第五章 空の墜としもの

フルークツォイク夢を乗せて

 王立エデルヴァイス学舎、高等教育科ギムナジウム

 放課後、学舎資料室。

「と言うわけで、報告書完成っと」

 エルフリーデは『機械式文章入力機タイプライター』を保管箱にしまい、報告書の表紙に自らのサインをする。スミレが「お疲れさま」と言って封筒に報告書をしまいシーリングワックスで封をして、エルフリーデの公務はおしまいとなる。

「確かに自室でやるよりも外でやった方が仕事ははかどるわね。部屋にいるとどうしても様々なものに目移りしてしまうもの」

「でしょー。わたしも学校の夏休みの宿題とかは友達と一緒に図書館でやってたんだ。家にいるとどうしても、鐘吾くんに科学とか防災とかの話を聞いたりしちゃうもん。そんでお母さんに叱られると」

「分かるわ。ところでレイゼン侯爵領の土砂崩れの件だけれど。あの件は魔族に頼ることにしたわ。そしてその交渉役を、同じ魔族であるイレーネに任せようと思うの」

「魔族? どって?」

「賢人種は魔術や錬金術、そして機械科学を発展させて繁栄した。一方で精霊種と魔人種は魔法を覚え、自然との共存を重んじてきた。今回魔族の中でもこの国に領土を持つ『ガーゴイル族』は一族で林業を営んでいて、王都もガーゴイルとの直接の取引があるの。自然界とうまく付き合うことができる魔族なら、きっとレイゼン侯爵領の土砂崩れ問題を解決できるはず。そう思うじゃない?」

「成る程、そうだね。ほかには何か抱えてるプロジェクトってあったっけ?」

「ないわ。ただこちらから首を突っ込んでいる要件なら、例の作業用ゴーレムと飛行船に代わる空飛ぶ船。あと一時間したらイレーネも来る頃だし、ツェッペリン造船社に顔を出しに行きましょ?」

 そしてスミレとイレーネは『伝令(飛脚便)ギルド』まで封筒を出しに行きながらイレーネを待ち、イレーネと合流後はルベライトとグラニに乗って、三人はツェッペリン造船社に向かった。


 午後四時。

 王国領ヴェステン州第二地区。

 ツェッペリン造船社。

 社屋賓客室には、社長フェルナンデス・フォン・ツェッペリン、ハルトマン重工業の社長エーレ・ハルトマン、また彼らの付き人やメイドなどがいた。

「お待ちしておりました、エルフリーデ殿下」

「こちらこそお時間をいただき恐縮です、両社長。ツェッペリン卿はスミレと会うのは初めてですね。こちらが」

「はっ、初めましてっ! スミレ・パールインゼルと申しみゃしゅっ! はっ!?」

 噛んだ。

 盛大な噛みに一同は笑い、エルフリーデも笑いをこらえられなかった。

「はうぅぅ、またやっちゃったぁ~……」

「初めまして、スミレくん。きみの養父である賢者レギン様には大変お世話になった。しかし噂にたがわぬ美しいお嬢さんだ」

「あっ、ありがとうございます!」

「さて、話の前に一同にはおかけいただこう。メイド隊、お茶のご用意を」

 事前に好みを聞いていたらしく、スミレとイレーネにはオレンジジュースが出された。

 そして、ツェッペリンから切り出した。

「さてツァウバー・リッターの皆様やハルトマン社長には、我が社が新しいふたつの事業に着手しようとしている理由を聞いていただきましょう。

 ひとつは、ゴーレム産業です。どちらかと言うとこの事業はハルトマンさんの方が得意かもしれません。しかしハルトマン重工業は蒸気駆動車や各種『ソレノイド機関』の研究に力を入れていらっしゃり、製造する機体のサイズも飛行船よりもはるかに小さいものが多く、ゴーレムの量産のめどが立てば御社の工場ではすぐに手狭になるでしょう。そこで弊社の飛行船造船所をゴーレムの製造工場として提供させていただきたいと思います。

 また、ゴーレム製造に関しては戦争の兵器としてではなく建設現場や各種災害における人命救助現場など戦争とは無縁の分野に関する働き手として開発したいと思います。さてこの先は……、スミレ・パールインゼルさん」

