第三話 ソニット1

 今日でオレがこの世界に来てから、三日目になった。


 つまりこの世界で過ごしたのはまだ二日間だけだが、その二日間でオレは濃密な時間を過ごしたと思う。


 この世界に来て初日は、目覚めるといきなり森の中にいた。そして街に向かおうとするオレ――ソウトはいきなり木の怪物トレントに襲われた。命からがらがらそのトレントから逃げ延び、森を抜けることが出来た。だがその先の湖の畔で意識を失った。


 次に目を覚ますと見知らぬ家のベッドで寝ていた。状況を把握するとミカサという魔法使いに助けて貰ったと言うことが分かった。オレはその恩を返すために、ミカサとパーティを組みクエストに挑んだのが二日目になる。

 そのクエストは環境こそ過酷だがモンスターと戦うという危険はなく、オレのアイデアを頼っての同行だった、のだがオレは身を挺してクエスト達成に貢献した。


 さすがに疲労の限界が来たオレは爆睡し、そして目を覚ますと見知らぬ少女がミカサと同じ部屋にいた。そのレティアという少女はオレ達の力を頼るため、パーティに入れて欲しいと言ってきた。


 それが三日目の朝と言うわけだ。まだ二日しか経過していないことに驚くほど、オレはこの短期間で激動の時間を過ごしていた。


 本日はレティアの実力を測る為、そして怪我を重ねていたオレの休憩も兼ねて、オレ達のレベルのあったクエストを探しにオレ達はギルドに向かっていた。


「そういえば昨日詳しく聞けていなかったんだが、ハードロックのクエストは達成したんだよな?」


「うん! ソウトの案でハードロックを倒した際に出てきた鉱石を納品してきたよ!」


 オレ達が受けたクエストの正確な内容はハードロックの討伐ではなく、ハードロック討伐の際に出る鉱石。つまりハードロック自身の破片の納品だ。


「それにあたしが欲しかったハードロックの核も手に入れたから、新しい杖を作って貰えることになったんだよ! これでやっとあたしの武器もレベルアップできるよ」


 ミカサは満面の笑みをオレに向けてくる。それだけ新しい杖が欲しかったようだ。その杖を得るための素材集めの力になれたのなら、オレの功績も少しはあると思いたい。


「オレも新しい武器が欲しいところだな。さすがにこのサバイバルナイフだとモンスターには太剣打ち出来ないし」


 そう言ってオレはサバイバルナイフを眺める。トレントから逃げる時とハードロックに刃を振るっただけだったが、そのたった二回の戦闘で刃は欠けて見るも耐えない姿になっていた。


 今後の事も考えると、やはりオレ自身が強くなるという不確定要素よりも、単純な武器強化がこの世界で生き抜くために必要に感じた。


「じゃあ新しい武器を買う? ついでに防具も買ったらいいんじゃない?」


「でも知っての通りオレはお金がないんだよな」


 ミカサの提案は魅力的ではあるが、あいにくオレは三日前にこの世界に来たばっかりの無一文だ。クエスト達成の分け前を貰ったとしても、全てを揃えるには足りないと思う。

 そんな現実的な考えのオレに、ミカサから意外な提案があった。


「お金ならあるし大丈夫だよ。今日のクエストが終わったら買いに行こう! あたしが出してあげるから」


 ミカサのお金があるという宣言が意外で、オレは目を丸くし言葉がなにも出てこなかった。昨日挑んだクエストの報奨金がとても多かったのだろうか。そうだ、そうなのだろうとオレは勝手に決めつける。


「どうしたの?」


 オレが無言で驚きを隠せずにいるとミカサが心配した表情を向けてくる。


「い、いや。でも本当に良いのか?」


「良いよ。あたしお金には困っていないから」


「……」


 このポンコツがお金を持っているとは到底思えない。気を遣って言ってくれているのだろう。

 そんな無理なご厚意には、丁寧に――――


「今『このポンコツがお金を持っているとは到底思えない』って思ったでしょ! 酷いよソウト……こっちは善意で本当のことを言っているのに……」


「ご、ごめんって。まぁそれも今日のクエストが終わってからだ。一体どのクエストに挑むんだ?」


 オレは露骨に話を逸らす。だが今日の本題は今オレが言ったことのため、間違った話の逸らし方はしていない。


 オレ達のパーティにはレティアが加わり三人になった。


 そのレティアは『ステータス減少』という他の人には使えない固有魔法しか使えないという特殊な魔法使いだそうだ。見た目はか弱い少女であるため、筋力があるようにも思えない。あくまでパーティのサポート役になるだろう。


 固有魔法というのがこの世界では分からないが、固有というからには他の人には使えない特別なものだとは思う。だが魔法の説明を聞いた感じは、あまり強力なものには思えない。サポートしては力を発揮すると思うが、そのためには戦闘員であるオレとミカサの攻撃力に掛かってくる。


 そう考えるとまだオレ達のパーティには、強力なモンスターを討伐できる火力としては劣っていると思う。ミカサの魔法が強力なことは少し理解したが、まだまだ有用性には欠ける。まずはオレが少しでも力になれるようになりたいが。


「レティアちゃんの魔法を聞いて、あたしはこれが良いと思うんだけどどう?」


 オレが色々と思考している横で、ギルドに着いたのと同時にミカサはクエストの一つを指差した。

 そこにはウサギのようなモンスターの絵と、ロープで釣られたような絵が描かれている。


「これは?」


「これは『ソニット』っていうモンスターの捕獲クエストだよ」


「捕獲クエスト……って言うのは、倒さずにこのギルドまで連れて帰れば良いってことか?」


「そうだよー。ソニットってモンスターは、攻撃力は無いけどとにかく早いモンスターだから捕獲が難しいんだ。だけどレティアちゃんがいれば『ステータス減少』でソニットの速度を遅く出来るんじゃないかなって思ったんだけど」


「おぉ、ポンコ……ミカサにしては良いチョイスだと思うぞ」


「何か余計な言葉が聞えたんだけど?」


 ミカサがオレを睨み付けてくる。だがオレはそれを無視して、オレ達の後ろに付いてきていたレティアに視線を向ける。


「レティアはどう思う?」


「ティの魔法は、速度を下げることは出来ます……ですが、その魔法があの『俊足のソニット』に当たるのかは……断言できない…です」


「『俊足』……そんな異名があるのか。だけどこのクエストには危険は無いのか?」


「うん! 無茶さえしなければソウトみたいに意識を失うことはないよー」


「オレだって意識を失いたくて失っている訳じゃねーよ!」


 先ほどのポンコツ発言の仕返しなのか、馬鹿にしたような目でオレを見てくる。


 それはともかく、安全な環境であれば腕試しにはもってこいのクエストだ。情報をまとめてもこれ以上無いクエスト選択だと思う。


「まぁ、このクエストで良いんじゃないか。レティアもこれでいいか?」


 オレの質問に対してレティアは無言で小さく頷いた。

 これで、オレ、ミカサ、レティアの三人体制で行う初クエストが決まった。


「それなら早速『アイギスの谷』に向かいましょう!」


「お、おー」


 ミカサが元気な声と共に、拳を上に掲げた。いちようオレとレティアもそれに合わせて小さなかけ声と小さく拳を上げておいた。

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