第一話 トレント①ー4

 目が覚めるとそこはとある部屋だった。

 木造で藁が敷き詰められたベッドのような場所に、オレは横になっていたようだ。部屋の中は質素で、机と窓と藁のベッドとランタンが置いてあるだけだった。


「……ここはどこだ?」


 オレはこの場所に来た記憶がない。そもそもこの場所がどこなのかも分からない。


 最後の記憶では湖の畔で半身浴していたはずだ。よく自分の格好を見ると、ホテルで着るバスローブの様な物を着ている。オレが着ていたのは紺色のジャージだったはずだ。


 つまり誰かがここまで運んで、なおかつ着替えまで済ませてくれたということだ。よく見るとバスローブの表裏も上下も逆のように見えるが、これは異世界ならではのファッションだと思うことにする。


 丁度その時部屋の扉が開き、一人の女性が入ってきた。


「やっと起きたんだね。おはようー」


「あ、あぁ。おはようございます」


 その女性は優しい笑顔を見せる。胸元が強調されている紫のローブに赤の大きな帽子、そして木で出来た杖を右手に携えている。

 まさにファンタジー世界の魔法使いの格好だ。


 だが格好とは対照的に、身体的に特徴的なところはない。長い黒髪が帽子の隙間から肩に掛けて伸びており、大きな黒い瞳でオレと同じ年ぐらいの美人だ。だがその容姿からはファンタジーらしさは感じられなかった。


 簡単に言うとコスプレをしているかのような印象だ。


「あたしはタカノミカサだよー。ミカサって呼んでね。あたしが倒れている貴方をここまで運んだんだ」


「そうなのか、ありがとう。オレのことはソウトって呼んでくれ。タカノミカサ、ってことは……」


 オレはその名前と聞いてあることに気がついた。


「そうだよーあたしは異世界転生をしてこの世界に来たの。ソウトもそうでしょ? 見た目も身だしなみも元の世界のものだからさ」


「まさにだ。この世界に来てすぐにあの状況だったからな」


「やっぱりそうなんだ。普通はあんな軽装備であの『トレントの森』には入らないからね。自殺行為もいいとこだよ」


 そう言ってミカサは笑っている。やはりあの森は相当危険な場所だったらしい。だがオレは笑い事では済まされない。比喩ではなく言葉通りの命懸けだった。


「あの場所は『トレントの森』って言うのか」


「そうだよ! ソウトが戦っていた相手がトレントで、あの森全体がトレントの生命力で出来ているんだよ。だから『トレントの森』って言うんだよね!」


「なるほど、あいつはトレントって言うのか」


 オレを追いかけ、襲い、そして一度は身体を捕らえられたあの木の怪物を思い出す。そして記憶に刻まれる。あの怪物の名前が「トレント」だということを。


「だけどソウトは凄いね。あのトレントと戦って生き延びるなんて。しかも魔法も使った形跡もないし、道具もその短剣だけでしょ。普通ならターゲットにされた時点で何も出来ずにやられると思う。凄いんだね」


「戦ったわけではないけどな。無様に生き延びただけだ」


 オレはトレントとの邂逅を思い出す。トレントと戦ったと言える場面など一つも無い。逃げるためにアイデアを駆使して、火を使っただけだ。

 全ては生き延びるために。


「それよりオレを助けてくれてありがとうミカサ。何かお礼が出来れば良いんだが、生憎オレは今何も持っていないんだ」


「それに関しては全然気にしなくて良いよ。でも一つ頼みを聞いて欲しいんだ」


「オレに出来ることならなんでもいいぞ」


 ミカサがいなければオレは森から出たところで死んでいただろう。だからこそオレはミカサに大きな借りを作ってしまった。


 だからこそ助けて貰った恩は早めに返しておきたい。多少の無理なんでも実行可能であれば、積極的に協力したいと思った。

 そんな真剣な表情を浮かべるオレの顔を見て、ミカサは笑顔で言った。


「あたしとパーティを組んで欲しいの」


「パーティ……って言うと一緒にクエストとかをこなす仲間ってことで良いのか?」


「そうだよ! 是非ソウトにも協力して欲しいんだ」


 その提案は俺にとってもありがたい話だ。道具も財布とサバイバルナイフしかなく、魔法も武器も使えない男など、パーティに入りたくても入れない。そんな無力なオレがパーティに誘われるなど、願ったり叶ったりだ。


「だけど良いのか? オレは魔法も使えないし特別な魔法も何か分かっていないぞ」


「そうなの? でも大丈夫だよ! あたしも特別な魔法が何かまだ分からないから」


 何が大丈夫なのか分からないが、オレの状況を聞いた上で良いと言ってくれるならありがたい。


「オレで良ければパーティに入らせてくれ。よろしく頼む」


「ありがとう!」


 そう言ってミカサはぴょんっと跳ねた。その着地で足が絡まりオレの方に倒れ込んできた。


「何やっているんだ。大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ! それより、ソウト来ている服逆だよ! そんな間違いこの年齢でしたらだめだよー」


 そう言って笑うミカサ。言い訳はしたくないが、さすがにこの件については弁解させて貰いたい。


「これオレが起きたときには着ていたぞ。ミカサが着替えさせてくれたんじゃないのか」


「そうだよ! あたしが濡れているジャージを見るに見かねて着替えさせてあげた……はっ」


 そこまで言ってミカサは自分の言っている意味が分かったようだ。ミカサが裏表逆に着させたことに、自分で気づいて笑っていたことを。

 みるみるうちにミカサの顔が赤くなっていく。その様子を見て思った。


 ――――こいつポンコツだ、と。


「今『こいつポンコツだ』って思ったでしょ!」


 そう言って怒り出すミカサ。今の一連のやりとりでミカサの性格が何となく分かった。


「こいつとパーティを組むのか。少し軽率だったかな……」


 ありがたい話だと思ったが、少し考えるべきだったかも知れない。そんなことを思いながら、オレは顔を真っ赤にするミカサを細い目で見ていた。

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