ツェッペリンの名に懸けて
翌朝。
「殿下、お客様。お召し物のご用意はできております」
ピンク色の着物を着た仲居の女性が、洗濯を終えた服やドレスを風呂敷に包んで持ってきた。
「ありがとう。泊まる予定もなく来たからとても助かったわ」
そして三人は着替えと朝食を済ませ、女将や仲居たちに礼を言い、預けていたルベライトとグラニに乗って旅館を後にした。
そして帰ってきた、ツェッペリン造船。
休日のため当然社員はほとんどおらず、休日出勤する社員もメンテナンスなどの作業員ばかり。そんな彼らを監督する社長のツェッペリンに、エルフリーデはあいさつした。
「ごきげんよう、ツェッペリン卿」
「おはようございます、殿下。ご連絡いただけたならお迎えに上がりましたのに」
「そこまではいいわ。それにしても、あなたが紹介してくれた宿はとても快適だったわ。次に遊びに来る時もまたお世話になりたいわね」
「そうおっしゃっていただけて感激です」
三人は再び社屋の賓客室に招かれ、お茶をごちそうになった。
社長とはどんな仕事なのか、王族はどんなことをしているのか、そんなことをエルフリーデとツェッペリンは話し、お互い大変ですねと一区切りつけたところで、スミレが尋ねた。
「ところですみません、社長さん」
「ん? どうしたのかね、スミレくん」
「社長さんは、フルークツォイクは飛行船よりも安心安全な乗り物になると思いますか?」
「そうだね。なるとは思っている。知っての通り飛行船は、大きなバルーンのおかげで船一隻を持ち上げられる浮力を得る代わりに、面積が大きくなった分風にあおられた時にバランスを崩しやすい。面積がバルーンの分無くなっただけ風の抵抗は少なくなるし、翼でバランスを保ち常に移動し続けるフルークツォイクは飛行船よりも幾分は安全な乗り物になると私は思っている」
「そうですか。わたしもそう思います。思うんですけど」
「何か引っかかることがあるようだね。言ってみてくれ。フルークツォイクは私の発案ではない、きみのアイデアを私が拝借しているのだから」
「では、失礼して」
スミレはオレンジジュースを口にすると、ツェッペリンに言った。
「移動し続けるということは障害物に当たった時、同じダメージが障害物と船体を襲います。そしてカタパルト、そして着陸用のカタパルトを用意できても、離陸・着陸の角度や速度を間違ってはいけないんです。それに、昨日社長さんが壊しちゃった船の模型は、わたしがおじいちゃんがまだ生きていたころに何個か作っていたんです。だから分かるって言うか」
その言葉に、エルフリーデとイレーネは戦慄した。
しかし、ツェッペリンだけは冷静に答えた。
「ああ。昨日きみたちに見てもらった、唯一空を飛んだフルークツォイクの模型。それでもあれは船首から地面に突っ込んで、翼ももげていたよ。衝撃の強さはあれで分かったつもりだ。それがもし人を乗せられるだけの船を作ってあれだけの事故を起こしたらと考えるとぞっとする。しかし、きみはフルークツォイク事業の危険性を伝えるためにそんなことを言っているのではない。成功させるために忠告しているのだろう?」
「……失礼を承知で、はい」
「いいや、フルークツォイクに関しては君の方が先に理論を確立している。失礼どころかもっともっと意見を聞かせてほしい。どうかな?」
その後、一同はカタパルトを出したままの屋外実験場に出た。
「我が社の飛行船は無事故を誇っておりますが、他社、他国のメーカーは幾度となくそのような事件事故を引き起こしております。我が社は空飛ぶ船を作り世の空輸業に携わる者として、もっと安心安全な飛行手段、空輸手段を確立させたいのです。正直、昨日プレゼンした後に回収したフルークツォイクの残骸を見て、本当にそれを進めてしまっていいのか、心が揺らぎました。しかし今日、スミレくんに忠告と言う形の後押しをしてもらって、いける、これは絶対成功する、いいや成功させねばなるまい、改めてそう決意しました」
水兵服の少女アイゼンが今日もいる。
ツェッペリンはアイゼンに新しいフルークツォイクの模型を渡す。今回は車輪のほかにスキー板のような接地安定装置『ランディングギア』、魔法仕掛けの可動式の
ツェッペリンよりフルークツォイクの模型を渡されたアイゼンは、合図とともにピンを抜く。
内蔵されたエンジンでは粉末と液体の化学反応が起こり、噴射口より勢いよく液体とガスが噴出し、その反動でフルークツォイクは前へと進む。そしてカタパルトから強く飛び出し、遥か彼方へと飛んで行った。
エルフリーデが言う。
「確かに、飛行船は遊覧飛行よりも空輸業で多く使われていますわね。事故の件数と比較しても、その事故による死傷者数はさほど多くなく、それよりも食料、建材、医療物資、そう言ったものの滞りが多くなるというのを、スミレから聞いていますわ」
「すなわちゼロではありません。どんなことがあっても、人命が失われることだけはあってはならないのです」
その時だ。
社員のひとりが大慌てで社屋から飛び出し、礼もせずエルフリーデに叫ぶように言った。
「殿下、大変です! 今すぐお城にお戻りください!」
「そんな、どうしたの血相を変えて!?」
「国王陛下より至急電をいただきました。先ほど、王都南東部で食料医療物資その他貨物運搬中の飛行船『
「なっ……!? 分かったわ。スミレ、イレーネ!」
「了解!」
「かしこまりました!」
三人はツェッペリンと社員に頭を下げ、すぐさまそれぞれのリパルスドライブに乗った。二頭のドラゴンはそんな彼女たちを追いかける。
去り行く一同を見送ると、ツェッペリンは社員に言った。
「急ぎ蒸気駆動車を用意せよ。我が社も王都へ向かう!」
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