第一話 番外編 ミカサの苦悩

 これはあたしがソウトと出会う少しだけ前の話だ。


 あたしの名前はタカノミカサ。元々別の世界に住んでいたのだけど、唐突にこっちの世界に飛ばされてきた。あんまり詳しくは分からないけれど、この現象を元の世界では「異世界転生」というらしい。


 当然この世界に来てすぐは戸惑いもあったけれど、割と短期間でこの世界に適応したと思う。というよりもあたしにとっては元の環境の方が辛かったから、解放されたって気持ちの方が強い。


 そんなこともあって、あたしはこの異世界生活を謳歌していた。


 すぐに魔法という物を知り、そして師匠を付けることが出来た。そして魔法の才能があると言われ、強力な水魔法を使用できるようになった。正直とても運が良いと思う。


 ゼウスっていう神様? に言われた特別な魔法が何かは分からないけど、それを必要としないほどの力は手に入れることが出来た。


 ある場所で自由に生きてけるだけのお金も稼ぐことも出来て、この世界に家も持つことも出来た。この世界に来て一年ほどだが、順風満帆な生活を送ることが出来ていた。


 そして家を持ったのを機に、あたしはパーティを組むことを決意した。自分一人の力で生活に必要なクエストであればクリアできるが、高難易度のクエストに向かうためにはやはり他の人の力がいる。

 そしてお師匠にもパーティを作るようにと言われていたので、これが良いタイミングだと思ったからだ。


 そして今あたしは四つ目のパーティでクエストに向かっていた。


 これまでのパーティでは人間関係が上手くいかず、余り長く続かなかった。その為2、3回クエストに同行させて貰うと、自然と距離を置かれてしまっていた。

 だが今回のパーティでは6度目のクエストに同行させて貰っていた。


 これまで上手くいかなかった原因を考え、その理由を三度の失敗を得て気づくことが出来た。


 それは、あたしの魔法が強すぎたのが原因のようだった。


 師匠に教えて貰った魔法は、今いるこの街の冒険者の中では三本の指に入るほどの強さを誇る。それもパーティで行動するようになって気がついた事だ。

 あたしが一人で簡単にクエストをクリアするため、他のパーティは声に出せない不満が溜まる。その上あたしと他の冒険者の間には金銭面でも差があるため、クエストに対するモチベーションも違ったみたいだ。


 そういったことが重なった結果、自然解散になってしまっていた。


 だから今回は目立たず静かにパーティのサポートに回っていた。


 今いるパーティは元々、男二人と女一人の三人組だった。そしてリーダーの男がこの三人の中では強く、他の二人を牽引するような形だった。

 あたしはその中にお邪魔する形で入り、他の三人が近接戦闘の為、遠隔攻撃によってサポートする役割に落ち着くことが出来た。


 そんな三人と一緒に行っていたのは、とある植物の採集クエストだった。


 その植物はトレントの森という場所に生息している。その採集自体は簡単だが、トレントの森には強力なモンスターが多数いる。そのため緊張感が伴うクエストだが、あたしたちは協力し合い無事目的の植物の採集に成功していた。


 今回のクエストが終われば、あたしが悲願にしているクエストを皆に話そうと思っていた。それはあたし一人ではクリアすることが出来ない特殊なクエストで、そこで手に入れることが出来る物が欲しかったのだ。


「後は帰るだけだな」


 リーダーの男が爽やかな笑顔であたしたちにそう言った。あたし達は頷いて帰路に付こうとした。


 ――――その時だった。


 目の前に全身が赤い鱗に包まれた人型のトカゲのようなモンスターが群れを成して現れた。


「この相手はリザードマンですか?」


 パーティの女騎士がリーダーに問いかけていた。それに頷いてリーダーは即座に剣を抜いた。そして重心を少し下げて臨戦態勢に入る。リザードマンも短い両手を前に出してリーダーと似たような体勢になった。


「リザードマンは強い。気を抜くなよ」


「「「了解」」」


 あたしたちは即座にリザードマンと戦闘を開始した。


 このパーティは剣使いが多い。リーダー以外は魔法も使えるようだが、あくまで剣撃のサポートに使える程だった。

 その為アタシ以外の三人はいつも通り、相手に近づいて攻撃を行っていた。


 だが三人の剣は中々リザードマンに傷を付ける事が出来ない。攻撃を当てることは出来ているが木々が点在していることに加えて、リザードマンの速い動きの為力を乗せることが出来ず、緩い攻撃ではリザードマンの硬い鱗に阻まれる。そのため致命傷にまで至らなかった。


 そんな時間が少し続いて行く上で、あたし達は違和感を抱いていた。

 それはリザードマンの動きが段々良くなっているように感じたからだ。


 先ほどまで当たっていたリーダーたちの攻撃が当たらなくなり、逆にリザードマンの攻撃が当たるようになっていた。あたしの遠隔魔法も当てることが出来ない位置に、意図しているかのように動いている。


