第三話 ソニット4
オレ達は『アイギスの谷』でソニットをどうにか捕獲できないかと、脳内で試行錯誤を繰り返していた。
この場所に来てすぐは全く姿を見せなかったソニットだったが、ここに来てぞろぞろと姿を見せ始めた。これもミカサが放った『アクアレーゼン』の威力の影響だった。
その威力は間違いなくダムや堤防の決壊といった、大規模な自然災害レベルだった。そんな自然をも飲み込む音と衝撃によって目覚めたソニット達が、半強制的に谷に出てきたようだ。
視界の中にいるソニットの数は増えた。だがオレ達が受けたクエストである『ソニットの捕獲』は難儀していた。
オレ達が最初に行ったのはレティアの速度減少魔法『ディスレート』の乱射だ。
狙いを付けたところでソニットには簡単に避けられる。だから乱射することで速度減少魔法をソニットの一体だけでも当たればと思ったが、ソニットの危機回避能力はオレの予想よりもはるかに高く一発も当たらなかった。
これを続けてもソニットの捕獲は出来ないことを悟ったオレ達が次に行ったのは、ミカサの『アクアレイト』という魔法でソニットの捕獲を狙うというものだ。
ミカサが放った水操作魔法が、ソニットを囲むように生成されていく。ミカサが操作する水によって少しずつソニットの退路を塞いでいく、つもりだった。
だがソニットはそんな水の包囲網を、いとも簡単に水の隙間を抜けて四方に走り去っていく。『アクアレイト』の水の量は『アクアレーゼン』に比べると格段に少ないため、完全にソニットを囲むことが出来ない。
その上少しでも隙間があると、音のような速度でその隙間から逃げていく。その為隙間が散乱しソニットに逃げられた結果となった。
最後の作戦として、オレとミカサにレティアから質量減少魔法『ディスウェイト』を掛けて貰った。
レティアが使える魔法には質量減少魔法という、簡単に言うと体重が軽くなる便利な魔法があった。
それを利用してシンプルな走力でソニットを捕まえようと試みた。
しかしそれでもソニットの俊敏さには到底及ばない。いくらオレたちが軽くなったと言っても所詮は人間の運動神経だ。オレ達が二人掛かりで囲んでも全く手も足も出ない。野生の力というものを思い知らされた。
「あぁ、くっそーこれも無理か! これじゃあオレ達がソニットに遊ばれているじゃねーか」
オレは谷の斜面に身体を預けて大の字に倒れた。今オレたちがいる場所には草が適度に生えていて妙に心地が良い。まるで自然のベッドだ。
しかし一旦思いつく限りの策は実行したが、どれも手応えがない。
「やっぱりソニットは手強いねー」
ミカサもオレと同じように谷の斜面に寝転んだ。しかしクエストには苦戦しているにも拘わらず、ミカサは何故か楽しそうな表情だ。
対照的にレティアは暗い表情を浮かべる。そのオッドアイの瞳からは、今にも涙が溢れそうだ。
「やっぱり……ティの魔法では……無理なのかな……」
「何言ってんだ。レティアの魔法は全く悪くねぇよ。むしろ戦略の幅が増えているんだからな。オレとミカサだけなら策は一つしか実行できなかったんだから、オレとしてはレティアがいるだけでありがたい限りだよ」
「そうだよ! それにこうやって仲間と試行錯誤するのは楽しいよ。あたしは今まで良い仲間と巡り会えなかったから」
オレとミカサはそんなことを当然のごとく口にする。だけどそれは偽りない本心だ。思ったことをただ素直に伝えただけだった。
だからこそレティアにも伝わったはずだ。オレ達は本心からそう言っていると。オレ達がレティアを攻める気なんて毛頭も無いと。
「だから気にすんな。それにまだクエストが終わったわけじゃない」
「……ソウト…さん……」
そう言ってレティアは笑った。今までレティアがどういった境遇にあったのかは分からない。しかしレティアの魔法に対するコンプレックスを考えると、何か酷いことも言われてきたのかも知れない。
だけど、オレがそんなことを言うことはない。レティアの魔法に対しては羨望こそあれ蔑むことなどあるはずもない。そもそも人の魔法に文句を言えるほどオレは強くもないのだ。
自分には魔法も力も何もないのだから。
だからレティアには自信を取り戻して欲しいとオレは素直に思った。だからこそこのクエストは達成する必要がある。
レティアの為にも、ソニットを捕まえたい。
「しかし、どうするべきかな」
オレは芝生の上で寝転びながら頭の後ろで腕を組んで、オレは新たな策をひねり出す。
しかし分かっている。オレは天才ではない。そうそう画期的な策など思いつくことは出来ないことなど。
「もういっそあたしの『アクアレーゼン』で捕まえられるか試していい?」
「『アクアレーゼン』って最初に使った自然災害みたいなやつだろ?」
「そうだよ。もしかしたらそれでソニットを倒さず弱らせることが出来ないかなって」
「いや、あの規模の魔法で生き残る奴なんていないだろ……」
『アクアレーゼン』は大量の水を発生させる、川の氾濫のような災害クラスの魔法だった。しかも発生させた大量の水は操作不能だという。相手を生かした状態での捕獲が目的のクエストで使うには不向きすぎる魔法だ。
しかしミカサはその危険性を理解していないのか、簡単にその強大な魔法を使うことを選択肢に入れる。そんな無邪気さが時々怖くなる。
「でも普通に捕まえるには、あたしたちが何人もいれば良いんだけどね。それなら逃げ道を防げると思うんだけどな」
「そう言っても、オレ達は三人しかいないからな。逃げ道を防ぐにはさすがに人数が足りないだろ……」
そこまで言いきってからオレは勢いよく上体を起こした。ミカサの話を聞いてあることを思いついた。
「そうだよ。使える物は全部使えばいい。ミカサの魔法もレティアの魔法も、そして――」
そしてオレはこの場所そのものも見た。緩やかな斜面がはるか先の海まで続いているその谷底を、山頂から緩やかに水が流れている。
その水に反射した自分の顔が目に入る。流れがあるため歪んでいるが、その表情ははっきりと認識できた。
自信満々に鋭い笑顔を浮かべているオレが、そこにはいた。
「――このアイギスの谷すら利用してやるさ」
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