第二話 ハードロック①ー3
マグマを吹き出す灼熱の火山――ヘルグランデ。生身ではその大地に立つことすら出来ず、モンスターすら殆ど生息できないほど劣悪な環境。この世界でも有数の危険区域に入っていた。
そんなヘルグランデの麓で、動かずにその場に居座る岩のモンスターであるハードロック。そのモンスターはとてつもない硬度を持ち、オレの持つサバイバルナイフはもちろんのこと、今使用できるミカサの最大火力の魔法でも傷一つ付かない。
ということでオレ達はそのモンスターであるハードロックを椅子代わりにしながら、談笑をしていた。
「そういえばミカサが住んでいるあの街には、ハードロックを破壊できる強度を持つ武器は売ってないのか?」
「ファウストにはそんなに強い武器は売っていないよ。せいぜい鉄の剣とか鈍器ぐらいじゃないかな」
「それぐらいの硬度じゃハードロックは無理か。ていうかあの街はファウストって言うんだな」
「ソウトはそんなことも知らないのか、ってか当然だね。まだこの世界に来て二日目だもんね」
ミカサはそう言って呆れるように笑った。ミカサの言う通りオレはこの世界に来てまだ一日しか過ごしていない。だがその一日はとてつもなく過酷なものだったが。
「そういえばミカサに聞きたいことがある。その魔法って言うのはどうやって覚えたんだ?」
ミカサもオレと同じ異世界転生者だと言っていた。ミカサがこの世界にいつ来たのか分からないが、それでもこの世界に来る前は普通の生活をしていた一人の女子だったはずだ。にもかかわらず元の世界では使用できない魔法を使用している。
つまりミカサはこの世界に来てから、魔法を使えるようになったということだ。
「んー努力してって感じかな?」
「努力?」
「魔法って相性やセンスで決まるところがあって、あたしには水魔法が合っていたの。後は力の溜める方法や、魔力の出し方を身体で覚えるだけかな」
正直ミカサが何を言いたいのかオレには良く理解出来なかったが、ここで聞きたいことはただ一つ。
「オレが今すぐに魔法を覚えることは出来るのか?」
「無理だと思うよ」
そう即答された。
「まぁたまーにすぐに魔法を使える天才もいるし、一度試してみても良いけど。えっとこの杖を渡すから、この杖に自分の中の魔力を溜めて出す! って感じで」
あまりに感覚的すぎる説明にオレは首を傾げながらも、いちようミカサの指示通りやってみる。
「自分の中の魔力を溜めて……出す!」
ミカサの指示は漠然としているが、魔法を出すイメージはしっかりと出来た。これまでに観てきた物語の主人公を想像して、その主人公を自身に憑依させた。そんなオレの魔法の才能が開花し、現状を打破できるようなとてつもなく強力な魔法が目の前に――
「出るわけ無いか」
――出るはずもなかった。オレの目の前には強力な魔法どころか、水滴や火の粉すら出ない。さすがに魔法は一朝一夕で出来ることではないらしい。
「でも魔法はどの属性なのかによって相性とかもあるから、また今度それも調べてみよう!」
「そういうことは、このクエストに来るより先にやっておくべきなんじゃねーのか?」
今更言っても遅いことは分かっているが、そう愚痴らずにはいられなかった。
だがこれでオレ達の今行うことが出来る持ち札は理解した。
「つまりこのハードロックを倒すのに最強の武器やオレの急成長による魔法は無理ってことか。結局最初の状況に逆戻りか」
「やっぱりハードロックを倒すのは無理そう?」
ミカサは心配そうにオレを見つめてくる。正直な所確実に倒せるとは思えない。だけどオレは立ち上がりミカサを見て言った。
「まだ時間はあるんだ。いくつかの考えを試してから街に帰ったってバチは当たんねぇよな」
「ってことはソウトには何か考えがあるの?」
「あくまでいちような。それだけでも試してみてからでも悪くねぇ。無理ならまた強くなってから戻ってくれば良いしな」
「なるほど! 頼りにしてるよ、ソウト」
ミカサの嬉しそうな表情を見て、オレも仲間と一緒にクエストに挑むという不思議な体験が、少しだけ楽しく感じていた。
「まずは、ミカサについて知っておかないとな」
「い、いきなり何?」
「ミカサが使える魔法は何がある?」