 ツェッペリンに振られ、スミレはゴーレム開発の必要性を訴えた。その内容は、リヒトホーフェン領首都ノイ・エリック城壁北門で起きた防護壁崩壊に居合わせて感じたこととその対策であった。人命救助のためにも、ゴーレム産業は今後絶対必要になってくるであろう、スミレのみならずエルフリーデとイレーネも意見した。

 ハルトマンは答えた。

「うむ。貴君らの意見は受け取った。確かにその分野におけるゴーレムの有用性は大いにあると理解したつもりだ。それについては数日熟考じゅっこうする猶予をいただきたい。まあ三日は待たせないとは約束しよう。さて、もうひとつの事業とは何かをお聞かせ願いたい」

「では」

 ハルトマンの言葉に、ツェッペリンは返した。

「もうひとつは、飛行船に代わる新たなる空を渡る船の開発です。私には、この事業が成功すれば、飛行船よりも早くそして高い安全性のもとに、人や物資を歯運搬することができるようになると考えています。イラスト付きの資料をご覧ください」

 この国の撮影技術はさほど発展していない。スミレが前世の記憶で知っている動画やカラー写真もない。印刷技術も未発達で、モノクロ写真のコピーの精度も低い。そのため文書では伝わりづらいことを、写真の代わりに画家やイラストレーターを雇ってイメージを二次元に書き起こす(またはそれを版画にして大量印刷する)ことがある。もちろん、産業と言う分野では設計士による図面も必要となる。

「それは、先のゴーレム暴走事件を引き起こしたサンティーエ帝国の軍事飛行船です。飛行船には、水素やヘリウムと言った、我々のすぐ近くにある空気よりも軽い物質をバルーンの中に詰めて浮かせています。そのため、舵を誤って建造物に激突する、落雷に巻き込まれる、推進器が誤作動を起こす、そもそも設計に不具合があるなどのことが起これば、バルーンはたちまち爆発してしまうでしょう。水素は無論ですが、ヘリウムを浮力に用いた船とて全く爆発しないわけではありません。我が社は安全と乗り心地を両立させた船を作り続けてきましたが、それでも今に慢心してはいけないと思っているのです。

 そこで私は、新しい飛行手段を考えました。考えに考えましたが、飛行船以外によいものが思い浮かびません。そんな時に、賢者レギン様の養女がハルトマン重工業に新しい飛行手段を売り込みに来ているという話を聞きましてね。リパルスドライブ開発に協力してきたハルトマン社長でも今回ばかりは難色を示していたようですが、私はハルトマン社長のところに赴き、これはいけると確信しました。そしてそれを、私は『フルークツォイク』と名付けることにしました」

 そのあとを、ハルトマンが引き継いだ。

「然様。しかし問題も残る。スミレくんが開発したリパルスドライブは運用コストがかかりすぎる。人ふたりが乗る程度のリパルスドライブならまだしも、それ以上の重さを宙に浮かせかつ船体をコントロールするには、より強力なリパルサーが必要になる。ならばアークルに頼るスミレくんの空飛ぶ靴のようなリパルサーを開発すればいいというものではない。誰がその膨大なアークルを提供するのか。誰にもそんなことはできない。……と、私はてっきり思い込んでいたのだがそれが間違いだとツェッペリン社長に思い知らされた。先入観だけで無理だろうと答えてしまい、パールインゼルさんには大変申し訳ない」

「いえいえ、気にしないでください」

 再びツェッペリンが言う。

「そこで、スミレくんにお持ちいただいたアイデアを我が社なりに模型にしてみました。皆様にはテラスまでお越しいただきましょう」

 賓客室からテラスに出ると、そこから屋外実験場が一望できる。

 実験場には傾斜のついた一基のカタパルトがあり、すぐそばには三体の模型がある。どれも船のようだが、ひとつは帆船の模型、ひとつは蒸気機関で動く蒸気船、残るひとつは翼を取り付けた船の模型となっている。どれも全長は一メートル程という模型としては大きなもので、本物の船にはない車輪がついている。有翼の船の模型を見て、ハルトマンは言った。

