第三話 ソニット2
オレ達はファウストの南側に位置する『アイギスの谷』と呼ばれる場所に来ていた。
この場所は二つの山に挟まれて出来ている巨大な谷がある。幅は3メートルほどで中心を山頂から流れて来る川が通っている。この川は遙か先にある海まで流れているらしい。
谷といっても左右が断崖絶壁という訳ではなく、歩いても上れる程の緩やかな斜面が広がっている。そして数メートルの岩肌を上ると草木が生い茂る自然豊かな彩りを見せていた。
「トレントの森やヘルグランデの後だと、平和な場所に思えるな」
オレはヘレンの谷を斜面の上から眺めながら、ふとそう呟いた。
アマゾンを彷彿させるほどの密林で怪物の住処だった『トレントの森』。火山から遠く離れているにも拘わらず、魔法がなければ立つことすら出来ない灼熱の『ヘルグランデ』。
そんな過酷の地の後に来た場所としては「平和」という言葉が連想されることも不思議ではないだろう。
ここに来るまでにこの場所で様々なモンスターを見たが、どれも小柄で小動物のようだった。それにどのモンスターもオレ達を襲うこともなく、ただこの環境で生きていることに必死という感じだ。
まさに話に聞いていたとおり、初心者冒険者大歓迎と謳うべき場所だ。
「初めから、こんなのどかな場所に来たかったなぁ」
トレントとの激戦を。ハードロックと灼熱を。そんな過酷だった過去を思い出し、オレはふとそんな事を呟いていた。
「ソウト、ここに来た目的を忘れてない?」
「忘れてねぇよ。レティアの魔法効果の検証及びソニットの捕獲だ」
「さすがソウト。なら早速それを試さないとね!」
今回の目的は今オレが言ったことが全てだ。つまりミカサとレティアの力を知る必要がある。
「そういえば、レティアはどんな効果の魔法を使えるんだ?」
レティアは『ステータス減少』の魔法しか使えないとは聞いている。だがどのステータスをどれほど現象させられるのかという詳細に関しては、まだオレもミカサも聞いていなかった。
そう問われたレティアは、大げさに驚いた。少しオーバーリアクションだがレティアにとっては、驚くべき事だったのだろう。
呼吸を整えてから、満を持してレティアは口を開く。
「えっと……ティの魔法は力、速度、質量、体積、魔力、それと五感に関するステータスを…減少……出来ます…」
しっかりと話し始める準備を下にも拘わらず、何故か言葉の後半が小さくなっていく。レティアは長く話すことが苦手なようだ。
「でも力とか質量とかを変化させることが出来るなら、割と便利な魔法なんじゃないか? 仲間のサポートという面では最高の魔法じゃないか」
オレは話を聞いて、真っ先に思いついた有効な魔法の使用方法を口にした。だがレティアはオレの言葉を聞いて俯いた。
「対象が物……だと効果が強く、人やモンスター……生物だと効果が薄くなってしまうんです……」
「つまり、人に何かしらの増加魔法を掛ける場合は、物に魔法を掛けるより効果が小さくなるということか」
何故かすみません、と謝罪を続けているレティア。もしかしたら今のオレの考えと同じようにサポートを期待され、そして失望された経験があるのかも知れない。
それならとオレはレティアに問いかける。
「オレに減少魔法を掛けてくれないか?」
自分が体感してみるのが早いと、オレはレティアにそう提案した。レティアは小さく頷き、その小さな掌をオレに向けてきた。
魔法というのは、基本的に魔道具という物を媒介にして放つらしい。ミカサの場合だと杖を媒介として使うように、レティアはその宝飾の施された指輪を媒介にしていた。
その指輪が嵌められた右の掌をオレに向かって開けた。するとその掌の前に光を放つ紫色の魔方陣が現れた。
「では……減少させます……」
その言葉と共にレティアは再び掌をオレに向け、再び魔方陣を出現させた。
「――『ディスフォース』……!」
魔法陣から発射された青い弾丸のような物がオレを貫いた。その弾丸による痛みはないため、実体はないようだ。しかし即座に強い倦怠感が体中を襲ってくる。
「こ、これは…」
オレは立っていることも辛いほどに全身に力が入らない。消しゴムほどの大きさの石ころですら、持ち上げるのに全力を要した。
「確かに……減少する効果は中々のものだな」
オレは掴んだ石ころを力なく離した。それと同時にレティアがオレに掛けていた魔法を解除したようだ。身体からおもりを取ったかのような開放感だ。
「レティアの能力は生物より非生物の方が効果が強くなる。ってことで良いんだな」
オレは魔法を実感して、レティアの説明を肌で感じていた。
「はい……なので実践では中々うまく使用することが、出来なくて……。それに動く相手だと魔法を当てることも難しく……」
レティアはそう言ってまたも俯いてしまった。だがレティアの言うことも分かる。減少効果は確かに強力だが、その魔法を当てるという過程が必要だ。
しかし弾丸ほどの弾を動く相手に当てるには至難の業だ。特に小さく早い動きをする相手だと尚更かも知れない。実戦で使うには難しい魔法だ。
「だけど――レティアの魔法は応用が利く。状況に合わせて使用できれば、パーティの戦略の幅が広がるからな。オレに任せとけ。策はオレが考えてやるよ」
オレはそう言ってレティアの頭をぽんっと叩いた。レティアが上目遣いでオレに尊敬の眼差しを見せてくる。一般人のオレにしてみれば、少し格好付けすぎたかもしれない。
