あとでちゃーんと怒らせてもらいますからね!
そして五星は懐中時計の蓋を無理やり折って壊し、その破損部分を自らの首に突き立てた。
「さよならだ」
「させません!」
五星が首筋を切ろうとしたその瞬間、スミレは彼の首を凍らせた。
懐中時計の蓋が音を立ててはじかれる。
「魔法士さん……」
「絶対に! 助けますッ!」
だが、その時だ。
「まずい、崩れるぞ! スミレ急げ!」
イレーネが叫ぶ。だがそれと同時に、バルーンの鉄骨の軋みがひどくなり、更に議事堂中央棟と城壁が崩れ始める。そして大きな衝撃が襲い、バルーンから釣られるゴンドラの左舷側のワイヤーが二本切れる。ゴンドラは大きく左側に傾き、その衝撃でスミレと五星は空中に放り出される。
「ひゃあっ!」
「うわああ!」
スミレはすぐさまアイビスを起動、五星は傾いたゴンドラの屋根を滑り落ちてゆくが、間一髪の所で無事なワイヤーにしがみつき、ともに落下は免れた。その衝撃で自殺防止のための氷が五星の首からはがれ、それは城と議事堂の間に流れる水路に高い水柱を立てて落ちた。ルベライトも転倒して船外に放り出されはしたが空中でバランスを立て直してゴンドラの周囲を旋回する。
「くっ……!」
それでも五星の両手からは血があふれ出す。耐えきれなくなった右手はロープを掴むことをあきらめ、とうとう左手からも力が失われてゆく。
そんな彼の右腕を、スミレはつかんだ。
「えっ……?」
「助けるって、言いました!」
スミレはアイビスの出力を最大にする。それでも滞空することが精いっぱいで、ゆっくりとしかゴンドラから離れることはできない。だがこうしている間にも、鉄骨の軋み、船体全体の沈下は止まらない。
“至急離脱せよ!”
「危ないぞスミレ!」
スミレは五星の腕をつかみながら頭上を見上げる。
危機は迫る。だが、要救助者を手放して避難することなどできるわけがない。
「アイビス、出力、もうダメ……!」
失意に駆られるスミレ。
だが。
「キュウウウウウ!」
ルベライトが吠えながら上昇、そして空中で急旋回するとスミレに向かって急速落下する。スミレは、ルベライトの行動の意味を瞬時に理解した。
「分かったよ、ルベライト!」
途端、スミレは空中で五星の体を抱えなおすと水路に向かって落下し、ルベライトはその速度に合わせる。そして空中で並んだところでスミレはルベライトの手綱を握り、用水路の水面に叩きつけられる寸前に五星の救出に成功した。
茫然自失する五星。だがルベライトの背の中でようやく自分が助かったのだということを自覚すると、傷だらけの両手を見てつぶやいた。
「夢では、ないのだな……?」
そんな五星に、スミレは言った。
「はい、夢じゃないです。でもあとでちゃーんと怒らせてもらいますからね。ルベライト、この人をよろしくね!」
そして再び、スミレは空を飛ぶ。
飛行船白虎・Ⅰ、左舷側。
空中でスミレ、エルフリーデ、イレーネは合流する。
「報告はあとで聞くわ、スミレ。でもあれを何とかしないと。このままバルーンの鉄骨の崩壊を待って解体するというのも
「しかしエルフリーデ様。さっきまでの状況が嘘のように、今は安定しちゃってます。今すぐ全部崩れるか、一日二日あるいは一週間後にやっと崩れて解体のめどが立つか」
「このままだとみんな不安だよね。騎士団や魔法士団、それに自衛団の人々だってずっとここを気にし続けるわけにもいかない。それに危険の種を取り除かないとみんな不安な毎日を過ごさなきゃならなくなる」
「その通りよ、スミレ。さて、ふたりに妙案でもあるかしら。ちなみに、私にはないわ」
「エルフリーデ様、それは威張って言うことではないかと思います」
「仕方ないじゃない。私はあなたたちの指揮官兼作戦責任者であり、その分野の専門家ではないのだから。専門家……。そうね、二年前の火災で倉庫街の解体に携わった業者に相談するというのもありよね」
「わたしは今すぐ解決したい。だってあのゴンドラには、サンティーエ帝国に届けなきゃいけない物資がたくさん詰まってる。事故のせいでいくつかダメになっていたとしても、無事なものだけでも運びたい。運べるものは運んで、船長さんが背負っている苦しみだって少しでも減らしてあげたい」
