第2話:新しい冒険を始めようゼ。今度はあたしとザックの二人で、サ


「えっと。リュカ、だよな? え、本物?」

「なんだ、もう一度胸揉んで確かめてみるカ?」

「いやそれについてはあの、本当にすみません」

「……もういい。勝手にベッドに潜り込んだのはあたしだしナ。セクハラするくらいには元気になった、ってことにしといてやるヨ」


 そうは言っても怒りが収まらないのか、真っ赤な顔でリュカは目を合わせない。

 そのくせ服を脱いだ俺の上半身をペタペタ触っているのは、なにもセクハラ返しとかそういうのではなく。【精霊術】の応用で生体エネルギーの流れを視て、俺の体調をチェックしているのだ。未だベッドの上だから変な気持ちになりそうだけども。


 しかし――俺の体なんて、触っても大して楽しくなんかないだろう。

 半ば白く色褪せた黒髪。濁った黒目。欠けた右腕右足。顔にまで及ぶ全身の傷痕。

 勝利と引き換えにした名誉の負傷ですらない。挫折と敗北ばかりで地面を舐め続けた、薄汚れた負け犬の体だ。


「悪いな。こんな、汚い体触らせて」

「怒るゾ。誰よりも頑張ったザックの体に、汚いところなんてどこにもねーヨ」


 まるで大切な宝物でも扱うような、労りと慈しみに満ちた手つき。

 懐かしい、感覚だ。いつもボロボロの俺を、リュカはこうして癒してくれた。

 この受け慣れた精霊術の感覚といい、お仕置きやら照れ隠しやらで散々喰らい慣れた電撃といい、偽者やそっくりさんもあり得ない。特に電撃は間違えるはずがない。


 やはり、本物だ。二度と会うことはないはずだったリュカが、目の前にいる。

 でも、なぜ? 頭が疑問符で一杯の俺を余所に、リュカは安堵したような吐息。


「体に異常はねーみたいだナ。何ヶ月も行き倒れていたとは思えないくらいピンピンしてやがる。流石はあたしたちの仲間っつーか、なんつーか。けど、本当に例の『呪詛』も、もうなんともねーのカ?」

「ああ。あの体中に根を張るようだった異物感も、綺麗サッパリ消えているしな。《スキルツリー》の調子はむしろ快調なくらいだ」


 リュカの言う呪詛とは、俺が勇者パーティーをリタイアするきっかけ……いや、駄目押しとなった「病らしきなにか」。【神聖術】でも浄化できなかった、正体不明の呪いだ。


《スキルツリー》は誰の体にも宿る、神秘を行使するための霊的器官。


 世界に満ちる神秘の源《霊素エーテル》を体内に取り込み、《スキル》という様々な能力を発揮する神秘の樹だ。それがに植え付けられた呪詛の影響で機能低下を起こし、俺は初級スキルも満足に使えない体になってしまっていた。


 勇者が俺にパーティーを抜けるよう言い渡したのも、当然の判断だろう。

 しかしどういうわけか、その呪詛が今は完璧に消えている。


「いつ消えたのか自分でも気づかなかったが、たぶん魔王が討伐されたことで、俺に呪詛を植え付けた魔族も一緒に死んだからだろうな。『私を倒さない限り呪いは解けませーん!』とか、如何にも連中が《殺人遊戯ゲーム》でやりそうな条件付けだし」


 古来より何度も復活しては、人族と敵対を繰り返す《魔族》。

 彼らは国を作らず、繁栄を求めず、人族への殺人遊戯を己が使命とする、未だ謎多き戦闘民族だ。そして遊戯であるが故、彼らは殺戮に様々な儀式的制約を課す。

『魔王が死ぬと他の魔族も全滅する』というのも、そうしたルールの一つだろう。


「ま、そういうわけで俺はもうなんともないからさ。リュカは王都に帰れよ」

「ハア? 帰る? 王都に? なんでだヨ?」

「だって……リュカは世界を救った英雄だろ。こう偉い人たちから引く手数多で、どっか国の要職に就いているんじゃ?」

「バーカ。宮仕えなんて面倒なの、興味ねーヨ。ま、メルとくっついたオーレンはそうもいかないだろうがナ。将来的には騎士団の指導官辺りが妥当じゃねーノ?」


 俺の幼馴染でもある【星剣の勇者】オーレンは、【聖天騎士】メルと恋仲だ。

 確かに彼女と添い遂げる以上、国と関わらずに今後を過ごすのは難しいだろう。


「グレイフとモネーは、元々国に仕える貴族様だしナ。なに考えてるかわかんないウサギに至っては、いつもみたいにいつの間にか姿消してるしヨ。お国となんの関係もないあたしだって、好きにして構わないはずだロ?」