「あれは、殿下がお乗りになるリパルスユニット、ライチョウと同じ三角板ではありませんか」

「然様。今からあれをカタパルト上で走らせます。アイゼン、用意を!」

 アイゼンと呼ばれた青い水兵服の少女は、まず帆船の模型をカタパルトに乗せ、船体のピンを外す。すると模型に内蔵されたエンジンから液体とガスが勢いよく噴出し、その勢いで帆船は前に出る。

「おおっ!」

 手に汗握り興奮するイレーネやハルトマン、メイドたち。

 だが、帆船はカタパルトのはじまりで一気に加速した瞬間、バランスを崩して転倒、カタパルトから外れて見るも無残に大破してしまった。

「あー!?」

「ご覧の通り、風の抵抗を受けて沈んでしまいました。帆船は空を飛ぶのに適さない船だということが分かります」

「えーっと、フライヤーヨットって言うのが昔あったようないや何でもナイデスハイ」

 スミレは前世でプレイしていたゲームのネタを引っ張り出しかけたが飲みこんだ。

「次は蒸気船タイプです。アイゼン!」

 蒸気船は安定して走る。だがカタパルトの端まで来ると、当然ながらその先は落下するのみ。そして大破する。

「……君。この模型に一体いくらかけたのかね?」

 ハルトマンは白い目でツェッペリンを見やる。

「いやですねー、昔ガラクタをあさって作った手慰み程度のものですよ。では最後です。アイゼン!」

 アイゼンが模型のピンを抜く。そして三隻目の船の模型はカタパルトを駆け抜け、ついにはカタパルトから飛び出した。そしてそれは失速も墜落もせず、悠々と空を舞い始めた。

「おおっ!」

 これには一同も大興奮。だがこうなることが分かっていたスミレとツェッペリンだけは満面の笑顔だ。

「お楽しみはそのあとです。ご覧ください、もうエンジンに燃料は残っていません。それでも船は飛び続けているのがお分かりいただけるでしょう。そう、フルークツォイクは自ら風を掴む能力を持っているのです。風に乗って自ら飛ぶこととで常に推進器を最大出力で運用する必要もなく、推進力が必要な時だけエンジンを動かせばよいのです。あとは、飛行船にも搭載していた推進器の小型化・高出力化を実現できれば良いのですが、それは今後の課題と言うことで」

「では、今すぐにフルークツォイク開発に着手できるというわけでは」

「ものがものなので安全面は配慮したく。また、どれだけの大きさの船体にするか、飛行時どれだけの抵抗を受けるかを検証しなければなりません。それともうひとつ」

 その先は、エルフリーデが言った。

「カタパルトの確保」

「殿下? ま、まさにおっしゃる通りです。しかし」

「よく分かった、と言いたいのでしょう? それはまあ、スミレのリパルスドライブのお世話になっていればこのくらいはね。どうしてリパルスドライブに必要のないカタパルトがフルークツォイクには必要なのか。必要のない物をわざわざ作らないでしょう?」

「おっしゃる通りで」

 すると、エルフリーデはツェッペリンに言った。

「このフルークツォイク開発計画、とても楽しみですわ。これが完成すればあなたのおっしゃる通り、リパルスドライブよりもはるかにローコストかつハイスピードで様々なことができるではありませんか。人々の長距離移動はもとより、物資の運搬、火災の際の消火活動、けが人の護送。陸を迂回し船に乗らずとも海の向こうに行くこともできますし、戦争ともなれば制空権を掌握するのも一瞬ですわよね?」

「た、確かに! しかし我が社の製品を戦争に、うーん……」

「今後、飛行技術は発達してゆくでしょうね。御社はその最先端を行っているだけに過ぎません。たとえあなたがフルークツォイクを生み出さなかったとしても、他の国が軍用フルークツォイクを開発しない保証はないでしょう」

「……宿命、ですかね」

「ええ。しかし私はあなたの事業を戦争目的で支援するつもりは毛頭ありません。我々は防災と救命を志す魔法士団ツァウバー・リッターなのですから」

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