自分たちは何を預かっているのかって

 翌日。

 シュトルムラント王国王城、玉座の間。

 『飛行船白虎・Ⅰ墜落事故に関する諮問しもん会』第一回。

 玉座にはシュヴァルツとクラーラが座し、レッドカーペットを挟んで対面する形で二列の議席と椅子が並んでいる。議席右側はエルフリーデ以下ツァウバー・リッター一同、大臣をはじめとする城の関係者の、左側はアレクサンダー大統領以下議会関係者の席となっている。

 そして中央、レッドカーペットには、五星船長以下飛行船白虎・Ⅰの乗組員及び荷運びギルドのメンバーがひざまずいている。誰もが神妙な面持ちの中、シュヴァルツは飛行船の乗組員に言った。

「飛行船白虎・Ⅰの乗組員一同、面を上げよ」

 岑国の習わしに従い、礼は拳を地面に突き立てるのではなく右拳を左掌に添える形式を取る。

 シュヴァルツは五星に言った。

「これは裁判ではない。何かあったからと言って今すぐ切り捨てるような真似はせぬゆえ、どうか安心してもらいたい。無論、裁判は後日開かせてもらう。吾輩が求めるは他でもない、たったひとつの真実である」

「はっ」

「まずは報告書の内容と吾輩の認識を確認したい。ツァウバー・リッター指揮官エルフリーデ・シュトルムラント」

「はっ」

 エルフリーデは、昨晩から今朝早朝にかけてまとめ上げた報告書を読み上げる。

 その内容は以下の通り。

 飛行船白虎・Ⅰは同伴しているサンティーエ帝国の荷運びギルド『コルボー』から物資運搬の依頼を受けた。しかし五星が所属している貨物運搬会社『劉運送公司』は、五星の睡眠時間や飛行船の点検整備など安全に航行するための点検の一切を無視して荷運びギルドからの依頼を受け、適当にでっち上げた安全確認書を荷運びギルドに提出してスケジュールをねじ込んだ。

 それ以前に、白虎・Ⅰをひとつとする『朱雀チューチュェ型飛行船』はそもそも少人数の遊覧飛行に使うべき船であり、運搬船には適さず、ゴンドラを無理やり改造したものであることが五星から報告された。また、長距離移動に必要な交代要員も出払っていることを理由に用意されていなかった。以上のことから、劉運送公司は利益と顧客のためであるならば社員と機体と航路の安全をおざなりにし続けた、という問題体制が続いていたと考えられる。

 岑国サンティーエ帝国までの距離はあまりに遠く、十全数時間で到着するものではない。しかし到着に知事が指定されているため道を急がねばならず、船長の五星、観測士と操舵士はほぼ不眠不休で航行を続けていた。そんな誰もが寝不足の状態で突風にあおられ、バランスを崩したところに野鳥の群れが飛行船を襲い、そのうちの数羽が左舷の推進器に吸い込まれたことでバードストライクを引き起こし、推進器は炎上爆発、バルーンにもその火が燃え移って爆発したことで、まともな対処もできず飛行船は墜落してしまった。

 さて劉運送公司の社長だが、それは五星の実の父親である劉一文イーウェンである。彼は『絶対に成功させなければならない、結果の伴わぬことに意味はない』の考えの持ち主であり、先述のように利益と顧客を重んじ社員と安全性を軽んじる。また実の息子であろうとほかの社員であろうと、損害が発生すれば彼らに埋め合わせの一切を押し付けていた。遺族年金もまた『あってないようなもの』と五星は言っていた。

 そしてスミレの目の前で自殺しようとしていた五星だが、これもまた劉運送公司の体制からくる苦悩であった。自殺を食い止めたスミレは、「ここまで社員さんを追い詰める会社が、社長さんがいいていいわけがないよ!」と怒りを誰にでもなくぶつけていた。

 話をまとめる。

 今回の事件は、

 ・劉運送公司の社員とスケジュールと機体のずさんな管理体制。

 ・疲労困憊の乗組員と荷運びギルドに不眠不休での飛行船の運用を任せた。

 ・そのため回避できたかもしれない事故を引き起こした。

 というものが原因と考えられるが、

 ・それでもバードストライクは天災であり、手練れの乗組員でも回避できないものは回避できない可能性もあり、それについては多少の弁護の余地はあろう。

 という配慮が、駆け付けたツェッペリンからなされた。

 ここまで聞いて、玉座の間の誰もがうなだれる。

 そして、シュヴァルツは五星に尋ねた。

「この報告に、誤った点や思うところ、反論その他はあるか」

「……一連の出来事に誤りはないと思います。ただひとつ。私に生きて罪を償う機会が与えられたとしても、やはり私は死んだことにしていただきたい。愛する妻を、子供を、そして体が不自由な妻のお母様を、私は守らねばなりません。あの憎き父から、守銭奴から」