「その、グレイフには引き留められなかったのか?」

「よくわかったナ? 確かに引き留められたけど、残る理由がねーヨ。あたし、あいつ嫌いじゃないけど苦手だしサ。ただでさえ、魔導士と精霊術師は水と油なんだし」

「…………」


 確かに魔法と精霊術は、「神秘の行使」に対するスタンスが相容れないというか、酷く相性が悪い。その使い手同士もまた同様だ。


 しかし俺が見た限り、【大魔導士】グレイフは【龍霊射手】リュカのことを――。

 俺もグレイフとは犬猿の仲だったが、これは同情を禁じ得ない。


「えっと、それじゃあ、そもそもリュカはなんでここに?」

「なんでって、その。べ、別にザックに会いに来たとか、そんなんじゃっ」

「だよな。そんなわけないか。俺のことなんて、たまたま見かけたからついでで――」

「会いたかったに決まってるだロ! いつもの照れ隠しをなに真に受けてんだバーカ! いつもみたいに間抜け面で笑えヨ! なんか態度も余所余所しいし、魔王討伐終わってもそっちから会いに来てくれねーし! むしろ誰よりも真っ先に帰還を出迎えろヨ! よくやったって褒めて抱きしめて労えヨ! この薄情者!」

「えぇ……?」


 なんだろう。なんかその場の勢いで、凄く理不尽に怒られてないか、俺?


「オーレンに聞いた故郷の村を訪ねてみたら、帰ってないって言うし! 顔見知りの親切貴族に聞いたら、装備を全部置いて行方知れずとか言われるし! あちこち探し回ってようやく見つけたら、死人みたいに虚ろな目で路地裏に転がってて! こっちは心臓止まるところだったゾ! もっと別の意味でドキドキさせろヨ、この朴念仁!」


 泣き出しそうな顔で怒鳴りつけるリュカに、俺はその理由がわからず困惑する。


 魔王が討伐された後、自暴自棄になった俺は知り合い……リュカの言う親切貴族に装備や持ち物を全て譲った。俺にはもう無用な物だったから。


 そうしたら、俺は笑えるほど空っぽで。生きる目的もなにも残っていなくて。

 いよいよ全てが嫌になって、野垂れ死にしようと路地裏に転がっていたところで、リュカと再会。宿で介抱されること二、三日経って現在に至る。


 やはり解せない。今更、リュカが俺なんかに構う理由がどこにもない。


「なんで、わざわざ俺を探しに?」

「そんなの! ……えっと、その、行方不明になった仲間を心配するのは当然だロ!」

「――仲間、ね。それはもう昔の話だろ。今は違う」


 途中で我に返ったように勢いを落としたリュカに、俺は一枚の紙切れを放る。

 クシャクシャになった新聞の切り抜き。魔王討伐をやり遂げた、六人の勇者パーティーの凱旋を報じた記事だ。


「見ろよ。どこに俺がいる? 勇者パーティーは六人。七人目なんていない。そんなのは最初からいなかった。皆がそう言っている。世界がそう言っている」

「なに、言ってんだヨ!? あたしたちは七人揃ってのパーティーだろうガ! 七人で笑って泣いて戦って、でっかい冒険をやり遂げたんじゃねーカ!?」

「違う。やり遂げたのはお前ら六人だ。俺は途中で脱落した。俺だけが、なにも成し遂げられなかった。結局最後の最後まで、成果も結果も何一つ残せなかった」


 この世は結果が全て。過程も努力も、結果が出なければなんの意味もないゴミ。

 これはスキルツリーも指し示している、言わばこの世界の摂理だ。


 スキルツリーはその枝葉で霊素を吸収し、それを源にスキルを行使する。そしてスキルを『開花』させるため、その根が養分として吸収するのは、宿主の『経験』だ。宿主が積み上げた努力・勝利・成功……そういった人生の蓄積をスキルの糧とする。


 スキルツリーの成長、スキルの開花には、特に勝利と成功の経験が必要不可欠。そこに至るまでの努力や過程も、勝利という実績を得て始めて経験値となる。


 どんな努力も、結果に出なければなんの価値もない。どれほど時間を費やし身を捧げて頑張っても、成果が得られなければ全て無駄になる。勝者だけに価値があり、頑張っただけの無様な負け犬になんて、誰も見向きもしない。


 七人の中で俺だけが結果を、華々しい活躍も実績も残していない。だから勇者パーティーの名が世界に広まってからも、俺の存在だけはないものとして扱われた。せいぜい荷物持ち。雑用係。メンバーに数える価値のない役立たず。それが俺の世間的な評価。


 俺は、最後まで旅に同行することさえ果たせなかった。故郷を飛び出してからの五年間は、なにもかも無駄な徒労に終わった。それが全てだ。


「魔王は討伐された。それで話はおしまい。冒険は、もう終わったんだ」


 だからもう、放っといてくれ。夢を叶えられなかった負け犬のことなんて。


「……そう、だナ。――だったらさ、次の冒険に行かねーカ?」

「は? 次?」

「ザックが言ったんだロ? 『魔王を討伐して世界が平和になっても、冒険は終わりじゃない。次の見果てぬ彼方を目指し、生きている限り冒険は続くんだ』って」


 だから、とリュカが俺に手を差し伸べてくる。

 いつかの、自分の夢を欠片も疑わなかった誰かを思い出させる笑顔で。


「新しい冒険を始めようゼ。今度はあたしとザックの二人で、サ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る