やさしいてのひら

 スミレは吐しゃ物と涙をタオルで拭うと、震える足で立ち上がってゴーレムの背中を見上げる。

「……泣いてる」

 そうつぶやいたスミレに、イレーネは「どういうことだ?」と尋ねる。

「『あの子』、泣いてるんだ。悲しくて、でもどうして悲しいのかが分からなくて。もしあのゴーレムが心を持っているなら助けてあげないと。止められる! きっとあの子は止められる!」

「スミレ!? おいお前、何を言ってるんだ!?」

「ごめん、イレーネ。それからエルフリーデ。……イオンリパルサー起動!」

「おい!」

 スミレはイレーネの制止を振り切って空へと飛び立つ。そんなスミレに手を伸ばそうとするイレーネだが、エルフリーデが肩を掴んで止める。

「エルフリーデ様!?」

「スミレは無策で飛び出すようなバカな子じゃないわ。それよりも、私たちは私たちにしかできないことをしましょう。診るべき患者は山ほどいるのよ」

 スミレは町の破壊を繰り返すゴーレムの背後から近づき、アークルインテークの存在と原理を確認した。そして胸部の前に来て、ゴーレムのコア及びレーダーの位置を探る。

 ――そう。あなたがゴーレムのコアなのね。

 レーダーは露出していても仕方がない。だがコアはゴーレムの心臓であるため強固なフレームと装甲に守られている。スミレは魔法による透視でコアを見つけ出すことができた。

「ゴーレム。どうかわたしの言葉を聞いて。そしてあなたの言葉をわたしに聞かせて。わたしは、スミレ・フライハイト・パールインゼル。わたしはあなたを助けに来たんだよ」

 それまで無作為に暴れまわっていたゴーレムは、スミレの方を向いて静止した。

「……分かるの?」

 だが、ゴーレムが制したのは一瞬のみ。ゴーレムはその剛腕を以ってスミレを地に叩き伏せようと、右拳を振り上げた。

「うわっ!?」

 スミレはとっさに回避。ゴーレムの右手が生み出す突風によってさらに吹き飛ばされバランスを失う。アイビスでは姿勢を保てなくなり、両手で地面に手をついてバックフリップでやり過ごした。

「でも今ので分かった。今のパンチは敵意じゃない! お願いゴーレム、あなたの話を聞かせて!」

 だがその時、ゴーレムの背後で爆発が起こった。

 ゴーレムとスミレが空を見上げれば、ツェッペリン・ツヴァイとはまた別の飛行船がある。サンティーエ帝国軍所有の飛行船『ルボーディ・アン』による爆弾投下である。

「爆弾命中! 効果、確認中!」

「何やってるんですか隊長! ゴーレムの前にはまだ女の子が!」

「被害の拡大を考えれば天秤にかけるまでも無かろう。続けたまえ」

「報告! 頭部連装砲の爆発を確認、起動する様子なし!」

「背部ユニット健在! ちゃんと狙え!」

「もっと強力な爆弾じゃねえとあれ壊せねえぞ!」

 次なる爆弾が投下されようとしていた。しかし頭部連装砲が使えなくなったゴーレムは左腕を掲げ、巨大な弓のようなユニット、クロスボウを展開し、歯車の運動を利用して槍を装填、カムを外して撃ち出した。それは自らを狙う爆弾に命中し、ルボーディ・アンを爆破し、炎上させた。

「みんなやめて、お願い! こんなことをしたって何の解決にもならない!」

 人的・物的被害の拡大は止まらない。

 ゴーレムもアークルが尽きない限り止まらない。

 スミレはこの絶望的な状況下、それでもゴーレムの非破壊停止を試みる。

「……ごめん、ゴーレム。あなたのコア、のぞかせてもらうよ」

 アイビスを再起動してゴーレム胸部の前まで戻るスミレ。

 そして、手甲アガートラームを装備した右手を掲げる。

「アクセス、ゴーレムコア!」

 その瞬間、ゴーレムの動きも止まる。

 燃え盛る街の只中、ただ静かにスミレとゴーレムが向かい合う。

 帝国軍は増援部隊に戦闘用意の状態で待機させ、その状況を静かに見守る。

 そして、ゴーレムコアは答えた。

「これって……!?」

 スミレの目に浮かぶのは、ゴーレムの起動から製造工程までの流れ。

 事件発生直前、ゴーレムは未完成の魔法式をコアに書き込まれ、安全確認もされない状態でシヤンの指示で強制起動させられた。

 アークルインテークがあるとは言え、起動には一定のアークルが必要となる。そのためのアークル供給源として『賢者の石』を使用した。

 その賢者の石は膨大なアークルを錬金術由来の薬剤に混ぜ込むことで完成する。だがそのアークルの材料が、馬、ストンプバード、グローリアスドラゴンなど薬物の動物実験で異常をきたして瀕死に陥った動物たちのアークルだった。そのまま死を待つばかりの動物たちを有効利用しようと、錬金術師たちは動物たちの命を材料に賢者の石を製造してしまった。

 未完成な魔法式、安全性を無視した起動、そして薬物の被検体にされた挙句賢者の石の材料にされた動物たち。これらのイメージが、スミレの頭に流れ込んできた。

「ウソ、でしょ……?」

 目を覆いたくなるような、命を軽んじた実験の数々。

 スミレは戦慄し、言葉を失い、涙を流す。

 そんなスミレに、ゴーレムは両手を伸ばす。

「ゴーレム……。辛いよね。そんな姿にされて、悲しくないわけないよね」

 だがゴーレムのこの行動がスミレへの攻撃だと判断した帝国軍臨時指揮官は、兵士及び戦車隊に攻撃を命令してしまった。無数の銃弾が、砲弾が、攻撃魔法が、ゴーレムの四肢を襲う。背後のアークルインテークにも砲撃は及び、砲弾がアークル供給管を詰まらせることで、やっと動力の封印に成功した。だがすぐには止まらない。

「やめて! もうやめてあげて! こんなに可哀想なことをしておいて、まだいじめるつもりなの!?」

 スミレは帝国軍に攻撃をやめさせるべく飛ぼうとするが、そんなスミレの前にゴーレムの大きな掌が現れる。

「ゴーレム!?」

 そしてゴーレムは、自らの胸の前にスミレを抱き寄せた。

 押しつぶそうとも握りつぶそうとせず、それどころか襲い掛かる攻撃からスミレを守るように。

「そう……。こんなことされても、きみは優しいんだね。だから余計に許せないよ、きみを作った錬金術師たちが」

 ゴーレムへの集中攻撃は続く。

 ゴーレムはスミレを守りながら、その巨大な足で戦車を踏みつぶし、兵士たちを蹴散らしてゆく。

 ゴーレムの動きが完全に止まったのは、アークルの供給が絶たれて一時間後のことだった。完全に沈黙したゴーレムに抱き寄せられながら、スミレは大声を上げて泣いていた。

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