第39話 異界の秘密


 激闘を終えたシロウは、神器を取り戻したワンとコウガとともに、セントラルエリアへと戻ってくる。


 四王によって統治されていた、東西南北の各エリアは、暴徒と化した怪物たちに占拠されている。

 同時に暴徒たちは少しずつ勢力を広めているようだった。


「状況は?」


 戻ってきたシロウとコウガ、ワンらはセントラルで防衛ラインを打ち立てるクレセントへ街の状況を確認する。


 対してクレセントは、なんとも言い難いこの状況について振り返った。


「とりあえず戦えるメンツは揃えてるけれど、想像以上に各エリアの連中がおかしくなってる」

「どういうこと?」

「連中、四王がいなくなったからって随分はしゃいでるらしいわ。できるだけ多くの民間人を、セントラルに集めたんだけど、どこまで持つか」


 それに口を挟むように、ストムやメルバが笑う。


「何、良い感じに言ってんだよ。状況は最悪、奴ら結託したみたいに、守りが薄いところから攻撃してきやがる。おいシロウ、なんか考えとかねぇのか?」

「考えもなにも、オレよりも圧倒的に内情に詳しいアンタたちが打つ手なしってんだから、考えも何も無いさ。メルバ、今の状況を客観的に教えてくれ」

「状況はストムの言うように良くない。今まで東西南北のエリアで独立していた各々が、徒党を組んで明らかにセントラルへ進撃している。いくら戦っても終わりが見えないから、みんな押しつぶされてる。とりあえず今は、クレセントの魔法で凌いで、グロリアが消耗の少ないやり方で始末してるって感じだ」


 一連の話を聞いていたらしいクレセントとグロリアは、互いに強烈なドヤ顔を見せつけながら、釘を刺すように突っぱねる。


「言っておくけど、消耗の少ないって言ったって無限じゃない。それにこっちの魔法使いだって、魔法も有限だろう?」

「もちろんよ。できれば迅速に、この窮地を打開する方法をみんな求めているわ。彼らも含めてね」


 クレセントは体を大きく伸ばしながら、自らの後方に並ぶ面々を指さした。

 するとそこには、武装した男たちが並んでいる。それを見てすぐに、彼らがセントラルエリアを管理していた武装兵だと分かるものだった。


「セントラルエリアで戦ってきた数少ない生き残りだ。だが、君たちのように特別な力はない。あくまでも我々は、補助としての動きしかできない。今は、彼らに従う形になっている。なんでも言ってくれ、できることなら何でもするから」


 一連の話を聞き、シロウはこのことに疑問を持つ。


 セントラルは王の居城がある大切な機関である。


 にも関わらず、そこで武装している兵隊が、他のギルドでは使用者のいる「魔力」を持ち合わせていないというのはどういうことなのか。


 その疑問符をシロウはストレートにぶつけた。


「どうして、兵である貴方たちは、魔力を扱う力がないんです? 最前線で戦う者でしょう?」


 シロウの言葉に、衛兵たちは首を傾げる。


「魔力? あの超能力のことか?」


 突きつけられた事実に、シロウは激しく狼狽する。


 一体なぜ、彼らが魔力の概念を理解していないのか。


 いや、冷静に考えればそれも合点がいく。

 どうしてここに来て、四王が陥落した途端にこれほどまでの暴動が起きたのか。


 本来であれば各エリアにそれを止めうる面々がいるはずだ。

 なのにどういうわけか、そんな不可解な現象が起こった理由。そんなの一つしかない。


 この世界。ここで生きる人々。それらすべてが、嫌な推測のもとに繋がっていく。


 それが表情に現れたのか、シロウは自らの腕を引くとある人物に理性を戻させる。


「シロウ、話したいことがある」


 それは今まで正体の不明瞭だったコウガだった。

 コウガは状況を理解しながらも、その実情をストレートに伝えることをその場で避ける選択肢を選ぶ。

 同時にその雰囲気を理解したシロウも、コウガの跡を追う。


 拠点を飛び出てふたりは人気のない荒野へと足を踏み入れた。



「久方ぶりに二人で話したな。あの時はしがないバーテンだったが、今はそうじゃない。この世界の本当のことを教える。君だけにな」


 コウガの言葉にシロウは激しく困惑する。


 今までの状況で、もし何かしらの情報を隠匿していたとすれば、それはこれまでの行動と矛盾するのだ。


 ここに来て話すこと。それはすなわち、「自身を敵としてみなされない事」が大前提となるのだ。


「そこまで言ってくれるのは、オレが一番、疑いのないからってことで、いいんだよな?」

「それもあるが、単純にもう時間がないと言ったほうがいい。というのも、考えていた最悪の可能性が、おそらくは的中した。だからここに呼び出して、私の考えたこの世界の仮説を聞いてほしい」


