第二話 ハードロック①ー5

 目が覚めるとそこは部屋だった。

 木造で藁が敷き詰められたベッドのような場所に、オレは横になっていたようだ。部屋の中は質素で、机と窓と藁のベッドとランタンが置いてあるだけだった。


「なんだか既視感がある場所だな」


 オレはそんな部屋を見て記憶を少しずつ思い出す。そして眠りにつく前に自分が何をしていたかを理解したのと同時に、この部屋の扉が開いた。


「ソウト起きたんだ! ……あっ」


 オレが扉の方を見る前に何か嫌な声が聞えた。だが反射的にその声の方に顔を向けてしまった。それが間違いだった。


「痛っ! あっちぃ!」


 ミカサが放った熱々のお茶と湯呑二つを顔面で受け止めたオレは、その衝撃と熱さに再び意識を失いそうになった。

 辛うじて意識を保ち、何が起こったのかゆっくりと把握していった。


「ご、ごめん。起きていると思わなくてつい……」


「じゃあ何で湯飲みが二つあるんだ? オレとミカサの分じゃないのか……ってあれ?」


 オレはそのことにツッコミを入れようとしたが、必死に謝るミカサの後ろにもう一つの人影が見えた。


「えっとその方はどちら様?」


 オレの視界にはミカサの後ろに隠れるように、部屋に入ってくる少女の姿が目に入った。


 その少女はミカサよりも背が小さく、見た目も10代にも満たないほどの幼さを残している。しかしその服装は高価そうな薄く立派な鎧を身に纏っている。それが異様なコントラストを見せていた。腰に巻いている巾着の中にも様々な道具が入っているように見える。


 元の世界では見ない美しい黄緑色のショートヘアが彼女の目を隠している。しかし黄金色の左目と、薄水色の右目のオッドアイは、前髪の隙間からでもよく見えた。


「あ……あの、初めまして………ィアと言います…」


「……えっと、もう一回聞いてもいい?」


 声が聞き取れずそう聞き直すと、その少女はミカサの後ろに回ってしまった。人と話すのが苦手なようだ。

 オレはそんな態度を取る謎の少女が何者なのかを問うため、ミカサに視線を移すた。するとすぐにミカサは何かに気づいたような表情を見せる。オレの考えを察してくれたようだ。


「あ、ごめん。顔を拭く物がいるよね。取ってくるよ」


「それも当然必要なんだけども、それ以上に話すべき事があるだろ」


 前言撤回。ミカサは全くオレの考えを察していなかった。その為ついツッコんでしまった。

 オレは枕代わりにしていたタオルでお茶を拭う。そして本題に入った。


「その子は誰なんだ?」


 オレはベッドの縁に座り、机を挟んで向かい側にミカサと少女が並んで座っていた。


「この子はレティアちゃんだよ。あたし達のパーティに入りたいらしいの」


「は、なんで?」


「レティアちゃんも、ソウトの頭脳に頼りたいらしいの」


「オレの、頭脳? 何で? オレは頼られるほど賢くないぞ」


 オレに期待されても困る。オレはこの世界に来てまだ何もしていない。折角念願の異世界にいるって言うのに、特別な力もまだ分かっていない。

 武器もろくに使えず魔法は全く使えない。戦力としては平均以下だろう。そんなオレが他の人の手助けなど出来る訳がない。


「ソウトは凄いじゃん。おかげでハードロックを倒せたんだからさ」


 ミカサは昨日二人で達成したクエストの経緯を簡単に話してくれた。


 ミカサが上空から落としたハードロックによって粉々に砕かれ、ミカサが必要だったハードロックの核という物を得ることが出来たらしい。

 そしてハードロックの破片をまとめてギルドに持っていたことで、ハードロックの討伐のクエストも達成扱いになり、中々の額の賞金が出たらしい。


 その後オレは疲労のあまりミカサの家でそのままベッドを占拠してしまっていたみたいだ。朝まで寝ていたということは12時間以上ここで寝ていたようだ。


 だがそんなことを咎める様子は一つもなく、ただミカサは率直な感想を口にした。


「これも全てソウトのおかげなんだから」


 ミカサはハードロックを倒しその核を手に入れることが出来たのが、オレのおかげだと思っているようだ。

 オレの発想がハードロック討伐の一端を担っているのは確かだが、ミカサの魔法がなければ倒せなかったはずだ。


 当然オレの功績など知れている。オレは誰でも思いつくことを一番に口にしただけだ。


「まぁ、オレのおかげだと思ってくれているなら嬉しいけど」


 オレはそう言うしかなかった。決死の思いで返したはずの借りだが、結局オレはミカサの借りを返し切れていない。


「そんなソウトの力を借りたいのが、この子レティアちゃんのお願いらしいの」


「オレの力を借りたい?」


 オレはあえてレティアの方を見る。オレはレティアの真意を知りたいからだ。

 レティアは顔を背けて頬を赤らめるが、意を決したように小さく声を出した。


「えっと……ティはソウトさんの話を聞いて、ティの力を……うまく使ってくれると思いまして……なので、是非仲間にして欲しい、です……」


 そう言ってレティアは小さく頭を下げた。今回声は聞き取れたが、レティアの言いたいことがいまいち分からなかった。


「レティアの力って言うのは?」


 オレに利用して欲しいっていう言い方にオレは引っかかった。だがその理由がレティアの口から語られた。


「ティは……『ステータス減少』の魔法しか使えないのです…」


「『ステータス減少』っていうのは、力を弱くしたり、魔力を下げたりってことか?」


「は、はい……他にも……あるんですけど…………」


 なるほど、それは扱い辛い能力なわけだ。少なくとも一人では中々使用し辛い魔法だ。自力で相手に攻撃を出来る力があれば強い魔法の気もするが、少女が持つ魔法としては不適合な気もする。そのためレティアがオレたちを頼りにしていることも頷ける。


「まぁ一度どんな魔法が使えるのか見てからにするよ」


 泣きそうなレティアを見たオレは答えに窮して、イエスでもノーでもない保留の言葉を口にするしかなかった。

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