救助作戦開始!

 ツェッペリン造船の電報受電より一時間後。

 シュトルムラント王国王城、玉座の間。

 兵士が国王シュヴァルツに報告した。

「八時の方角より飛来するものあり。エルフリーデ様たちと思われます」

「よかろう。娘たちがどこに降りるかは分からん。アレクサンダー・デツェンバー大統領、そして現場指揮官にも至急電を打て。命令は現場責任者たるラグナ・レヴェンヘルツが出せ。娘をこき使う許しはこの吾輩が出す。行け」

「はっ!」

 兵士が去ると、今度は別の兵士がシュヴァルツに報告した。

「陛下、ご報告いたします。飛行船のメーカーは、『大岑ダー ツェン王国籍・岑国造船公司会社』であることが分かりました。そして飛行船の船長の報告では『バードストライク』を起こしてあのような事態になったということです」

 バードストライク。

 住居から鉄塔などの建物、蒸気駆動車、蒸気船などの人工物に野鳥が激突する現象。航空船舶で引き起こされるそれは、飛行船のバルーンや安定翼への激突、推進器内への侵入などが起こって船体ないし推進器に異常をきたし、航空船舶の通常航行が不可能となる事例が主となる。

「事故発生直前、該当船舶は上空で強風にあおられ、直後に数羽の渡り鳥がバルーン及び推進器に激突し、推進器が炎を上げ、その炎がバルーンを焼いたため浮力を司る水素に引火したと考えられます。現にバルーンの大部分が焼け落ち、ほとんどがゴンドラと鉄骨だけとなっております」

「よかろう。あとは事故の原因ではなく現状と今後の対策を調査、報告せよ」

 兵士が去ると、シュヴァルツは玉座を立って玉座の間の出口へと向かう。

「あなた……」

「吾輩は国王でお前は王妃だ、ここでこの推移を見極める義務がある。お前もバルコニーに来い、そしてここ二年で成長した防災と救命の魔法士団の活躍を見届けようではないか」

「……わたくしは許していませんからね。エルフリーデが、こんな魔法士みたいなことを」

「魔法士でもあり、ツァウバー・リッターの指揮官でもある。そしてエルフリーデの成長いかんでは、吾輩は我ら直属の魔法士団の団長補佐に任命しようと考えてもおる。これは、将来エルフリーデが女王になるか王妃になるか、どちらにせよ必要な成長であると吾輩は考えておるのだ。さあ、ついてこい」


 飛行船白虎・Ⅰ。

 バルーン全長百三十三メートル、ゴンドラ全長十五メートル。

 推進器はゴンドラの両舷に二基ずつ、計四基搭載。そのうち左舷側の推進器は二基とも大破している。

 該当船舶は、王城城壁および、川を隔てての西側に隣接する議事堂『シュトルムラント議会議事堂』中央棟の西側が、バルーンの前端と後端とで引っ掛かっている状態。バルーンはまだ燃え続け、ゴンドラではグローリアスドラゴンに乗る騎士団の兵士たちが樽の水で鎮火作業を続けているが船尾からまだ炎が上がっている。

 スミレ、エルフリーデ、イレーネは現場に到着し、現場指揮官である王立騎士団

団長ラグナと合流した。

「姫様!」

「遠征先より帰還しました」

「はっ。国王陛下からは、わたしからツァウバー・リッターに作戦指示を出すよう仰せつかっております。ツァウバー・リッターにはあの飛行船の崩落を阻止、消火、取り残されたクルーの救助をお願いしたいのです。できますか?」

「ええ、でもクルーの救助を最優先とするわ。……それにしても厄介ね。城壁のやぐら、議事堂からは、全員避難したのかしら」

「その報告は聞いていません。現在点呼中です」

「急ぎなさい。我々は全員避難したという前提で行動します」

「かしこまりました」


 ツァウバー・リッター、行動開始。

 スミレはルベライトに乗って、エルフリーデとイレーネはそれぞれのリパルスドライブを駆使して現場に赴く。

 ゴンドラに迫る。エルフリーデは口にしたホイッスルで『ヴァイル信号(通信用符号)』を鳴らし、ふたりに命令を下す。

“スミレは乗員乗客を降ろせ。イレーネは消火に当たれ”

