第3話:まず冒険者(自称)は卒業しないと、ナ?


 朝食後。《冒険者ギルド》へと腕を組んで引きずっていくリュカに、俺はなんとか抵抗を試みていた。


「冒険者になるにしたって、なにも俺と組む必要はないだろ? リュカなら、俺より強いパーティーメンバーなんていくらでも」

「ハア? 今から寄ってくるヤツなんて、あたしの肩書きか体目当ての馬鹿ばっかりじゃねーかヨ。気心の知れてて連携も長年やり慣れてる、ザックより良い物件なんてどこにあるんだってノ」


 わかり切ったことを訊くなと言わんばかりに、リュカはフンスと鼻を鳴らす。

 まあ、リュカのけしからんむっちりボディに惑わされない男はそう多くあるまい。

 付き合いだけは長い俺の方が、いくらか安心できるという理屈もわかる。

 だけど、なあ。付き合いの長さだけで信用されても、困るというか。


「俺だって、その、全くそういう目で見ていないわけじゃ、ないんだが」

「……ッ」


 絞り出すようにそう告げれば、リュカの白い肌が羞恥で朱に染まる。

 その魅力的すぎる肢体を両腕で隠そうとしたが、残念ながら全く隠し切れていない。

 龍鱗が天然の絶対領域を作っている太ももとか、両腕に挟まれて逆に強調された双丘とか――正直、眼福である。


 ただでさえ、リュカの服装は露出度が高かった。精霊の加護を織り込んだ白い外套を羽織っているが、その下はへそやら谷間やらがほぼ丸出しの革製防具。腰から生えた『尾』の都合で、ズボンもかなり際どい。お尻ちょっと見えちゃってる。


 本人曰く、「肌を隠していると、精霊術の【感知】スキルが十全に発揮されない」とのことで。俺も精霊術を齧ってはいるから、その主張が事実だとわかっているのだが……ハッキリ言って下手な裸よりエロい。涙目で睨む顔も可愛いから、本当に困る。


 俺の評価はドン底に下がっただろうが、これで考え直してくれるなら安いものだ。

 そう思ったのだが、


「い、いいゾ。別に」

「へ?」

「ザックなら、いいって言ったんだヨ。いやらしい目で見られるの、初めてでもねーし。海辺で皆で水着着たときとか、目が血走ってたし」


 やだ、俺の下心バレバレすぎ? それならそれで尚更やめとけよと。

 そんな照れ顔でモジモジされると、男は皆『俺相手なら満更でもないのか』みたいな勘違いするから……しそうだから……。


「それに、今まで散々『冒険』と称してあたしたちを振り回してきたんダ! 今度はザックがあたしに付き合うのが筋ってモンだロ!」

「むぐ」


 それを言われると余計に断り難い。


 仲間との実力差を思い知る以前の俺は、我ながら調子に乗っていた。

 新しい光景ばかりの旅に心躍り、好き放題のやりたい放題で走り回って。真面目枠のメルやグレイフに正座で説教された回数も二桁じゃ足りない。


 最高の仲間との旅にはしゃいでいたんだ。自分が彼らと対等だなんて、信じ切って。

 あの頃の自惚れていた自分は、思い返したくないほどに滑稽だった。


「なにも、こんな朝一番にギルドへ駈け込まなくても」

「なに言ってんダ。アレだけいつもいつも冒険冒険騒いでた、勇者パーティー一の冒険野郎が実は(自称)とか。秒速で直さねーと格好がつかないだロー?」

「むぐぐぐぐ」


 ニマニマと擬音が聞こえてくる笑みでリュカは言う。

 これは完全にアレだ、このネタで丸一年はいじってやろうという顔だ……!


