七
鈴木が急に黙り込んだ為、小春は不思議そうに顔を見つめた。傍から見れば愛らしいその仕草も高村には悪女の凝視されている様にに感じた。高村は小春の視線から逃れるように頭を振った。そして小春に問いかけた。
「すまないが、君にいくつか質問がしたいのだが、都合は良いだろうか」
突然の問いかけに小春は面食らった表情をした。しかし直ぐに笑みを浮かべて肯いた。
「構いませんわ、刑事さん」
「ありがとう。さて、質問なのだが、君は亡くなったよしのさんを大層慕っていたそうだね。まるで実の姉のように」
「はい。以前お話した様に、私は姉様を深く慕っておりました。同時に姉様も私のことをとても可愛がってくださいました」
「君はよしのさんが亡くなった原因となる傷を知っているかね」
「はい。喉に簪を突き刺していたと旦那様から伺いました。その簪は鈴木様がお贈りされたものだそうですね」
小春が鈴木の名を出した時に一瞬浮かべた恨めしげな表情を高村は見逃さなかった。
「では、鈴木氏の死因を知っているかね。喉を洋鋏で一突きされたのだ。その洋鋏はこの娼館の女中のものなのだ。この娼館のものならばすぐに手に入りそうだね」
「はい。その通りでございます。もしかしたらあの日、心中するために姉様が前もって盗み取っていたのかもしれません」
「それだと君も盗み取れるということになるね」
「はい。そうなります」
「そういえば、鈴木という男はなかなか品よく遊ぶ男だと聞いている。しかしあの日は君に絡んできたと聞いた。それは本当かね」
「はい。あの日の鈴木様はお酒を多く召し上がられておりました。あの方、お酒を飲まれると、少々乱暴になられるのです。姉様も困っておりました」
小春は嘘をついている。高村は直感でそう判断した。
「そういえば、近所の薬屋で盗みがあったそうだ。眠り薬を盗まれたらしい。盗んだ犯人は女学生らしい。その前にも怪しい娘が居たとのことだ。知っているかね」
「はい。女中の方が話しているのを耳にしました」
「盗んだ理由を知っているかい。例の心中事件を模倣しようとしたらしい。しかし普通の心中事件とは違っていてね。片恋慕の相手を殺めようと画策していたのだよ。どう思うかね」
「はい。きっと心中に用いるのだろうと思っておりました。しかし相手様を手に掛けようと考えるとは、何とも恐ろしい事件です」
高村はあえて殺めるという直接的な単語を用いた。案の定小春は殺めるという語に反応していた。
「君は以前、こう言っていたね。どうしてよしのさんはどうしてそんなことをしたのだろうか、と。どうしてそんなことを選んだのだろうか、と覚えているかい」
「はい。そのようなことを呟いたのは覚えておりますが、詳しいことは失念しております。何分、ぽろりと零れ出た呟きですので」
高村は確信を持って続けた。
「私は最初その言葉を大事な人を失った悲しみから出た言葉だと思っていた。しかし違うのだよ。死ぬことを選んだよしのさんに対する怒りから出た言葉なのだ。つまり、鈴木氏を選んだよしのさんに対する怒りだ。小春さん、あなたを選ばなかったことに対する怒りなのだ。君がこの事件を引き起こしたのだ。君がよしのさんを脅したのだ。私を選ぶか、男を選ぶか、どちらかを選べ、と。そして君の脅しに屈したよしのさんは鈴木氏の命を奪った。己の行いを悔いたよしのさんは自らも手に掛けたのだ」
高村は言い切った。その言葉に対して、小春の顔から表情が消えた。それを見て高村はこの少女こそが彼ら二人の命を奪った張本人であると断定した。そして再度目の前にいる少女に問いかけた。
「君こそがこの事件の黒幕なのだよ。この心中事件は君によって引き起こされたのだ」
小春は高村を見据えた。その視線は鋭く冷え切っていた。少女のものとは思えない刺し殺す様な視線に高村は慄いた。目の前にいる少女の悪辣な本性に寒気を覚えた。
寸秒の後、小春は口を開いた。驚くほどに平坦で無表情な声色で言い放った。
「いいえ。姉様が勝手にしたことです」
桜の如し 裕理 @favo_ured
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