「了解!」

「かしこまりました!」

 ふたりは敬礼を返し、行動を開始する。

 イレーネは機体備え付けのホルスターからランチャーを抜き、その銃口をゴンドラに向けた。そして撃ち放たれた弾丸は空中で炸裂、銀色の砂・奪熱砂が燃焼部分に降りかかり、消火するのみにとどまらず霜まで降らせた。

「やっりぃ!」

 スミレは空中でルベライトから降り、単独でゴンドラ上部に降り立つ。点検・緊急脱出口ハッチが開いており、脱出口からは男性が現れた。

「皆さんの救助に参りました、ツァウバー・リッターのスミレです!」

「助かった。私は船長の劉五星リウ ウーシンと言う」

「まず乗組員はどれだけいますか?」

「私を含めて九人だ。女子供はおらず、全員がクルーと荷運びギルドのメンバーだ」

「了解。今から代わる代わるグローリアスドラゴンを下ろしてひとりずつ避難してもらいます。船長さんから」

「私は船長だ、先に逃げ出すことはできん。ギルドの者たちから助けてやってもらいたい」

 まずルベライトがゴンドラに降りて、鉄骨だけとなった飛行船が落ちないことを確認する。スミレの案内で荷運びギルドメンバーが先にれることとなった。

「ルベライト、グラニ、慎重にね。……救助作戦開始!」

 奪熱砂弾が切れたため、イレーネはアークルバレットを装填、水の魔法で消化してゆく。そしてこれは、エレメンタルアーツの基礎なのだが。

 ――錬金術もそうだけど、ゼロから物質を生み出すことはできない。魔術でも錬金術でも、水の存在をイメージしたってそこに水は生まれない。水を生成するためには、無いと思っている周囲からかき集めること。魔術、錬金術、物理学、質量保存の法則に万物を司る元素の在り方。すべての考えを合わせて、エレメンタルアーツは進化する!

 イレーネはただ空中に精製した水を噴出するのではなく、霧のように拡散して広範囲に撒くことで、バルーンの骨組みに衝撃を与えることなく効果的に消化してゆく。これを見た王立魔法士団の一同は、「あれ三級なんてレベルじゃねえ。団長だって真っ青だぞ」とつぶやいていた。

 スミレが荷運びギルドメンバーを全員避難させる頃にイレーネの消火も完了。そして騎士団航空隊(ドラゴン隊)も駆けつけ、飛行船の観測士と操縦士を乗せて避難してゆく。

“遅い!”

「申し訳ございませんエルフリーデ様!」

 そして再びルベライトがゴンドラに降り立つ。残るは船長の五星のみだ。

「これで全員か。ありがとう、魔法士のお嬢さん」

「お礼はあとで! 船長さん、ルベライトに乗ってください!」

 だが。

「……いや」

 五星は避難するどころか、ゴンドラの屋根に座り込んでしまった。

「私は、ここで自刃しようと思う」

「じじん……? 切腹ぅ!?」

「ああ。私はこの船の船長として船長として、サンティーエ帝国に届けるはずの物資を届けられなかった責を償わねばならない。この命を以って」

「そんな、どうしてそこまで!? 仕事のミスをそんなことして償うなんて、おかしいですよ! そんなの償いじゃありません、きっと違います!」

「いいや償いだよ。サンティーエ帝国の国民やこの都の人々に対してもそうだが、こんな事件を起こしておいてのうのうと祖国に帰っては、愛する家族に迷惑がかかる。特に体の弱いお義母さんには。なあ魔法士さん。私は事故のショックで頭を打って死んだことにしてくれないかな」

「いやです! だめです! どうしてこんなことになるんですか!? 訳が分からないですよ……! そんなの絶対おかしいですよっ!」

 そんなスミレの目に、ホイッスルの信号が届いた。

“状況報告を乞う”

 だがスミレは首を横に振る。

 そしてイレーネも。

「まずいぞスミレ! 骨組みがギシギシ言ってやがる、この船崩れるぞ!」

「まずい……。事情はあとから聞きます! お願いだから避難してください! 船長さん!」

 五星は、ポケットから取り出した懐中時計を見つめる。

 蓋の裏には、モノクロの家族写真が納められている。

「済まない。うちの会社の遺族年金では足りないかもしれないが、それで」

 そして五星は懐中時計の蓋を無理やり折って壊し、その破損部分を自らの首に突き立てた。


「さよならだ」

「させません!」

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