第二話 ハードロック①ー2

 山の頂上から赤褐色のマグマが断続的に吹き出している。そのマグマが岩肌の隙間を川のように四方八方に流れ落ち、岩肌の露出した黒い山が赤色に染まっていく。それが途中のマグマ溜まりまで流れており、山全体が灼熱と不気味な光に包まれている。


 山の至る所から黒煙が天に昇り、辺り一帯の空には青空が見えない。代わりに黒い雲に覆われ、その雲から雷鳴が轟いた。マグマの吹き出す音と雷鳴が交互に耳に届く。まるでこの地が侵入者を拒んでいるようだ。


 この死の山――ヘルグランデは生物が住むことが出来る環境ではなかった。


「だから、これが必要なのか」


 オレは自身とミカサの身体を包む水の膜を見た。


「そうだよ。これが『アクアベール』の効果だよ」


 腰に手を当ててどや顔でミカサがそう言った。


 これはミカサがこの場所に来るために掛けた水魔法の一つだった。感覚的にはレインコートを羽織っているような感覚だが、効力は宇宙服に近いようだ。


『アクアベール』――その名の通り物や人に水の膜を張る防御系統の魔法だ。外からの熱を遮断し、物理攻撃も微量ながら軽減できるらしい。これによってこの灼熱の大地でオレ達が立つことが出来ている。


「あ、そういえば『アクアベール』は切り傷が付くとすぐに効果がなくなるから、気を付けてね」


「まぁ、便利な魔法だもんな。万能ではないか」


「それに持続時間が1時間しかないから、早速行くよ!」


「1時間しかないのかよ、それは先に言っておけよ!」


 唐突に聞かされて驚くオレに対して、舌を出してあざとく誤魔化すミカサ。舌をそのまま抜いてやろうかと思ったが、その行動を起こしている時間がもったいない。


 灼熱の大地のど真ん中で魔法が切れた暁には、魔法を使えるミカサはともかくオレは干からびてしまう。


「時間がなくなるまえに早速やるぞ。でもハードロックって奴がこんな場所にいるのか?」


 先ほども言ったが、この場所は生物が生息できる環境ではない。それは山の麓であるオレ達がいる場所も同意だった。

 オレ達の周りには草木は一本も生えておらず、見えるのは岩と砂とマグマだけだ。こんな環境に生息できる強靱なモンスターなど出会いたくもないが。


「いるよ! 確かこっちだったかな」


 オレの心配をよそにミカサはスキップしながら岩の裏に回っていく。何故そんなに意気揚々としているのかは謎だが、オレは渋々後を付ける。


 するとそこには黒の岩に顔が付いただけのような、不気味な生物が何十体と群れを成している。大きさや形はまばらで、サッカーボールほどの物からオレの身体が隠れるほどの大きさの物もある。


「こいつがハードロックか」


 オレはすぐに身構える。ハードロックというモンスターがどのような攻撃をしてくるのか見当も付かない今、オレが警戒しないわけには行かない。


 だがオレのそんな姿を見たミカサがくすっと笑った。


「そうだよ。って言ってもハードロックは攻撃もしてこないし、そもそも動けないからそこは心配しなくて良いよー」


「な、だったら先に言えよ!」


 怖くもない相手に身構えたオレの時間を返してほしい。


「ってそれならどうやってこいつらはここにいるんだ?」


「実はハードロックはマグマと共にあの山頂から吹き出ているらしいの。その殆どは山を囲んでいるマグマ溜まりに落ちるんだけど、ここにいるハードロックは偶然マグマ溜まりを超えて対岸まで転がってきた生き残りって訳」


「ここにその生き残りが何十体もいるってことは、こっち側のマグマ溜まりは幅があまりない。だからこの場所だけ偶然こいつらが転がって来て、ここに集まっているってことか」


 そう言ってオレはハードロックの一体を指で弾いた。すると想像していた以上の堅さで指に激痛が走る。


「かってぇ!」


 それは鉄板に向かってデコピンをしたような衝撃だった。だが感覚的には鉄どころの堅さではない。オレの力ではどうやっても破壊できるとは思えないほどの堅さだった。


「そうなの。このハードロックはとんでもない硬度で普通の武器だと傷一つ付けられないの。それに――」


 そこまで言ったところでミカサは杖に力を込める。すると杖が光を放ちながら、その頂点に水の塊が生成される。


「――『アクアランサー』!」


 その言葉と共に水の塊が、槍のように一体のハードロックに向かって放たれる。オレが食らったらひとたまりも無いであろう驚愕の威力を持ったその魔法は、最も小さいハードロックの中心に直撃した。


 しかしそのハードロックは何事もなかったように目を見開いている。その岩肌には傷一つ付いていない。


「とまぁ、こんな感じであたしの魔法もハードロックには効かないの」


「なるほどな。じゃあオレもいちよう試しておくか」


 そう言ってオレはポケットからサバイバルナイフを取り出し、それをハードロックに向かって振りかぶった。

 甲高い金属音が響き渡り、しびれた手が握るナイフの刃が今まで以上に欠けていた。当然ハードロックは無傷だった。


「オレが持つ武器でも無理だ」


 分かりきっていた結果だったが、これでミカサの魔法もオレの武器もハードロックには効かないことがはっきりと分かった。


 ここでオレはこのクエストの難易度を思い出した。

 ギルドに張られていたクエストの殆どが星2、3だったにも関わらず、このクエストだけ星5だったのだ。


 その理由はこの劣悪な環境か、強いモンスターがいることが理由かと思っていた。だがそうではないらしい。

 この動かないハードロックを倒すことが、高難易度の理由だったのだ。


「ってことでソウトにこいつの倒し方を考えて欲しいんだけど、どう思う?」


 ミカサがオレをこの場に連れてきた意味が分かった。現状魔法も武器も効かず、そして動けないモンスターが相手なのだ。真っ正面から向かい合っても倒すことは出来ないことはすぐに理解した。確かにこのクエストは戦闘力よりも、知恵や工夫が必要だ。


 それならば、トレントから逃げ延びたオレの機転に縋るミカサの考えも理解出来る。

 助けて貰った恩もある以上、オレはミカサの力になりたいが、少し考えてオレは一つの結論を出した。


「――これ不可能じゃね?」


「えぇ、そんな……頑張って考えてよ!」


 そう言って泣きついてくるミカサ。だがオレ達の現状では厳しいだろう。

 まさか異世界に来て動けないモンスターの討伐が、これほどに難しいとは、夢にも思っていなかった。

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