第40話 最後の戦い


「ソクラテス……、生きていたのか」


 それは、シロウが自ら葬ったはずの四王の一角。ソクラテスであった。

 シロウは思わず眉根を顰めるが、一方でコウガはというとその表情を一切変えずに、ソクラテスを一瞥する。


 思わぬ態度の差に、ソクラテスは嘲笑的な表情を向けた。


「おやおや、アンタは意外に動揺しないんだねぇ」

「ワンと同じようなものだろう。肉体を捨てて神器側に意識を移したな。恐らくは土壇場だったらしい」


 ソクラテスは言い当てられたことをほくそ笑むように、自らの顔の横に浮かぶ神器を可視化させた。


 それはちょうど、人間の頭部ほどの球体。シロウはその禍々しいオーラに、それが神器であることを察した。


 しかしそれ以上に、神器から発せられるオーラが、これまで対峙してきたものとは段違いに禍々しい。


 それが何のオーラなのか、シロウもコウガも分からなかった。

 一つ言えるのは、今までのソクラテスからは感じたこともない、異質なものであるということ。


「……どうやら、意識を移しただけじゃないな。オレが首を落とした時から明らかに違う」

「君まで、随分冷静なんだね。流石にここで、いろいろなことが起こりすぎたってことかな」


 ソクラテスは未だ笑いを絶やさぬままそう続ける。

 同時に、ソクラテスの神器がけたたましい光を放ち始めた。


 その瞬間、周囲にはクレセントを始め、数多くの人間が集まっていた。


 今まで静まりかえっていた荒野には、途端に大勢の人間がひしめきあう。


「これは……皆、どうして?」


 シロウとコウガは疑問を浮かべると同時に、コウガは叫ぶ。


 「後ろ!」その声と同時にシロウは思わず飛び退いた。


 なぜなら、その背後から、大剣が振り下ろされたからである。

 その大きな一振りは、横目で見ただけで誰の攻撃が判断できるほど特徴的だった。


 二刀流を同じ方向に並べて破壊力を得る、ストムの攻撃と瓜二つである。


「ストム!? 一体どうして……何が」

「シロウ、よく見てみろ。こいつら皆、おかしい」


 コウガはシロウの後ろを庇うように、自らの背中を合わせる。

 同時にシロウは周囲を見回した。周囲には、ストムだけではない。メルバやクレセントなど、セントラルエリアに集まった人間たちが、虚ろな目で武器を構えていた。


「どうやら、思ったより厄介みたいだ」



 コウガとシロウを取り囲んだのは、今までの仲間である。


 すべての人間が明らかに普段と異なる様相を見せる面々は、虚ろな調子でそれぞれの得物を携えていた。


「皆……」

「得物を構えろ。恐らくは全員、意志はない。完全にコントロールされてる」


 シロウはコウガの冷静すぎる対応に若干驚きながらも、それ以上に今の状況が悪いことを理解した。


 これまでの戦いにおいて、シロウは「味方が敵に変わる」ということを経験してこなかった。


 そのため、あからさまに神器を持つ手が震えている。


 もし仮に、自分の手が仲間を傷つけてしまったら。そんな考えが頭をかすめ、上手く攻撃に転じることが出来ない。

 そんなシロウの迷いを断ち切るように、コウガは声をかける。


「シロウ、よく聞け。これは……こちらを惑わせる罠。幻覚か、現実か。そのどちらかだ。だが……」


 人質作戦。コウガの魔法をもってすれば、転送魔法によってソクラテスを引き剥がすことができるだろう。

 だが、問題はソクラテスの持っている神器であり、あれがある以上こちら側の魔法を通すことは不可能。


 故に、シロウとコウガは味方を傷つけることなく敵と戦うことが求められる。


 コウガの話の最中、クレセントは小さく詠唱を唱えながら、その錫杖をかざす。


 同時に、小規模ながら威力のある攻撃。

 それはクレセントの得意としている電撃の攻撃。

 コウガはそれを理解したうえで攻撃を回避しなかった。


 思わずくぐもった声を上げるシロウであるが、同時にコウガは「目は閉じるなよ」と警告する。

 同時に、シロウは攻撃を着弾しながらも、即座にこの仕組みを理解する。


 それはコウガも同じだった。


「気付いたか?」

「……操られた人間は、そこまで強く制御が効かない?」

「そういうことだ。恐らく、あの神器にそういう能力があるんだろう。神器を持たない人間をコントロール下に置くことができるのかも知れない」

「それなら、あの神器を壊せばいいってことか」

「それが一番難しいだろうけど」


 コウガの言葉に違わず、神器を持つソクラテスは厄介なことに、これまでシロウを支えてきた面々を肉壁にしていた。


 これでは大規模な攻撃は到底することが出来ない。

 そればかりか、機械的ながら操られた人間たちは攻撃を行ってくる。


「生憎、君たちとサシでやり合ったって勝てる気がしないからねぇ。こういう手を使わせてもらった」

「卑怯ってことは認識してるのかよ」

「あぁ、だからもっと卑怯なことも考えてきた」


 シロウとコウガは次の瞬間、ジャキという機械音を聞く。

 同時に響いたそれは、大量の銃の起動音。ほんの数分前、無力ながら助力したいと話していた兵士たちのものだった。


 ほぼ全方位から向けられた大量の重火器に対して、シロウは即応することが出来なかった。


 弾丸を弾き返すことは、恐らくできる。


 しかし自らが無傷になるほどの勢いで攻撃を殺せば、跳弾の危険性が生じ、周囲を巻き込むリスクが飛躍的に高まってしまう。


 しかしこのままいけば、ふたりとも蜂の巣。

 その微かな逡巡が、周囲の引き金を引かせるまでの行間を埋めていた。

 次の瞬間には、銃弾が放たれる。


「銃弾にはやっぱり、これだな」