「よかろう、今は昏睡状態にあると伝えておこう」

「あの、ところで。私どもが運ぶはずだったサンティーエ帝国への支援物資はどうなりましたか?」

 シュヴァルツはエルフリーデに「どうか」と尋ね、エルフリーデは答えた。

「はい。あの後引き上げられましたが、食料、生活必需品、医療物資のどれもが三分の一近くがダメージを追っていました。それでも無事な物だけは、鉄道で運搬することになりました」

「だそうだ。損失分は我が国が肩代わりし、本件における物的・人的被害の賠償金と合わせて劉運送公司に請求しよう。ほかに言いたいことはあるか」

「……ございません。あるとすれば、私の家族のことだけが頭から離れません」

「よかろう。ほかの社員や荷運びギルドの一同は」

 ギルドのメンバーが挙手し、彼は「問題は運送屋にあるのだから、ギルドに責任を問わないでほしい」と意見し、シュヴァルツは「そのようだが、裁判だけは開かせてもらう」と返した。

 諮問会は終わり、シュヴァルツは五星たちに退場を言いわたす。

 だがそこに、スミレが挙手して意見具申を求めた。

「あのっ!」

「発言を許す。どうした、スミレ?」

「ありがとうございます。……聞いてください。わたしがおじいちゃん、いえ、養父である賢者レギンと訪れたことのある遠い国の話です」

 エルフリーデとイレーネは分かっている。「遠い国」と言い回す時はたいてい、スミレの前世である日本と言う国の話だと。

「その国には、『バス』という馬車のような大きな乗り物がありました。その乗り物は、たくさんの人を一度に遠くまで運ぶことができます。観光のお仕事にも使われます。でもその観光屋さんが仕事を詰めすぎて、バスのドライバーさんは疲れがたまって、その結果バスはお客さんを巻き込む大事故を起こすっていうことがありました。結果運転手さんは亡くなり、観光客の皆さんもまた死傷したようです。飛行船が起こした事故ととてもよく似ている気がします。それにその国のある人は言っていました。人の命を預かる仕事で利益ばっか優先してっからこんなことになっちまうんだ、って」

「……そうか」

「飛行船は空を飛ぶ乗り物です。それが墜落したら、たくさんの人や物が被害に遭います。会社さんには考えてほしいです、自分たちは何を預かっているのかって。サンティーエ帝国に送り届ける支援物資だけじゃありません。会社で働く社員の皆さん、その家族の皆さん、サンティーエ帝国で支援物資を待っている被災者の皆さん、飛行船の航路にあるすべての町、地域、そこに暮らす人や動物たちです。それを守れるのは、安全に対する心がけだけです。安全を守ることはすべてを守ること。それを守らなかった今回の事故は、バードストライクによる事故じゃありません、事件です。『人災と言う名の大事件』です。わたしは、運送屋さんにそれを強く訴えたいと思います。そしてちゃんと反省してもらって、ずっと忘れないでいてもらいたいです。わたしからは、以上です」


 のちに開かれた裁判では、このような判決が下った。

 ・サンティーエ帝国に属する荷運びギルドには一切の責任を問わない。

 ・白虎・Ⅰ船長五星は死亡と診断されが報告が入った。

 ・それ以外の乗組員は、自国での裁判で裁かれるべし。ただし弁護はする。

 ・劉運送公司には損害賠償を要求する。

 ・損害賠償の内容は、王城城壁、議事堂中央棟及び周辺施設、水路堤防などの修繕費、王都都民の安全な生活を脅かした慰謝料、ゴンドラの引き上げ及び物資運搬代行費、飛行船白虎・Ⅰの解体処分費、破損した食料及び医療物資の肩代わり費、その他一連の事件を収束に向かわせるだけの諸経費。

 ・また岑国の法的機関には、五星の遺族に対し、岑国が条例で定めた遺族年金を劉運送公司に支払わせることを望む。

 つまりシュトルムラント王国国立裁判所は、「すべての罪は劉運送公司にあり、同社に全責任を求めるものとし、この国では五星たちに何の罪も問わない」と判決した。

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