金曜どうでしょう ~姫だるま事件編~

 ツェッペリン造船社、社員食堂。

 この日のメニューはカレーライスだった。それも。

「えっ!? ボクたちまでカレーライス食べていいのか!?」

「うっわぁー、おいしそう! 使ってるスパイスからして違うのが分かる!」

「ちょっと待ちなさい。これはスープ料理? それともサラダ?」

 戸惑うエルフリーデだが、そんな彼女にツェッペリン造船の社員が答えた。

「東の果ての国、『ヤマト皇国』に由来しているようですよ。何でもその国は、異国から伝わったスパイス料理カリーと自国の国民食である白米を組み合わせたカレーライスを開発し、その国の船乗りは曜日感覚を忘れないために毎週金曜日にそのカレーライスを食べているのだとか」

「そうだったのね。確かに今日は金曜日。この会社の社員食堂はその文化を見習ったのね」

「その通りです、殿下。ヤマトではライスを野菜ではなく主食としているとも聞いたことがあります」

「お国が違えば文化も違うのね」

「ですね。ところで殿下。もしフルークツォイクが実用化されれば、殿下たちがお乗りになっているリパルス何とかって言うものは必要なくなるのでしょうか?」

「どうかしらね。あれはあれでとても気に入っているのよ。スミレはどう思う?」

「ん?」

「……拭きなさい」

「あはは! メンゴ、メンゴ、オニメンゴッ!」

 スミレはカレーで茶色くなっている唇をナプキンで拭って答えた。

「どうだろう。わたしは日ほ……、前に行ったことのある国で販売されていたおもちゃを参考にリパルスドライブを作っただけだからなあ。あははは?」

 ――エルフリーデたちならともかく、ほかの人にドローンって言ったって分かるわけないよね。

 そして、スミレは気を取り直して答えた。

「わたしとツェッペリンさんが考えているフルークツォイクは、確かに風に乗って少ないエネルギーで空を飛ぶことができます。でも一方向に対してかなり高速で飛ぶため、空中で高度を上げ下げするにも飛びながらになりますし、針路変更も蒸気船並みに大回りになります。その点、フルークツォイク理論が進化してもっと大きな船が空を飛ぶようになれば、もっとローコストでたくさんの人や物を運ぶことができるようになります」

「それは素晴らしい。ではリパルス何とかの利点と欠点は?」

「リパルスドライブは、キツツキのようにその場にとどまる飛行と、チーターのように急激な方向転換など小回りが利く乗り物です。ただ風に乗るということができなくなる分エネルギーの消費量が高くつきますし、燃料はおじいちゃんが開発した液体爆薬をハルトマン重工業さんが調整したレシピを使っているので、たくさん作ることは難しくて、できたとしてもコストがかかります。わたしはそれをラボでできるからいいですけど、人や物を大量に積めるリパルサー付きの船と燃料を作るとなると……、きっと、やめた方がいいです……」

「ええと、よく分からないようで分かった気がするよ。けど、それだけの知恵と知識を、きみはどこで? やっぱり賢者レギン様の錬金術を受け継いだからこそのことかな?」

「それもありますけど、異国の技術を知るってことが大事なんじゃないですかね? はい!」

 いい加減にしないとそろそろ墓穴を掘るわよ。そうエルフリーデの目が訴え始めている。スミレはキリがいいところで話を切ることにした。


 ヴェステン州第二地区。

 ヤマト帝国風旅館『アサヒ』。

「うりゃー!」

「負けるかー!」

 八畳間の畳部屋で、スミレとイレーネは浴衣姿で相撲を取っていた。

「……あなたたち、はしゃぎすぎよ」

 だがふたりの戦いはエスカレートし、ついには枕投げ、イレーネの飛び蹴り、スミレの腹部張り手、果物一気食い競争からのシカの角を掲げて「シカでしたぁ!」と叫ばなければならない謎の戦いが勃発。あざだらけ果汁だらけになったふたりにとうとう怒りが爆発したエルフリーデは、ふたりの浴衣の襟をつかんでそのまま露天風呂に放り投げた。

 さかのぼるは、三人がツェッペリン造船社から帰ろうとした時のこと。

 ツェッペリン造船社メインゲート前まで ツェッペリンとハルトマンがスミレたちの見送りに来ていた。

「それでは殿下、そしてスミレくんにイレーネくん、こんな時間までお付き合いいただきましてありがとうございました。こちらに宿を手配しましたので、今晩はゆっくりとお休みくださいませ」

 ツェッペリンが差し出した紙には、旅館アサヒの地図と所在地が書き記されてある。そして彼はすでに旅館と政府に電報を打っており、スミレたちが旅館に到着する頃には首相から国王シュヴァルツまでその知らせが届いている。

「ありがとう。明日は休日だし、またちょっと遊びに来てもいいかしら?」

「もちろんでございます。ハルトマン社長、あなたはいかがしますか?」

「申し訳ないが、土曜出勤があるのだよ」

「お互い社長は大変ですな」

「しかしハルトマン卿、また近々お会いできますわ。その日までどうか、ごきげんよう」

 と言うわけで、ツェッペリンのおかげで三人は豪華な旅館に泊まれている。

「いやぁ、ルベライトを預かってもらえるなんてすごく親切な旅館だね!」

「ええ。しかもグローリアスドラゴン専用の厩舎きゅうしゃまであるなんて、さすがだわ」

「ほかのホテルじゃこんなサービスやってないですよね。しかもこんな温泉まで!」

 露天風呂でくつろぐ三人。

 屋根があるため雨が降っても温泉が利用でき、温泉とともにヤマト式庭園や星空を楽しむことができる。

「エルフリーデ様。将来フルークツォイクが実用化されたら、ヤマト帝国に行ってみたいですねえ」

「そうね。本場のヤマトの文化にも触れてみたいわ。ねえ、スミレ?」

「うん、そうだね。どんなところなんだろ」

 温泉を堪能した三人はそろってミルク飲料をあおり、お土産の売店ではスミレが「修学旅行ってのは余計なもの買わせるイベントだって前世ではお姉ちゃんが言ってたのが分かったかも」と言って赤い卵型のぬいぐるみを買った。そしてあまりにもそれが気に入ったのか「高い高い」をしながら自室に戻ろうとし、ついには不注意のあまり『足元にお気を付けください』と書かれた看板に激突してしまった。これをエルフリーデはのちに『姫だるま事件』と呼ぶこととなる。

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