 結果として、すべての弾丸は分厚い水の壁に阻まれる。

 コウガの魔法によって生み出された水の壁は、本来回転によって貫通力を得ている弾丸の回転を容易く削り取る。


 これであれば、周囲を巻き込むこともなく、攻撃を安全に止めることができる。

 素晴らしい発想力、シロウはコウガを称賛しつつ、この状況の打開策を打ち出した。


「コウガ、この水の壁、一部分だけ……できればソクラテスが見えない位置から、人一人脱出できる穴を作れないか?」

「できるが、これだけ集中砲火されてる中だぞ。部分的に穴を開ければ、その分被弾のリスクが増すぞ」

「部分的なら、多分大丈夫だ。水の壁の方向に弾丸を弾くことさえできれば、他の者への被弾リスクを減らせる」

「だが、それでは状況は変わらない。それにこの水の壁は、術者から離れれば離れるほど効力が落ちる。遠くにいかれれば対応できないからな」

「いや、オレと神器の力なら、ちょっと手荒だけど、いけると思う」


 シロウは、液体状の神器を体に纏うと同時に、首を縦にふる。


 その姿を見たコウガは、シロウの言葉を信じて、「合図する」と特定のタイミングで水の壁に穴を開けることを了解した。


 タイミングはコウガが示してくれる。


 それがわかっているからこそ、シロウはこれから自分がすることを何度もイメージトレーニングすることが出来た。


 シロウの思惑は一つ。

 自らのこれまで培ってきた身体能力と、神器による身体能力の大幅な向上を持ち、人質にされている人間の首を打つ。


 いわば、相手を失神させるということだった。


 ブラックアウトさせることで、人質を攻撃不可能にし、相手を一撃でのすというもの。

 力技というほかないが、相手の限界を越えて攻めに転じることこそが、シロウのシンプルにして勝算の高いやり方であった。



「流石にすごい技術だな」


 ソクラテスはそう鼻を鳴らすも、ソクラテスの眼前でシロウは動きを一瞬緩める。


 それは、ソクラテスの周辺にクレセントやストム、メルバなど、最も関係性の深い人間が密集していたからだ。


 シロウは今、他の人間が目で捉えることの出来ない速度で動き回っている。


 だがそれを止めるための手段をソクラテスは持たない。

 止めるためには、シロウ自身が止まる判断をするしかないだろう。


 シロウは、動き出す前に自らの仲間をブラックアウトさせるつもりでいた。

 もちろんその意志は変わらない。


 けれどそれでもシロウは動きを止めてしまった。

 その理由は、シロウの意志の弱さではなく、最も根本的な理由である。


 それは、凄まじい速度で動き出し、限界を超えた体の酷使をしたことで起こった「肉離れ」であった。


 シロウの神器の力は半自律で動き、かつシロウの肉体を動かしている。

 そのため、限界を超えた動きが可能になるが、それは同時に大きなリスク


 限界を超えた動きは、シロウの筋肉をずたずたにし、肉離れを起こしたのだ。


「でも、やはり人間の器。この程度で肉体が臥すとはね」

「くっそ……一体、何が……」

「仲間を助けるために限界を超えたな。だがそのおかげで、僕は君を殺せる」


 シロウを見下ろしながら、ソクラテスはぎょろりと笑う。

 同時に周囲を取り囲んでいた仲間たちは、無表情のまま武器を振り上げようとしている。


「せめて仲間の攻撃で殺してやるさ」

「最低な策略家だな」

「こうでもしないと、勝てないんでね」


 けらけらと笑っているソクラテスは、そのまま神器を鈍色に光らせる。

 凄まじい光はそのまま死の凶兆。シロウは思わず目を閉じるが、その反応は凄まじい金属音が響き渡った。



「ここまで黙っていて良かった」


 同時にソクラテスの神器が一瞬にして破壊された。甲高い音が響き渡り、ガラス玉のように破裂する。


 その衝撃にシロウは思わず目をそらすが、視界の隅に攻撃の残像を捉えた。


 それは鎖。


 聞き覚えのある鎖の音は、シロウにとって即座にワンを彷彿とさせた。


 視点を上転させると、そこには大振りな鎖鎌を携えたワンが小さく笑っていた。


「助太刀は、いらなかったか?」

「……いや、完璧なタイミングだったよ。来てくれなかったらこのまま死んでた」


 言葉の通り、シロウは命拾いをすることになる。

 なぜなら神器の崩壊とともに、ソクラテスがコントロールしていたであろう人間たちが開放される。


 すっかり状況を理解できない面々であるが、コウガはソクラテスを瞬時に別の場所へと吹き飛ばす。


 マーキングが必要なコウガの転送魔法であるが、神器の破壊の瞬間、すべての魔法を解いて一気に相手に詰め寄る。

 シロウほどのスピードではないものの、相手の動揺をつけば十分にマーキングが可能だった。


 マーキングの瞬間、コウガは「全員を飛ばす」と即座に魔法を発動させる。


 シロウ、コウガ、参戦してきたワン。そしてソクラテス。


 すべての面々が飛ばされた先は、セントラルエリアから北側に位置する場所。

 そこは、すべての発端、神域の周辺であった。


 コウガがそこを決戦の舞台に選んだのは、因縁の場所というよりかは、むしろそこが禁忌の土地とされていたからだ。

 人がいる可能性は限りなく低いと判断したためである。


 神器を破壊されたソクラテスは、本来であれば勝ち目はない。

 もし仮に、神器があったとしても、およそ勝ち目はないだろう。それはソクラテスが最も理解しているはずだった。


 にも関わらず、ソクラテスは笑っていた。


「第2ラウンド、開始ってところか」

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