「あーそういうことね」
オレはミカサが何を使えるのかが完全に理解していない。今分かっているのは、オレ達の身を包む『アクアベール』と、水を槍のように発射する『アクアランサー』だけだ。
「えっと、あたしは基本的に水魔法しか使えないよ。水魔法は水の生成と操作ができる魔法のことだから」
「つまりミカサは水を自由に出現させたり操作をしたりできるのか」
オレの質問に対して、ミカサは目の前に浴槽ほどの水の塊を出現させた。そして水の塊の形をハートにしてみせた。
「うん! こんな感じだね。これが、あたしが一回で操作できる水の最大量だよ」
「なるほどな。それなら、これの温度を変えることは出来ないのか?」
「温度? それはあたしには出来ないよー。水魔法に温度変化もあるみたいだけど、上級魔法になるから」
「そうなのか……」
オレは確認の為にミカサが魔法によって操作している水に触れた。平均気温60度を超えるこの死の大地において、やや冷たいと感じるほどの水温だった。
「これなら、行けるかも知れない」
「ソウトは何を考えているの?」
ミカサはオレの考えが分からないようだ。だがそれも仕方のないことだ。オレもこのことを知っていたのは偶然だったからだ。それはある漫画から得た知識だった。
「物を加熱した後、急激に温度を下げるとどうなるか分かるか?」
唐突な内容にミカサは目を点にしたまま首を傾げた。だがこれがハードロックを倒すための一つ目のピースだった。
「温度を変化させると、どんな物体も少しは体積が変化する。その為急激な温度変化が物体に働くと体積も急激に変化する。それによって、ガラスやプラスチックでも破損することがあるらしいんだ。つまり急激な温度変化は固体にストレスを与えるってことだ」
「それが、何になるの?」
「この環境によって熱されているハードロックを、ミカサの水魔法によって急激に冷やされたら、これと同じ現象が起こると思わないか?」
「あ、そうか! 温度変化で破壊できるかも知れないってことだね!」
オレの作戦は至ってシンプルだ。
水でハードロックを冷やして、疲労限界を起こすという物だ。これでハードロックという強力な硬度のモンスターを倒せるかも知れない。オレはそう考えた。
「ってことで、ミカサの水魔法でハードロックを水に浸して温度を下げてやってくれ」
「了解、やってみるよ! ――『アクアレイト』!」
ミカサはそのかけ声と共に、すぐに水を生成する。そしてその水でサッカーボールほどの小さいハードロックの一体を包み込んだ。触れた水が音を立てながら蒸発していたが、すぐに蒸発が止まった。
ハードロックから水の蒸発する音が聞えなくなったのと同時に、オレはサバイバルナイフでその温度の下がったであろうハードロックを切りつける。
――しかし、ハードロックには傷一つ付かなかった。
「くそっ、結局温度を下げてもこいつは硬いままかよ」
オレの持っているサバイバルナイフの刃が再び欠ける。美しい流線を描いていたはずの刃が、度重なる衝撃で波打つような形状になっていた。
そもそもこの安物のようなサバイバルナイフでは、ハードロックにはどうあがいても適わないだろう。それが改めて分かった。
「温度を下げるって言うのは良い案だと思ったけどね。やっぱり武器がないとね……」
「武器か……そうだよ。武器ならここにあるじゃないか」
オレはミカサの言葉からあることに気がついた。
ハードロックの堅さに適う唯一無二の武器がここにはある。
「武器って何のこと? まさかあたしの使った『アクアランサー』のこと?」
「違う。それはハードロックには適わない。それはさっき検証しただろ」
「じゃあソウトが持っているサバイバルナイフ?」
「違う」
「じゃあ何なの? もうそろそろ『アクアベール』の制限時間になっちゃうよ!」
オレの言いたいことが分からないようで、ミカサは早く答えを知りたいようだった。だからオレはミカサにも分かるように簡単に説明する。
「大丈夫だよ。武器ならすぐに手に取れる。だってこれが武器なんだから」
オレはそう言ってその武器を指差した。
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