「……あとでまとめて聞くわ。スミレの意見には私も賛成よ」
「ボクだって! んじゃあ、ゴンドラの荷物を運び出してそのあとド派手に解体ショーでもやりますか!」
「マグロじゃないんだから。でも、そうだね。解体は無理だけど、できることからやっちゃおっか!」
三人は散開する。
スミレは右手を掲げ、そして魔法を発動する。
「アガートラーム、セーフティー解除。アークル全開!」
スミレの右手に巻かれている赤と銀のガントレット、アガートラーム。
中央の赤い宝石が輝くとともに、スミレの体から多くのアークルが生まれる。
正しくは。
「解放された!? あれが、スミレが持つ本当のアークルの量!?」
「殿下、魔法はアークルがあって発動します。想定外の事態に備えてスミレは、自分のアークルを蓄積する方法を持っているのかもしれません」
途端、バルーンの鉄骨の周囲に赤く輝く地球儀型魔法陣が出現した。
何が起こる、何が始まる? シュヴァルツとクラーラ、アレクサンダー、ラグナ、五星や乗組員、王都の人々、誰もが固唾を呑んで見守る中、ついに魔法は発動された。
「支えよ外れろ!」
途端、ゴンドラを吊っている無事なワイヤーがすべて外れる。だがゴンドラは急速に落下することなく、ゆっくりと水路に向かって降りてゆく。スミレが左手の人差し指をゴンドラに向けている。彼女が落下速度を制御していた。
着水したゴンドラは魔法を解かれ、流れに沿って下流へと向かう。そしてスミレは残された鉄骨の処理に取り掛かった。
「重力よ押し
すると、バルーン鉄骨のあらゆる場所から衝撃的な音が鳴り響き、そのたびに鉄骨はひとりでに折れ曲がり、やがて少しずつ縮んでいった。
スミレの魔法、それは。
――この魔法は重力を操る魔法。でもバルーンのど真ん中に大きな『疑似ブラックホール』を生み出したら周辺の施設やわたしまで吸い込まれちゃう。だからシャボン玉のようにごくごく小さな疑似ブラックホールを作り出して、それがはじけることで生まれる重力のゆがみで鉄骨を曲げてゆく。みんな、ちょーっと話しかけないでよ。これすごく集中力が要るんだから!
音が鳴るたびにバルーンの鉄骨は縮小してゆく。やがて城壁と議事堂の屋根から鉄骨が滑り落ちてゆく。
飛行船を遠巻きに見ていた都民たちは騒然となる。鉄骨がひしゃげる音は衝撃波にもなるためそのたびに都民は耳をふさぐが、それでも高い硬度を誇る鉄骨が音を上げてつぶれてゆく様と、それをたったひとりでやってのける魔法士のスミレの姿に、誰もが目を奪われ、目を離せずにいた。
圧縮、縮小に伴って城壁と屋根から滑り落ちる鉄骨。誰もがその行く末を、固唾を呑んで見守る。もはやどれだけ大きな音が響き渡っても、耳をふさぐ者はいなかった。
そして、ついに。
「……よっし!」
圧縮されたバルーンの鉄骨は、先に城壁から外れて水路脇の堤防に轟音を立てて落下する。そしてその衝撃でバルーンの片端は議事堂中央棟の屋根を転がり、西棟の壁をかすめて水路に水しぶきを立てて沈んでいった。
飛行船のクルーの救出、いつ崩れるかも分からないバルーンの鉄骨の撤去。それらすべてを完璧に成し遂げたツァウバー・リッターに都民の誰もが拍手喝采を贈り、彼女たちの活躍を大いにたたえた。
「すげえぞ、天使の嬢ちゃん!」
「さすがです、エルフリーデ殿下!」
「魔族の子も勇敢だったぜ!」
「ドラゴンも、ナイスアシストだったよ!」
そんな都民たちの称賛を浴びながら、エルフリーデとイレーネはスミレに駆け(飛び)寄った。
「すごいじゃない、スミレ! あんな鉄の骨組みをあんなにへし曲げちゃうなんて!」
「ああ! これで安全に解体作業もできるし、崩落におびえなくて済んだってもんだ!」
だが、スミレは。
「いやぁ、パンツの中までびしょ濡れなんだけど……?」
涙目気味だった。
「……あら、ごめんなさい。
「えーっと、まあその、超絶オニメンゴ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます