第4話:二人きりのちょっとした冒険、だナ?
冒険者ギルドに在籍していない俺たちだが、ギルドの建物に入った経験はある。魔族が起こす事件の解決に当たって、冒険者と共闘する機会も少なくなかったからだ。
そして今までの経験と違わず、この町のギルドも中は騒がしい。酒場が併設されているせいもあってか、まだ昼前だというのに酔っぱらいの喧騒が絶えない。
その酒場の一角では、なにやら吟遊詩人が引き語りを行っているようだ。
「これ、俺たちが上級魔族と戦った話の歌じゃないか?」
「六腕の鬼神っていうと、確か《戦嵐のアーシュラ》とかいうヤツだったカ?」
死闘の記憶を呼び起こす、見事な演奏と語り。吟遊詩人はなかなかの腕前だ。
ただ――吟遊詩人が唄うのは、六つの武器を振るう悪魔に、六人の結束で立ち向かう勇者たちの英雄譚。そこに、七人目の存在はない。
「……っ」
「殺気立つなよ。別にあの吟遊詩人に落ち度はないだろ? 存在も知らないヤツの活躍を語れって方が無理がある」
最初の頃なんて、『勇者とその仲間たち』みたいな括りだった。
それが活躍するにつれ、徐々に一人一人の名前が世界中に知れ渡ったのだ。
新聞や国の公表で名を挙げるだけの功績がなかった、俺以外は。
「行こう。過ぎた話なんて、気にしても仕方ない」
「ザック?」
リュカはなにか言いたげな顔をしていたが、無視する。
俺にとってあの旅はもう、振り返っても虚しいだけの記憶だ。
周囲から刺さる好奇の視線を黙殺して突っ切り、受付に到達。後は冒険者登録の手続きを済ませるだけだったが――俺の登録に当たって揉め事になった。
リュカが文句なしのS級認定に対し、俺はB級認定。そして階級が二つ以上離れた冒険者同士では、パーティーが組めない規定がギルドにはあるそうで。
つまり、このままでは二人で冒険を始めることができない。
リュカは憤慨して俺の階級に異議を唱え、あわや涙目の受付嬢に放電寸前のところを、ギルド長の仲裁で執務室に通された。
そして……。
「ダンジョンの調査? それが、ザックをA級で登録する条件だっていうのカ?」
「ええ。ご存知でしょうが、冒険者にはFからAまで六つの階級があります。リュカ様のS級はその規定を逸脱する、まさに規格外の強さを認められた証ですね。しかしザック様が飛び級でA級に登録されるには、それに足る実績が必要でして」
苛立ちが角の雷電に表れたリュカに、ギルド長はぎこちなく笑う。
老紳士めいた装いだが貫禄には欠け、むしろ神経は細い方と見受けられた。
「S級は規定の外なんだロ? だったらA級と同じ一階級差って扱いでもいいじゃねーかヨ。つーか、ザックも勇者パーティーの一員だったんだゾ。あたしと同じS級で登録されるのが筋ってモンじゃねーノ?」
「いやいや、それは無理が過ぎるというもの。お言葉ですが、ザック様の
ピリピリビリビリ。リュカの不満のボルテージが順調に上がっていく。
しかし、可愛そうなほど冷や汗をかくギルド長の言い分も間違っていない。
A級の条件の一つに『霊格が数値にしてレベル100以上』があり、この100と99の間には絶対的な隔たりがある。
その隔たりを基準にして、霊格の数値が定められたというのが正しいか。
レベル99は、言わば凡人がたどり着ける上限値だ。凡人がぶつかる限界の壁。なにかしら才能を持つ者がこの値を飛び越えたとき、霊格は一段階上の次元に進化する。だからB級とA級を隔てる1のレベル差は、崖の底から天を仰ぎ見るに等しい。
あの過酷な旅で鍛えられた俺の霊格は、凡人の限界値にまで近づいただろう。
しかしとうとう、限界の壁を超えることは叶わなかった。
「とはいえ、同じ勇者パーティーの一員であったというザック様を無碍に扱うのも……ええ、それが事実であれば……我々の本意ではありません。そこでですね? なにか一つ、A級に相応しい成果を示して頂ければ――」
「要するに、だ。俺をA級認定する対価として、俺たちに解決して欲しい問題があるんだろ? A級でも心許ない、勇者パーティーの力を借りたくなるような問題が」
ギックゥ! と、なんとまあわかりやすく図星を突かれた顔のギルド長。
特に根拠はなかったが、こういう話の流れで厄介事を押しつけられることは、勇者パーティーの旅の中で何度もあったのだ。
冒険の始まりにトラブルは付き物だし、当時の俺は大歓迎だったが。
リュカもすっかり慣れてしまったか、不満顔ながらも先を促す。
「それで? どういう事情だヨ?」
「は、ハイ。実は先月から、近隣のダンジョンで冒険者の死亡数が不自然に急増しまして。こんな僻地のダンジョンにはそぐわない強さの魔物が確認されています。お二人には、その魔物の調査と討伐をお願いしたいのです」
「突然変異種か? それくらいなら、A級でも対処できる問題なんじゃ……」
「それが、犠牲者にはA級冒険者も含まれていまして。重傷を負ってダンジョンの外まで逃げ延びた彼は死の間際、こう証言したそうです。――『魔族を見た』と」
流石に平静ではいられず、俺とリュカの表情に緊張が走った。
魔王が討伐されたのが四ヶ月前だ。魔王の死から他の魔族が全滅するまでに時間差があったにしても、未だに生き残りがいるとは考え難い。
とはいえ、『魔王が死ねば他の魔族も全滅する』という話はあくまで文献に遺された記述。魔族の復活は百年近い周期なので、実際に見て確かめた者はとうに故人だ。文献の記述に誤りがないとも言い切れない。
A級冒険者を殺したとなれば、最低でも中級以上の魔族。アーシュラと同格の上級魔族が潜伏していた日には、明日にも町が血の海になりかねない。
「なるほど。確かにそれは、俺たちにとっても無視できない話だな」
「おお! では、引き受けて頂けるのですね!?」
「本当に魔族の残党がいるなら、あたしたちの落ち度みたいなモンだしナ。それはそれとして、解決したらザックをA級で登録する件、忘れるんじゃねーゾ?」
「は、ハイ!」
安堵した様子で何度も頷くギルド長。『三流成金野郎の特別扱い一つで、英雄様を動かせるなら安いもの』とか考えてそうだ。所詮、俺の存在はオマケか。
俺が陰鬱な気持ちでいる一方、隣に座るリュカは何故か急に上機嫌になっていた。
ふと目が合うと、リュカは俺に体重を預けるようにして、耳元でそっと囁く。
「こいつはパーティーの皆にも内緒で、二人きりのちょっとした冒険、だナ?」
「……っ」
鼓膜から全身に、甘痒い震えが広がった。
擦り切れ果て、熱など絶えたはずの心臓が、熱く脈打つのを感じる。
――ああ、そうか。俺は、『リュカと二人きりで冒険』というシチュエーションに内心浮かれているのか。喜びに心躍らせ、期待に胸を高鳴らせているのか。
なし崩しでされるがままに引きずられて来たのもそれが理由。
全てを失ったと絶望し人生を投げた気でいた男が、なんと現金なことか。
ああ、ちくしょう。でも、仕方がないじゃないか。
魔王を討伐して、世界が平和になった後も、リュカと一緒に冒険を続けられたなら……そんな夢を見ていた俺に、この現状は甘い毒すぎるのだ。
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