第二話 番外編 レティアの失望

「鍛錬を積めば必ず成果は現れる」


 それは父からの教えだった。


 その言葉は本当に父がそのことを思っていたのか、それとも娘の為に言ったハリボテの言葉だったのか今は分からない。

 だけどその言葉を信じて鍛錬を積んだ少女がそこにはいた。


 朝は体力を付けるため運動に励み、お昼を取るとすぐに魔法の習得、そして日が暮れる頃には勉学に勤しむ。

 そんな生活が物心つくよりも前に行っていた。


 その時の少女は頑張っているという感覚では無く、それがその少女にとっての全てだったのだ。

 誰もがそういったことを行っていると思っていたし、その事を苦痛に思うこともなかった。自分自身が知識と力を付けていくことに充実感もあった。


 それに――――


「良くやったな。ティ」


 ――――成果を上げれば父が褒めてくれる。それが小さな自分にとってなによりも嬉しいことだった。


 良くやったな。


 少し高圧的ではあるけれど、威風堂々とした父が自身を見てくれている。その事がこのたった一言に集約されている。そう感じることが出来ていた。


 だからこそ周りの同じ年の子達には苦痛に思えるような日常も、苦に感じることなく自身を高めることが出来た。


 それが、レティアが幼い頃の記憶の一部だった。


 そしてその日常はレティアが12になる頃まで続いた。

 毎日鍛錬を積んでいるレティアが、同世代に負ける要素は少ない。知識でも力でも男女問わず学内で敵はいなかった。


 運動能力ではレティアに追いつける者はおらず、学内全てのテストでトップを取り続けていた。その上レティアの父は街一番偉い貴族で、分かりやすく言うとお金持ちの家に住んでいた。


 その代償にレティアには友達と呼べる者がいなかった。しかし孤高でいる事が出来るだけの才覚と家柄を持っていた。


 しかしそんなレティアには一つだけ才能がなかった。


「なんで……魔法が使えないの…………」


 その少女はそんな言葉を吐きながら誰もいない森で、全力で木を叩いた。レティアの力では大きな大木が揺れ、止まっていた鳥たちが一斉に飛立つ。

 まるで木が悲鳴を上げるように、木の揺らめきと鳥の羽ばたきが森の静寂をかき消した。


 この頃から父からの言葉も減っていた。そのことも拍車にかけてレティアを追い詰めている。


 周りの同級生は皆大小あれど何かしらの魔法は使えるようになっている。それにも関わらず自分だけが魔法を使えない。

 小さい頃から鍛錬を積み毎日努力を怠らなかった自分だけが、魔法を使えない。その事実が幼いレティアを苦しめていた。


 そしてあるときだった。それはレティアが夜中に魔法の練習をしている時だった。


「レティア。無理をしなくて言い」


 父は過度な努力をしている娘について、心配からくる労いの言葉だったのだろう。眉間に皺を寄せて小さな声で囁くように、優しさからレティアのことを思って父はそう言った。


 ――――だがその父の一言が、レティアの心を砕いたのだ。


 父からそんな言葉を聞きたかった訳ではない。父は堂々としていて、ただ成果を出したときだけ短い褒め言葉を発してくれる。そんな父が、レティアの憧れであったのだ。


 だから、父からそんな言葉を引き出してしまった自分自身の無力を、呪い、妬み、そして恨んだ――――



 ――――次の日の昼頃、怪鳥の巣の底で瀕死のレティアが発見された。


 全身打撲、所々に切り裂かれたような跡も多くあり、骨が折れている箇所も一つや二つではない。


 怪鳥に魔法も使えない少女が一人で挑む。この街の歴戦の戦士や魔法使いですらパーティを組んで万全の状態で挑んで尚勝てない相手に、幼いレティアは一人で挑んだのだ。


 当然レティアは何も出来ずにぼろぼろになった。その手に握る剣は相手に届かず全身をズタボロにされて、怪鳥の鳴き声と共にレティアは倒れた。


 そして数十メートルある怪鳥の巣穴に落ちたのだ。


 無力にも落ちていく自分の身体を感じながら、徐々に身体の力を抜けていくことも感じていた。だけどこのままでは地面に激突する――――そこでレティアの記憶は途切れていた。


 正直な所死ななかったのが奇跡だ。そう何度も言われた。

 だがレティア自身もそう思う。もう無力な自分はどうなってもいい。そんな投げやりな気持ちを抱えて落ちていた記憶がある。


 世界最高峰の治癒師が偶然街に来ていたらしく、その力で何とかレティアは一命を取り留めた。


 だけどそんな凄腕の人でも完治は出来ず寝たきりの日々が三年間も続いた。それほどまでに限界まで身体を痛めつけられていたのだ。


 身体も魔法の鍛錬の出来ない日々は、レティアにとっては地獄に等しかった。日に日に落ちていく筋力に、魔法は使えないまま成長させることも出来ない。


 だがそんな中でレティアは一つの疑問に気がついていた。


「なんで……ティは生きているんだろう……?」


 それは周りの人に何度も言われたことだ。だがあの穴に落ちたとき確実に死んだ、そう自分自身でも感じていた。

 ぼろぼろの身体であり得ない高さから落ちたのだ。当然クッションになる物はなく、受け身を取る事が出来る高さでもない。


 そんな中で自分が助かった方法は何か。それを何とか思い出そうと記憶の中を探った。

 そして一つの結論を出した。


「そうだ――――ティは魔法を使ったんだ……」


 落下する直前、火や水のような基本属性と呼ばれる魔法ではない固有の魔法を使えた記憶がある。死が迫る窮地に追い詰められたことで、反射的に魔法を発動できたようだ。


 だからこそレティアは助かったのだ。いや――――


 ――――助かってしまったのだ、と。


「なんで、生きているんだろう……」


 レティアは再びそう呟いた。だがその言葉の意味が違っていた。正直これはレティアの望んでいる状態ではなかった。

 しかしその代償の代わりに魔法を手に入れたのだ。思っている力ではなかったけれども。


「折角手に入れたんだ……この力を使わないと……」


 自分の無茶によって付いた傷を、様々な人の力によって直して貰ったのだ。もう自分の命は自分だけのものでは無い。

 だからレティアは得ることの出来た特殊な魔法は、皆の為に使わなければならない。


 ――――これは義務だ。


 もうこの怪我が治る頃には、これまでの鍛錬で付いた運動能力はなくなるだろう。もう同年代の同性と比べても劣るほどになるだろう。

 それに今まで一人で突き進んできたレティアだ。あまり人と関わってこなかったため、コミュニケーションを取ることが得意ではない。


 だけど、そんなことは言っていられない。レティアは人の為に行動すると決めたのだ。


「ティが、魔王を倒せるパーティを作れば良い……!」


 そんな強い覚悟を胸に抱いたレティア。

 その思いはレティアの心に深く、深く、深く突き刺さる。まるで楔のように。


 ――――これは義務だ。


 それから三年後、知識と固有魔法を取得した。そして父を説得し街のギルドに向かったのだった。

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