遅咲き冒険者の七星光芒(セプタ・グラム)~俺が脱落した後、勇者パーティーは何事もなく魔王を討伐しました。今更もう遅い覚醒から始まる、最強最悪最高の大冒険~

夜宮鋭次朗

第1話:俺なんか、いなくても


『もうこれ以上は無理だ。パーティーを抜けてくれ』


 そう戦力外通告を受けて、パーティーを離脱してから二ヶ月後。

 勇者パーティーは無事に魔王を討伐したと、新聞で全世界に公表された。


「…………ははっ。ああ、よかった。皆、やり遂げたんだな」


星剣せいけんの勇者】オーレン。

【聖天騎士】メル。

【大魔導士】グレイフ。

龍霊りゅうれい射手】リュカ。

【錬金学士】モネー。

【狂闘士】ウサギ。


 ――六人の英雄たちは一人も欠けることなく、魔王討伐の使命を果たした。大きな怪我もなく王都に帰還し、まさに栄光の凱旋であったという。

 そこに、七人目の【冒険者】については一文も言及されていない。


「俺の名前なんてなくて当然か。俺、最後の最後で脱落しちまったからなあ」


 追放? いいや違う。離脱を勧められたのは、至極妥当で真っ当な判断だ。

 勇者や仲間たちに非は何一つない。恨む道理なんてあるはずがない。

 悪いのは全部、俺が愚図で無能で役立たずだったせいなのだから。


「本当によかった。俺がいなくても大丈夫だったんだな。俺なんか、いなくても」


 当然だ。勇者たちは皆、強いだけでなく勇敢で立派で素晴らしい、本物の英雄だ。

 弱くて無謀でみすぼらしく愚かしい、【冒険者】の俺だけが違ったのだ。


「あはっ。アハハハハ! いらなかった! いらなかったよ俺! 俺がいなくたってなにも困らなかった! なんの問題もなかった! 俺なんて必要とされていなかった!」


 とうの昔にわかっていたはずだ。俺だけがお荷物で、足手纏いで、勇者パーティーには不要な存在だと。わかっていながら、見苦しくしがみついた。


 違うと思いたかった。自分もこのパーティーには必要だと、仲間の助けになっていると信じたかった。だから……俺が抜けたことでパーティーに問題が起きて、魔王討伐が失敗しないかと。仲間が俺のありがたみに気づいて後悔したらいい――などと。

 なんて醜い。なんて浅ましい。捨てられるのも当然ではないか。


「俺がパーティーにいる意味なんてなかった! 全部無意味だった! 俺の五年間全て無駄だった! 俺の努力、人生、なにもかも無駄無駄無駄! アハハハハ!」


 狂ったように笑う。もう笑うしかなかった。いっそ本当に狂えたらどんなに楽か。


 元々、他の皆と違って俺は選ばれた存在じゃなかった。

 勇者の幼馴染という立場を盾に、無理やり旅について行っただけ。

 散々好き勝手して、みっともなく足掻いて、周りに迷惑をかけて。

 その挙句が、世間に讃えられるような功績もないまま、戦力外通告を受けて脱落。

 不当も不遇もない。誰のせいでもない。ただ、俺が無力だっただけ。


 だから、この手は空っぽで。残ったものも、掴んだものも、なにもない。無い。ナイ。


「アハッ。ハッ。あ、あ、アアアアアアアア!」


 勇者パーティーによって魔王が倒され、世界が救われたその日。

 世界中の人々が歓喜の声で沸く中、俺だけが絶望に咽び泣いていた。





 俺はザック。勇者パーティーの一員、【冒険者】のザック。

 最高の仲間たちと一緒に、七人ででっかい冒険を繰り広げたんだ!


 でも。なんでだろう。世界が讃えるのは六人の英雄。俺は「いないもの」扱い。

 なんで? なんで? 俺だってパーティーの一員で、皆の仲間だろ?


 ああ、皆の顔が遠くて見えない。走っても、手を伸ばしても、届かない。

 待って。待ってくれよ。俺を置いて行かないで――!


「…………っ!」


 気づけばベッドの上で、天井に伸ばした右腕は虚しく空を切った。

 いや、そもそも空を切る指が、手がない。肘から先が欠損しているのだ。

 なにも掴めなかった俺の無力を象徴するようで、俺は鉛のようなため息を吐き出す。


 そしてなにげなく体を横に転がし、


「よう。気分は、あんまり良くないみてーだナ」


 吐息が触れるほどの間近でこちらを見つめる美女に、息を呑んだ。


 真紅の髪に青い瞳。愛らしい顔立ちだが、眼差しには秘めた獰猛さ。豊満な肢体。

 そして雷散らす角と、手足や頬を覆う花びらめいた鱗が印象的な、龍人の美女だ。


 男勝りな口調とぶっきらぼうな態度で、しかし俺を気遣ってくれているのがわかる。彼女のことを、俺はよく知っていた。

 勇者パーティーの一人、【龍霊射手】のリュカ。


 彼女が同じベッドの上に、下着が透けて見えそうな薄着で、俺の隣に?

 …………ああ、これ夢か。もしくは妄想。

 なんて未練がましい。彼女がここにいるはずがないのに。


 でも、そうだな。どうせ夢か妄想なら。


「なんだったら、二度寝するカ? 子守歌くらいは歌って――!?」

「わーお。やわもちメローン」


 リュカのたわわな胸に左手を伸ばし、悔いが残らぬようしっかり揉みしだく。

 やばい、なにこの布越しと思えない感触。俺ってば妄想力に秘められた才能が?


「な、にしてんだ馬鹿アアアア!? 順序ってモンがあるだロオオオオ!」

「アババババ!?」


 あれ? もしかしてこれ、夢でも妄想でもなく現実?

 強烈な電撃で、馬鹿になっていた意識が醒める。


 ――魔王が討伐されて四ヶ月、俺が勇者パーティーから脱落して半年後。

 夢破れた敗北者が迎えるにしては、随分と贅沢な朝だった。

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