「ソウトが格好付けてる……」
ミカサがジト目でそんな事を呟いてくる。自覚はあったが、いざ第三者から口に出されると辛いものがある。
「たまには格好付けさせてくれよ!」
だがオレもこの発言をしたからには、レティアの期待を裏切らない策を練らないと。そんな不必要なプレッシャーを自分に課してしまった。
「ところで、ソニットはどこにいるんだ? ここに来るまでにそれらしいモンスターは見なかったが」
オレは木の上に昇って水の流れる谷を眺めながら、ソニットというモンスターを探していた。だが聞いていた特徴のモンスターはいない。
ソニットは凶暴化したウサギのようなモンスターだと、ミカサから聞いていた。その速度は『俊足のソニット』と呼ばれる程早く、そして少しでも攻撃を当ててしまうと倒してしまう可能性がある程、耐久力が低いらしい。その為捕獲クエストは中々の難易度を誇る。
だがそれ以前にその対象のモンスターの姿を見ていない。これでは捕獲云々の話ではない。対象のモンスターが存在しないクエストに挑むことは、強いモンスターを倒すことよりも難しい。
まずは姿を見ることから始めなければならないようだが、ミカサがソニットの所在を予想する。
「多分この時間なら、どこかの巣穴に隠れているんだと思うよ」
「その巣穴って言うのはどこにあるんだ?」
「このアイギスの谷の近くにいくつかあるはずなんだけど、場所は分かんないな。それにソニットは別のモンスターの巣穴にもうまく隠れているらしくて、見つけるのは困難らしいよー」
そんなことを他人事のように話すミカサ。
「じゃあどうするんだ?」
「え、っと…………」
「何か知っているのかレティア?」
「…………」
「……まぁ何もないのならいいんだけど、もし何かあるなら言ってくれよ!」
何かレティアが反応を見せたが、すぐに口を閉じて俯いた。まだレティアとオレたちとの間にはまだ大きな壁を感じる。オレは強引に詰めることはせず、一歩引いてそう口にする。
オレたちの目的はただクエストを達成すればいいわけではない。レティアという仲間を迎えるために、レティアと仲良くなる必要がある。そしてレティアには自信を持ってもらいたい。レティアの魔法は強力なんだと、伝えられるようなクエストにしたい。
だから何かレティアが活躍できる方法を模索していると、ミカサが「あっ!」と目を見開いた。
「力業で出させようよ。臆病なモンスターだし大きな音や衝撃に敏感だと思うから」
「えっ、ちょっと待て。ミカサは何をする気なんだ!」
オレは嫌な予感を感じてミカサを静止しようとする。だがその静止をガン無視して笑顔で杖を上に向けた。
「おい待――――」
「――『アクアレーゼン』!」
そのかけ声と共にミカサの杖が光る。すると目下の谷に大量の水が発生した。それはダムが決壊したかのように、谷に沿って大量の水が下に流れていく。大きな音と衝撃を発しながら。
「な、何だこれは……」
「…………!」
オレは飛んでくる水しぶきに顔を覆いながらミカサに問いかける。レティアがミカサの身体にしがみついている。横にいたレティアも口を広げて驚いている。
それだけミカサの魔法がとてつもないという証明にもなった。
「あたしが出せる最大量の水魔法だよ! その代わり、この量になると制御出来ないんだけどね。あくまで出せる最大量ってこと!」
「え、制御できないの?」
「うん! この量を操作するなんて無理に決まっているでしょ」
そう言うミカサが出した水は、まるで海の水を東京ドームですくったような量だ。前に見た『アクアレイト』とはその規模が違う。
だが今回は操作ができないらしい。ただただ大量の水が谷の側面を削りながら下流に流れて行くのを、オレたちは見守ることしかできない。
「これ、ソニットも流されていかないか?」
「あ」
ミカサは今更そんな重大なことに気が付いたようで、あたふたと両手を振っている。
「で、でもソニットは早いからうまく森に逃げていると思うから」
「…………」
額に汗を垂らしながら、右上を向いて言い訳を口にするミカサ。ただただこの魔法をオレ達に見せたかったのが本心だと、オレは決めつけることにした。
少しの間ミカサが魔法によって出した水が流れていくのを眺めていた。そしてその水が見えなくなった頃、オレはふと呟いた。
「――――ソニットはどこにいるんだ?」
辺りを見渡しても前情報に該当するウサギのようなモンスターは見当たらない。ただ水たまりの増えた谷底が見えるだけだ。
本当にミカサの魔法で、全てのソニットが流されたのだろうか? そうなるとクエストは達成不可能になる。
ミカサも返答に困っているようだ。もしかしたら本当にソニットがいなくなってしまったと考えているのかも知れない。
そんな焦りを見せたミカサの後ろにいたレティアが、オレ達とは逆側を見ながら一点を指差した。
「あ、あれって……ソニット、ではないでしょうか…?」
「……た、確かに! あれはソニットだよ! ソウト! ソニット!」
「あれがオレ達の探していた、ソニットか」
レティアの指差した方を見ると、とことこと谷をウサギが横切っている。そこには凶暴さも俊敏さもない。ただ散歩している野生のウサギにしか見えない。
「ならまずはお手並み拝見と行くか」
オレはそう言って運動の為の準備運動を始めた。
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