第三話 ソニット5

 アイギスの谷には山頂から流れる綺麗な水が、緩やかな谷の傾斜に沿って下流に下っている。そんな平和な川をソニットの群れが飲み水にしているようだ。


 その川の深さは十センチメートルもなく、幅は約1メートルほどだ。薄く流れる川を挟むように二つの山が左右にそびえ立っている。

 斜面は緩やかなため、オレ達やソニット谷底から左右の山に出ることも出来る。


 そんなアイギスの谷を利用するというオレの発言に、ミカサとレティアはお互いに顔を見合わせていた。


「アイギスの谷を利用するってどういうこと?」


 ミカサが単剣直入にオレに聞いてきた。


「説明しても良いんだが、それよりも体感した方が早いだろ。だからオレの言うとおりにしてくれると助かるんだが」


「それはソウトを信じれば上手くいくって事で良いのかな」


「あぁ、オレを信じろ」


「んー、ソウトが言うなら信じる」


「ティも……そうします…!」


 二人は即座に頷いてくれた。だからオレは説明を省いて行って欲しい行動と位置取りを口にした。



「――あたしは準備オーケーだよ!」


 遠くの木の上でミカサが杖を大きく振りながら声を張り上げる。オレが頼んだ位置取りに付いてくれたようだ。


 ミカサは谷の上流に位置する高い木の枝に立っている。何とかその姿が米粒のようなサイズでオレ達の位置からも見えていた。


「オレ達も準備オーケーだな」


 そう言ってオレは横にいるレティアに視線を向ける。レティアも両手を握りながら頷いた。


 今オレとレティアは、ミカサよりも下流に位置する谷の中心に並んで立っていた。そして目標のソニットの群れはオレ達の視線の先にいた。


 つまり木の上にいるミカサとオレ達の間に、ソニットが何匹かいる、という位置的には挟み撃ちにしている状況だった。だがこのままでは当然ソニットは横から簡単に逃げることが出来る。この場所は山に挟まれた谷ではあるが、谷とは言っても断崖絶壁ではない。オレ達ですら簡単に上れる程の斜面なのだ。


 だからオレはその斜面を利用する。


「さぁ、始めるぞ!」


 オレは右手を高く上げた。これが、作戦開始の合図だった。


「オッケー。じゃあぶっ放すよ――『アクアレーゼン』!」


 ミカサはオレの合図を確認した後、すぐに杖を天に向けて掲げた。すると大量の水がミカサの位置から谷を囲むように出現し、そしてオレ達の方向に向かって大量の水が流れ始めた。


 ミカサの水魔法『アクアレーゼン』は大量に水を発生させる水魔法だ。だが発生した後に操作することは出来ない。これがこの魔法の弱点であった。


 だがこの魔法は「水発生時の場所」は操作できる。これは、この魔法の利点でもある。だからこそオレはミカサに指示を出していた。


 ――――水を谷に沿ってソニットを囲むように流れるようにしてくれ、と。


 これでソニットの位置から見れば上流とその左右の三方向を、ミカサの『アクアレーゼン』による水の壁で塞いだことになる。そしてその水が谷の形に沿うように下流に流れてきている。

 つまりオレとレティアの立つ方にしかソニットは逃げることが出来ない。


「今だレティア!」


「――『ディスレート』!」


 オレの合図に合わせて、レティアはソニットに向かって速度減少魔法を何発か放った。最初に乱射したときは一発も当たらなかったレティアの魔法。しかし今はその時とは状況が違う。


 今ソニットはミカサの出した大量の水によって、逃げる方向が限られている。上流と左右の斜面から流れてくる水の壁によって、下流である俺達がいる方にしか逃げることが出来ない。


 ソニットにとって逃げることが出来る方角がオレ達の方角しかない以上、レティアの魔法に対しての逃げ道がない。

 これがオレの望んだ状況だった。


「当た……って…!」


 レティアが願うようにそう言葉を溢しながら、『ディスレート』を放ち続ける。大量の青い弾丸が、空を切り続けていた。

 そして発射数が二十発を超えた頃、一体のソニットが倒れた。見えない何かにぶつかったように、とてつもない速度から横に弾かれるような挙動を見せた。


 何故そんなことが起きたのか分からないが、今はそれよりもそれによってよろめいているソニットがいる。オレたちはすかさずそのソニットに狙いを定めた。


「いける!」


 オレの懇願にも似た言葉と同じくして、青の弾丸がソニットの脳天に突き刺さった。


「当たった!」


 オレは感極まってつい叫んだ。そしてレティアの速度減少魔法が当たったソニットは、見るからに動きが遅くなった。


 しかしこれで終わりではない。何故なら、ミカサが放った『アクアレーゼン』による大量の水が目前まで押し寄せているからだ。


 だが、その為の策も考えてある。


「レティア!」


「はい! ――『ディスウェイト』…!」


 その質量減少魔法をオレとレティア自身に掛ける。するとオレとレティアの身体が軽くなる。


 オレは即座に動きの遅くなったソニットに向かって走った。そして水の壁が流れてくる前に、動きの遅くなったソニットを捕まえてなんとかレティアの元まで戻ってきた。もう水はすぐ目の前まで来ていた。


 当然横の逃げ道はない。だが向かってくる水のスピードは、オレ達の逃げる速度よりも確実に早い。


 だが当然無策でこの状態になったわけではない。


「ジャンプするぞ!」


 オレの合図と共にオレとレティアは上に垂直跳びをした。『ディスウェイト』によって軽くなっているオレとレティアは、流れてくる水よりも高く飛んだ。これで流れてくる水から避けることが出来た。


 だがその後は当然垂直落下してしまう。あくまでオレたちの体重が軽くなっただけだ。重力を無視しているわけではない。


「――『アクアレイト』!」


 だが当然それを防ぐための策を、予めミカサに伝えてある。


 オレ達がジャンプすれば、操作できる水で空中に水の地面を作って欲しい。その頼みをミカサは実行してくれていた。


 ミカサは『アクアレイト』によって、流れてくる水より高い位置に水の地面を出現させた。そしてオレとレティアはその上に立った。


 そのオレの手には生きたままのソニットが捕らえられている。


 全てオレの計算通りになった。


「これで、クエストは達成だ。お前の魔法が役に立ったな。レティア」


「は、はい……! 初めてレティアの魔法が役に立ちました……!」


「そうか、それは良かった。これからはもっと役に立って貰うんだけどな」


「そう……ですか…………」


 レティアはその隠れた瞳から涙を流した。役に立った、そう実感することが出来たようだ。


「ソウトさんが……うまく使ってください……お願いします!」


 レティアはそう言って笑った。レティアの笑顔を見るのは初めてだった。

 その作り慣れない、だけど気持ちのこもった笑顔に、オレの心まで温かくなる。


「あぁ、今後ともよろしくな」


 オレ達は水で出来た宙を漂う雲に乗りながら、希望に光る将来を語り合うことが出来たのだ。


 ――そんな俺達の様子を見ていた、木の上でひとりぼっちのミカサが人差し指を口に当てて言葉を漏らした。


「あれ、あたし忘れられてない?」


 ミカサのそんな呟きは、聞こえなかったことにした。

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