【冒険者】は冒険者ギルドに登録して活動する者全般を指す。しかし勇者パーティーは王家の直属という立場のため、俺もリュカもギルドには登録していない。

 つまり俺は、自称しているだけのなんちゃって冒険者だったのだ。

 それを知ったリュカはずっとこんな調子で、その笑顔が愛らしくも憎たらしい。


「ま、見かけについては昨日より大分マシになったけどサ。やっぱザックはその格好でないと落ち着かねーヨ」

「そうだ、な」


 数日前までの、戦傷病者か浮浪者かというみすぼらしい格好ではない。

 一度は手放した、勇者パーティーの一員としての装備を、俺は再び纏っていた。

 俺を探し回って親切貴族を訪ねた際に、彼の息子から受け取っていたそうで。


『必ずお返しする日が来ると信じて、大事に預からせて頂きましたよ。まあ、思っていたよりずっと早かったですが』


 なんというか、困る。

 親切貴族といい、リュカといい、俺なんかになにを期待しているのか。


「どうダ? 久しぶりに着て、どこか違和感とかないカ?」

「いや。相変わらず着心地は抜群だよ、うん」


 錬金の最新技術が投じられた義手と義足。リュカと同じ精霊の加護を織り込んだ黒い外套。オーレンとメルの【神聖術】による祈りが込められた、簡素な首飾り。

 胴のベルトには弾丸とナイフ。腰のベルトには得物の銃と大鉈。他にも、主にグレイフとモネーが共同制作した魔道具が、外套やベルトに多数付属。

 なおメインウェポンの大鉈は、鍛冶の心得もあるウサギが鍛えた業物。


 つまり――どれもパーティーの皆が、俺のためにと拵えてくれた至高の品々なのだ。

 俺にとっては一つ一つが、どんな金銀財宝も遠く及ばない、大切な宝物。


 しかし。だからこそ、今の俺にはどうしようもなく、荷が重いと感じる。

 最後まで共に戦うことすらできなかった愚図に、これを身に纏う資格があるのかと。


「うっわ、ちょっと見ろよ。あんなヤベー美人、この町にいたっけか?」

「オーラも半端じゃないぜ。一般人の俺らでもビリビリ感じるほどだぞ」

「余所から来たA級冒険者かしら? ほら、ギルドで招集をかけてたじゃない」

「隣の冴えない男はなんだ? 《霊格レベル》が完全に装備負けしてるし、どこの成金だか」

「どうせ顔の傷や義手もファッションでしょ? いやねえ、薄っぺらい中身を見かけで誤魔化そうとする男って」

「あの美人さん、金で嫌々侍らされているんじゃね? これは颯爽と助けてお近づきになるチャンスじゃね?」


 今だって、すれ違う住人や冒険者からこの言われよう。

 それもこれも、俺の《霊格》が、スキルツリーが不釣り合いだからだ。

 スキルツリーの成長度合いを示す《霊格》は、その人が今まで歩んだ人生の重み、価値を表すに等しい。人の価値を判別するのに、これ以上の確かな指針はあるまい。


 分不相応な価値の装備を身に纏い、分不相応な価値の美女を侍らせている。周囲が眉を顰めるのも当然だ。やはり俺には、リュカとパーティーを組む資格なんて……


「えい」

「ほあ!? な、なんで密着度上げてきたっ?」

「うっせー。ザックはあたしのことだけ見て、あたしの声だけ聞いとけ。――ザックのことなんてなにもわかってない、くだらねー連中の戯言なんか気にするナ。あたしは、あたしたちは、あんたが大したヤツだって一番よく知ってるヨ」


 リュカが微笑んで口にしたのは、旅の道中でも仲間から幾度となく告げられた言葉。

 感動的なはずの台詞は、しかしもう俺の胸にさほど響かなかった。

 だって俺は、最後まで皆と一緒に戦えなかった。結局それが全てなのだから。


「ほら、着いたゼ。なんにせよ、まず冒険者(自称)は卒業しないと、ナ?」

「……ああ」


 気づけば、俺たちは《冒険者ギルド》の前に立っていた。

 冒険を夢見る少年少女が、期待と不安を胸に抱いてくぐるギルドの門。

 夢破れた俺はなんとも言えない気持ちで、その扉を開いた。

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