の約半数を占める下級の一種だ。階級の低さ故に殺人遊戯に課す制約がなく、とにかく殺人の数を稼がねばならない。《ゴブリン》や《オーク》に並ぶ、はっきり言ってしまえば雑魚敵。


 しかし、だからこそ違和感と警戒心を拭えない。


「気づいてるか? リュカ」

「ああ。あのトカゲ野郎、妙に落ち着き払ってやがるゼ。なにかあるナ」


 リザードマンの霊格は先程のキメラスケルトンよりも遥かに劣る。

 俺はまだしも、リュカやA級冒険者たちとの霊格差は圧倒的だ。


 なのに、あいつはニヤニヤと余裕の笑み。力に敏感な魔族にしては不自然だ。なにより、例の不気味な気配は今も消えていない。

 魔王が死んだにも関わらず生き残っていることといい、なにかある。


「フン! こんな雑魚魔族なら、俺だって何匹も討伐してきたぜ!」

「俺たちでサクッと片づけてやるよ!」

「まあその場合、事件解決の手柄も私たちものですがね!」

「あ、待て!」


 俺の制止も聞かずに、四人が飛び出してしまう。

 とはいえ、流石にA級冒険者。互いの攻撃を邪魔しないよう陣取って攻撃を仕掛ける。回避も防御も封殺する、四方からの時間差攻撃。リザードマン一人に対して、過剰と言っていい威力と連携だった。


 しかし――その全てが弾かれる。


「へ?」


 彼らが目を点にしたのも当然だ。明らかにおかしい。

 四人の攻撃は全て、どこからか取り出した武器にそれぞれ防がれていた。

 四人の攻撃が、四つの武器で。つまり……


「ギヒッ。ねえ、どんな気持ち? 楽勝のつもりで放った一撃を、見下していた雑魚に軽く受け止められてどんな気持ちぃ? ギャハハハハ!」

「うげぁ!?」


 さらに現れた五つ目、六つ目の武器がA級冒険者たちを薙ぎ払う。階級に相応しい上等な装備が一振りで粉砕された。ある者は瘴気で肌が焼け爛れ、ある者は魔法で体が凍り付き、久しく忘れていたであろう苦痛と恐怖にのたうち回る。


 そして俺とリュカが驚愕で目を見開いたのは、その惨状とはまた別の理由。

 哄笑するリザードマンの六つの武器と腕に、見覚えがあったからだ。


「ザック。あの六腕は、まさか――!?」

「間違いない。見間違えるモノかよ。アレは、《戦嵐のアーシュラ》の腕だ……!」

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