第三話 ソニット3

 今オレたちのいる場所はアイギスの森と呼ばれている。街の南に位置し東から西に横断するように谷が形成されている。その谷底には僅かばかりの水が山の頂上から流れている。この谷も少ない水によって少しずつ地表が削られた結果巨大な谷が出来上がったとされている。


 その谷は固い地表が露になっているが、その外側は草木が生い茂る。まるでその谷だけが自然が消失しているように感じるほどだ。


 だがこの場所の特色は他にある。それは冒険初心者御用達ということだ。


 アイギスの谷近辺は強いモンスターが生息しておらず、簡単なクエストもいくつもある。冒険者が力をつけるために最初に訪れる場所だった。


 そんな場所でオレたちが行っているクエストは、『ソニットの捕獲』だ。危険こそないもののその難易度は高い。

 だがまだその難しさが分からないオレは、視線の先にいるソニットに狙いを定めた。


「まずはシンプルにっと」


 オレは即座に谷を駆け下りてソニットに向かって一直線に走っていく。人並みの足の速さを誇るオレだが、谷の傾斜を利用して簡単には止まれないほどの速度になっていく。


 正直下り坂を駆け抜けることに恐れはあるが、その恐怖に打ち勝ちながら全力疾走してソニットに近づく。そしてソニットまでの距離が十メートルのところまで近づくことが出来た。


「この距離なら行けるんじゃね」


 そんな淡い期待を持ってオレは重心を下げてソニットに近づく。そんなオレが「いける」と思うのと同時に、ソニットが一瞬オレの顔を見た。


 そして一瞬だけ体を震わせて――――


 ――――オレの視界からソニットが消えた。


「なっ!?」


 オレは急ブレーキをしてソニットが先ほどまでいた場所で止まり、唖然としながら辺りを見渡す。確かに先ほどまで目の前にいたはずのソニットがいなくなり、それが幻だったのではないかと錯覚するほどだ。


 だがオレの視界に入ったミカサの言葉が、オレを現実に戻してくれた。


「ソウトあっちに逃げたよ!」


「あっち?」


 ミカサがオレの右側を指しながらオレに向かって叫んでいた。オレはその方角に目を凝らす。すると視線の先には、直前まで目の前にいたはずのソニットが何十メートルも奥でゆっくりと歩いていた。


「まさか、この一瞬であの位置まで逃げたっていうのか?」


「そうだよ! あたしには辛うじてだけどソニットが一瞬でびゅんって逃げて行ったんだよ」


「まじかよ……。間近で見たら消えたのかと思ったぞ」


 オレは谷底からゆっくりとミカサたちの前に戻りながら、オレはソニットが逃げた先を見た。オレにはソニットの動きが見えていなかったが、遠目からだと何とかその軌跡を追うことが出来ていたようだ。


「だが予想以上だな。真っ当な手段で捕まえるのは不可能だな」


 オレの感覚では野生の猫を捕まえるような難しさだと思っていた。だが野生の自由さに加えて肉眼で追うことが出来ない程の速度を出して逃げる相手に、単純な追いかけっこは時間の無駄だ。


「ソウト、どうするの? やっぱり無理そう?」


 ミカサが心配そうにオレにそう問いかけてくる。まだ小手調べが済んだだけだ。


 ソニットを捕獲するためには、レティアの速度減少魔法を当てるのが得策だろう。ミカサの水魔法では、ソニットを倒してしまうかも知れない。

 しかしあの速度の相手に、レティアの魔法で狙っても当たらないだろう。レティアの魔法は範囲ではなく一点に作用する魔法だ。ソニットとは相性が悪い。


 だがまずは何事も試してみることに意味がある。


「レティアの魔法は、どれぐらいの距離まで効果があるんだ?」


「あ、え、えっと……ティの魔法は、見える範囲なら……どこまでも届き、ます……」


「そんなに射程範囲が広かったのか」


 レティアの魔法の効果を考えると、せいぜい10~30メートル程かと思っていたが、想像以上に範囲は広いらしい。

 だが自身のないレティアを見た感じ、射程距離以外に難があるのだろう。


「それなら一度あの奥にいるソニットに向かって、魔法を打ってもらってもいいか?」


 そう言って先ほどオレが逃がした、30メートル以上先にいるソニットを指さした。そのソニットは日光浴をしているようにその場から動こうとしない。まさに格好の的であった。


「は、はい……!」


 オレは急かしたつもりはなかったのだが、レティアは慌てて両手をソニットに向けて魔法陣を出現させる。


「『ディスレート』……!」


 レティアの掌の前に出現した魔法陣から、青色の弾丸が何発か発射される。その弾丸はレティアの視線の先にあるソニットに向かって、野球のキャッチボールほどの速度で飛んでいく。


 だがレティアが放った弾丸は、方向こそソニットに向かっているが、ソニットが動くまでもなく青色の弾丸がソニットの周りを通り過ぎた。


「この距離だと中々狙いが定まらないのか」


 オレはレティアの魔法の分析のつもりでそう呟いたのだが、レティアには悪い意味で捕らえられたようだ。何故か「ごめんなさい」と呟きながら弾丸を乱射している。


「いや、そんなつもりじゃ……」


 オレが弁論を口にする前に、オレの言葉を遮ることが起きた。


「あっ……!」


 ミカサがそんな声を上げる。それに合わせてオレもミカサの視線の先を見る。そこはオレの逃したソニットと、そのソニットに向かっていく。


「当たる!」


 オレは拳に力を入れる。狙いこそ難しいレティアの魔法だが、当たれば速度を落とす効果がある。オレが近づいた際には警戒されて逃げられたが、魔法の弾丸なら実体はない。それなら警戒出来ずに当たるのではないかと。


 だがそんなオレたちの希望を打ち砕くように、ソニットはこちらを見もせずにとてつもない速度でオレたちの視界から消えた。


「あ、あんなに早いのか」


 オレはソニットの速度を今初めて見たことになる。まるで新幹線が通り過ぎたように、何が動いたのか分からない物体がとてつもない姿で動いたことだけは分かった。


 そしてそれに遅れて一つの結論に気が付いた。それはレティアの魔法であってもソニットには避けることが出来る、という事実が分かった。


 そしてその事実がレティアの自信を打ち砕いていることに、先に気が付くべきだったのだ。


「やっぱり…ティの魔法じゃだめかな……?」


 レティアが涙目でそう呟く。

 レティアにはソニットに魔法が当たらない理由が、レティアの力不足だと考えているようだった。だからこそ自身の魔法の無力さに嘆き、苦しんでいた。


 オレはそんなレティアに宣言したんだ。策はオレが考えると。だから――


「まだ断言するには早いって。これからレティアの魔法を使ってソニットを捉える為の策を、一つずつ試していけばいい」


 そしてオレは力強く、そして自身をも鼓舞する魔法の言葉を口にした。


「――――オレ達はパーティなんだからさ」


 そう言ってオレはレティアに向けて、自信満々の笑顔を見せた。

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