高村は禿に聞き込みする様に命じられた。禿とは郭に売られて間もない少女のことを指す。年齢は十歳を過ぎた程である。彼女たちは客を取らず年長の遊女に付いて身の回りを世話する。その中で郭の作法やしきたり、接客や芸事を身に着けていく。


 高村は最後に鈴木とよしのがの姿を見た禿に話を聞いた。彼らの客間に酒を運んだ禿である。彼女の名は小春と言い、よしのに付いて身の回りの世話をしていた。小春の話では、昨晩よしのから酒を持ってくるように言われた為、準備をして二階の客間へ運んだ。その際に酒に酔った鈴木に絡まれたが、よしのが庇ってくれたとのことであった。また小春はよしのが大層可愛がってくれた話をした。そして自分もよしののことを実の姉の様に深く慕っていたことを話した。彼女の話では、よしのは華美な見た目に反して穏やかで鷹揚おうような性格をしていたらしい。他の娼婦に付いている禿は苛められ毎晩枕を濡らしている者も居た。しかしよしのは常に気を配ってくれたらしい。彼女との思い出話をする小春の姿には悲しみに暮れた痛々しさが漂っていた。同時に大事な人を失った怒りに満ち溢れている様にも見えた。怒りと悲しみが入り混じった小春の表情を見ていた高村は、その姿に目を惹かれていた。小春は十二か三の歳の様であった。顔立ちには年相応の幼さがあり、肌の瑞々しさがそれを物語っていた。頬も赤く、可憐で初心な容姿をしていた。しかし既に何年も郭に住まう女らしい色香を湛えていた。その視線には、男を惑わす魔性の一端が見え隠れしていた。

 高村は小春に見惚れる自身を誤魔化すように質問を続けた。

「桜についても聞かせてもらいたいのだが、やはりあの桜も若い男女が集まっているのかね」

 小春は肯いた。桜の名が出た時、忌々しげな表情を一瞬浮かべた。姉の様に慕う女が桜の木の下で死んでいたのだ。無理もない、と高村はそう思った。

「そうです。最近は夜にあの桜で逢瀬する人もいるそうです」

 彼女が言葉を発する度に動く唇は艶々としていた。


 高村はいつまでも彼女と話をしていたかった。できるならば彼女のその艶めく唇に触れたいとすら考えていた。しかし、彼女は禿であり、己は警察である。それも彼女が慕う女が死んだ事件の捜査に来ているのである。高村は己の邪な欲望を抑え込んだ。そして話を終えて、彼女と別れた。その際に小春はぽつりと呟いた。

「どうして姉様はそんなことをしたのでしょうか。どうしてそんなことを選んだのでしょうか」

 高村は背中でその呟きを聞き、胸が痛んだ。

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