「まさか、お互いに連携して動いているのか?」


 リーダーの男がリザードマンの動きを見てそう推測した。だがあたしたちはその推測を疑う余地は無いと思った。

 そして攻撃的だったあたし達が、一度作戦会議を行うため一旦引いた。だがそのタイミングをリザードマンは見逃してくれなかった。


 先頭に陣取っていた2体のリザードマンの口が開いた。


「危ない!」


 あたしはそう叫ぶ。だがその言葉が届く前にリザードマンの口から火の玉が発せられた。


「――『アクアレイト』!」


 あたしはこのパーティで初めて使用する魔法を放つ。この魔法はあくまで水の盾を作り出しただけだったが、それで一発の火の玉は防ぐことが出来た。


 だがもう一発の火の玉はリーダーに直撃した。何とかその攻撃に反応し剣で火の玉を受けたが、受けきることが出来ずその一部がリーダーの左肩をえぐった。


「ぐおおぉぉぉ」


 リーダーは持っていた剣を落としてうめき声を上げた。それに駆け寄るパーティメンバーの二人。だがその隙を待っていたかのように、リザードマンがあたしたちに向かってくる。


 リーダー以外の二人はリーダーがダメージを負った時点で戦意を喪失している。女は甲高い悲鳴を上げて、もう一人の男は腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。


 まずい……

 あたしがなんとかしなければ……


 その気持ちがパーティを円滑に進めるために封印していた魔法を、解放するきっかけになった。


「――『アクアレーゼン』!」


 あたしは咄嗟に最大量の魔法を放っていた。皆が助かることを願って――――




 あたしたちは何とか街に戻ることが出来た。リーダーはすぐに治療を施したおかげで命に別状はなく、数日待てば腕も元のように動くとのことだった。


 他の二人も外傷自体はない。だが他の問題が生じていた。


 今あたし達はリーダーが休んでいる医務室のような場所に集まっていた。その議題は、あたしの魔法についてだった。


「なぁ、ミカサは力を俺達に隠していたのか?」


 リーダーの男は俯いたままそう口にした。あたしに他の二人からも視線が向けられる。あたしは何も答えられない。

 何故ならリーダーに言われたことは事実だからだ。


 そしてそのことが原因で三人にも被害が出てしまった。


 あたしは最大量の水魔法を使用した。それは辺り一帯を埋め尽くすほどの水を出現させる魔法だった。


 だが咄嗟の使用だった上に元々操作出来ない水魔法だったため、リザードマンだけでなく三人のパーティメンバーも水の中に巻き込んだ。


 結果的にパーティ全員生還することが出来たが、運が悪ければ全員が水に呑まれて溺死していた可能性もあった。

 その事実もあり、あたしは何も言い返すことが出来なかった。


「お前は……強いんだな」


 リーダーの声からは、悔しさと悲しみが伝わってきた。リーダーの心境は助けて貰えた感謝と、助けて貰った不甲斐なさが入り乱れているのだろう。


 この世界の男性の多くは、己の強さに誇りを持っていることが多い。特にパーティのリーダーを務めている者ならばなおさらだ。

 だからあたしの魔法を見たときは絶望したのだろう。努力だけでは到達することが出来ない領域にいるあたしの魔法は、リーダーの誇りを打ち砕いてしまったのだ。


 その上その魔法に巻き込まれ死にかけたとあっては、素直にあたしの強さを認めることも出来ない。

 だからリーダーは小さな声であたしに言った。


「ミカサがいてくれて助かったとは思う。ミカサがいなければ、オレたちはリザードマンに殺されていたと思う」


 リーダーはそう言って頭を下げる。だがその行動の真意は、助けたことではないことはあたしにも分かった。リーダーはそのままの態勢で言葉を続ける。


「だけど……ミカサは俺達とは一緒にいるべきではない。悪い……」


 他の二人からは複雑な視線を向けられる。その思いはリーダーと同じだったのだろう。感謝と屈辱が入り交じり、それらが表に現れている。リーダーも完全に言葉にしたわけではなかったが、その意味は理解していた。


 あたしは思った――――またこの表情だ、と。


「わかった。今までありがとうね。こんなあたしをパーティに入れてくれて……」


 あたしはそれだけ言って部屋を飛び出した。これまで組んできたパーティでも見てきた表情だった。


「何でなんだろうね」


 あたしは街を歩きながらそう呟いた。こんなはずではなかったという思いが段々と強くなってくる。仲間と協力してクエストを達成していきたいと思うには、あたしは強くなりすぎたのかも知れない。


 このまま家に帰る気分にもなれず、気がつくと街の外まで歩いていた。そこは高原が広がっており、その先にはあたし達がリザードマンと戦った森が見えている。

 そしてその手前の湖までの砂漠のような道を歩いて行くと、森の中から巨大なモンスターが暴れている音が聞えてきた。


 ――――トレントが誰かを追いかけている……


 警戒して森を眺めると、一人の男が森から抜けてすぐの湖の畔で倒れたのが見えた。そしてその男の格好はあたしが元々いた世界の物だと一目で分かった。


 あたしは急いでその男の元に向かう。トレントに囚われていたのか樹液のような液体が体中に付いており、所々に切り傷が見える。まさにトレントと死闘を繰り広げていたことが分かる。


「トレントから逃げてた人は、同郷の方だったんだ」


 あたしは目の前で倒れている異世界転生者という仲間に僅かな希望を見出していた。男の格好を見てすぐに、異世界転生直後にトレントの森に行ったのか、むしろトレントの森に転送されたのだと予想した。


 そんな右も左も分からない状況で過酷な状況で、こんなにぼろぼろになりながらも生き延びて森を抜けた。


 ――この人なら、あたしの力を最大限活かしてくれるかも


 あたしは最後の挑戦として気持ちを入れ替えて、その重傷の者を魔法によって家まで運ぶことにしたのだ。


「……お願い。あたしを助けて」


 あたしはそう呟いて、街に戻っていった。

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