二
桜が散りつつある四月のことであった。警察署内は窃盗事件の対応をしていた。女学生が薬屋で眠り薬を盗み取ったのである。幸い店主が直ぐに気付き、女学生は呆気無く捕まった。警察では女学生の事情聴取を行った。取り調べが終わるや否や、高村は取り調べを担当した先輩の田上を捕まえ、事件について問い掛けた。
「田上さん、お疲れさまです」
「おお、高村か。どうした。何か聞きたいことでもあるのか」
「はい。先程取り調べをされた事件についてお伺いしたいのです。例の心中事件の模倣の一つだと耳にしております。今後も類似の事件が怒るかもしれません。未然に防ぐためにもその事件について知る必要があると思うのです」
高村は青い情熱に溢れた若者であった。これ以上若者が死へ向かう姿を見たくない、と考えた高村は己に何ができるのかを熟慮し、行動した。熱意に満ち溢れる高村に田上は内心喜びを感じた。
「なるほど、そういうことか。ならば教えよう。この事件を起こしたのは女学生だ。望まぬ縁談に抗って想い人と死のうとしたらしい。恐ろしいのが、その想い人と両思いではなかったということだ。つまり、意中の男を桜の木の下に呼び出す。その後何らかの方法で薬を飲ませる。脅すなり、騙すなりだろうな。そうして眠った男の命を奪い、そして自分もその後を追う、という計画を立てていたらしい。全く末恐ろしいものだ」
「なんと恐ろしい。未遂に終わって本当に良かった。しかしあの店での盗みは未遂を含め、今月だけで三件目ですね。余りに多過ぎます」
「こんなご時世なのだから対策をきちりと講じてもらいたいものだ。そういえばこの前の盗みも若い娘がやったではないかと話していたな。薬屋に近付く若い娘には気を付けねばならんな」
「その通りです」
「しかし何故ここまで死にたがるのだろうか、今の若者達は。一昔前なら駆け落ちでもしていただろう」
「何でも桜の木の下で死ねば来世で結ばれるという噂があるらしいです」
「そんな噂があるのか。はた迷惑なことだ。心中したところで来世で結ばれる訳がないだろう」
「全くです。死んでしまったらそれでおしまいです。来世などがある保証などございませんから。しかし厄介ですね。今後も模倣して死のうとする者は出てくるでしょう」
「その通りだ。心中するくらいならばまだ許してやる。しかし本当に最後まで実行してしまったらどうだ。今回は未遂に終わったが、もしこの計画が完遂されたらどうなる。殺人事件だ。考えただけで頭が痛くなる」
高村は苛々とした表情を浮かべる田上に同調する様に肯いた。
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