翌日、事件が起きた。川沿いの色街にある娼館で男女の遺体が見つかった。男の遺体は客間の寝具の中で喉に洋鋏が突き刺さった状態で発見された。客間に荒らされた様子はなかった。凶器となったのは洋鋏であった。一方で女の遺体は娼館から離れた桜の木の下で発見された。遺体は喉に身に付けていたかんざしを突き刺された状態であった。

 遺体で発見された男の名は鈴木と言い、先の大戦で財を成した商家の一人息子である。眉目の整った男前で、その色街では名の知れた色男であった。女の名はよしのと言い、鈴木が贔屓にしていた娼婦である。目鼻立ちの際立った顔をしており、華やかな出で立ちから咲き誇る桜に例えられた。匂い立つようなその容姿は群を抜いており、娼館でも指折りであった。

 鈴木の遺体を発見したのは娼館の女中であった。朝の六時を回った頃、娼館の二階にある客間に明かりが灯っていることを不審に思い、密かに覗いたところ鈴木の遺体を発見した。客の遺体が見つかったが、居るはずのよしのの姿が見えなかった。直様娼館はよしのの捜索を始めた。娼館の男衆全てを駆り出して辺りを探った。そして桜の木の下で変わり果てたよしのの姿が見つかったのである。


 警察は捜査を開始した。昨晩の状況を把握する為に、娼館やその周辺での聞き込みを行った。その結果次のことがわかった。

 まず生前の彼らの姿を最後に確認できたのが昨夜二十二時頃である。証拠として、その時間に客間から女の声で「愛しております」と言う声が聞こえた、という証言があった。またその十分程前によしのから酒を持ってくる様に頼まれたという。酒を運んだ禿かむろから、酒に酔った客の男に絡まれて困っていたという証言もあった。一方で、午前零時には皆が寝静まっており、通りを出歩いたという人物がいなかった。そのため、午前零時から遺体が発見された翌朝六時までの六時間の間は何が起きていたのか誰も知らない状態となる。

 次によしのの遺体が別の場所で発見された件についてである。昨晩二十二時から午前零時の間に怪しい人影を見たという証言はなかった。当然人を担いで歩くような人物など見られなかった。

 鈴木の命を奪った凶器に関する証言も得られた。凶器である洋鋏は、娼館にあったものであり、何者かによって盗み取られた様である。洋鋏は、女中が裁縫に使っていたもので、刃渡りは九センチメートルほどである。女中達はいつ盗み取られたのかわからないと証言した。

 最後に亡くなった二人の関係に関することである。彼ら二人は互いに想い合っていた。関係の始まりは鈴木の一目惚れからであった。鈴木はくるわでも名の通った色男であったが、よしのに出会ってから、彼女としか枕を共にしなくなった。当初よしのは鈴木に見向きもしなかったが、熱心によしのへの愛を語る鈴木に絆され、次第に彼を受け入れるようになった。鈴木はよしのに様々なものを与えていた。よしのの首に刺さっていた簪も鈴木からの贈り物であった。時期に合わせてあつらえたもので、桜をあしらった飾りが付いていた。また彼らには身請けの話も出ていた。娼館の主人の話では、見受け話は鈴木の方から提案された。鈴木の家は昨今の不況で没落しつつあったが、身請けに関しては問題なく進められる状態であった。よしのもその案を喜んで受け入れた。主人はよしのには客を取らせることを控えさせた。そして身請けの準備を進めようとした矢先にこのような事件が起きた。主人は娘を奪われた父親のように悲嘆に暮れた口調で余りにも残念であると話した。


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