 コウガの言葉は性急であった。

 いや、それはシロウもなんとなく理解している。コウガが結論を急いでいる理由。

 その事にシロウは勘づいていた。


「すべての四王が陥落し、事実上、オレは世界を救ったのに、どうして神が現れないのか、そう言いたいんだろう?」

「その通りだ。本当に世界を救ってほしいのなら、この状況はおかしい。結論から言おう。私はこの世界に最初に来た、転生者だ」


 この言葉に、シロウは思わず耳を疑った。

 これまで、どうして考えもしなかったのか。


 すっぽりと頭の中から消え失せていた可能性。

 それこそが、「コウガが転生者である」という可能性だった。


 確かに圧倒的な魔力と能力を鑑みれば、その可能性を最初から考慮するべきだった。

 そもそもこの知識量。


 魔族としてこの世界の頂点に君臨していた怪物であるクレセントが師事するほどである。


「アンタ、何者なんだ?」

「むしろ、それはこっちのセリフだった。本来ここに来るような人間は、圧倒的な生の渇望と、大きな感情を持っている者だけ。サヴォナローラは、神権政治を掲げて死んだ実父を追った亡霊。ソクラテスは、自らの憧れた師への妄信。ワンは両親への絶えぬことのない怒り。君は、何が原動力になったんだ?」

「……それはこっちも同じさ」

「確かに、お互い言う必要はない。だが重要なのは君も、私も、四王と呼ばれた彼らも、この世界の者ではないということ。そしてこの世界にいる人間たちは、神によって作られた。私たちがいた元々の世界をベースにして」


 話を聞き終わったシロウは思わず顔を歪める。

 コウガの考えは、恐らく正しい。むしろシロウも、そう考えればすべての辻褄があってしまうのだ。


「この世界の公用語は英語。古今東西、あらゆる人間文明を継ぎ接ぎにしたような世界。確かにそうやって考えるほうが自然だ」

「概ね、私と同じ感覚だろう。問題は神がどうしてそんな気まぐれを起こしたのかって事。私の中ではいくつか仮説があったが、今は一つに落ち着いてしまっている。神は君に、この世界の破壊を促したのだろう」

「一体、どうしてそんな結論になる?」


 シロウは表情に出さずともその結論に難色を示す。

 最初シロウは神によって、「この世界を救え」と言われていた。


 どうしてそれが世界の破壊につながるのか。


 理解できない考え方に、シロウは思わずその思考プロセスを尋ねることに繋がった。


「……私は、およそ3000年も前からここにいる。だから、クレセントも、魔族のことも、十分知っている。だからこそ私は、この可能性だけは、排除したかったんだ」

「古株だからこそ、引っかかるなにかがあったんだな?」

「あてがわれたように、四王はトラブルに追われ、それに力をつけた面々は自分の力に溺れていった。いわば、そういうやり方なんだ。今回それを一掃するような指示だった。その時点で我々はすっかり踊らされていたってことさ」

「結果として、オレたちはまんまと思惑通りに行動したってことか」


 シロウは納得と疑問を半々に、この状況をぼんやりと精査する。


 そもそも「神」というものは、一体何が目的なのだろうか。

 こんな回りくどいことをして、最終的にはすべてを滅ぼそうとするなど、人間的な理解の範疇を越えている。


 シロウがそんな事を考えていると、コウガはその疑問符に答えるように、「暇つぶしなら?」と言葉を投げた。


「暇つぶしだって?」

「もし仮に、神を名乗ったアイツが、本当に世界を創造できるだけの力があるなら、我々はただのモルモットにしか過ぎない。もし、そうなら……」


 コウガがそれ以上の言葉を繋ごうとした瞬間、突如ふたりの前に奇妙な気配が浮かび上がる。


 それはこれまで感じたことがない異質な気配。

 しかしながら、シロウもコウガも、その気配に覚えがあった。

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