ライチョウとハチドリ

 その後、昼寝から起きたスミレと一緒に、三人は遅めの昼食を楽しんだ。

「いやぁ~、ホントにごめんね! ちょっとお昼寝するつもりが爆睡しちゃって」

「構わないわ。おかげでスミレの可愛い寝顔が見れたのだから」

「うおぉう、恥ずかしい……。ところでこのお肉、結構いいところで仕入れたんじゃない?」

 スミレのその言葉に、エルフリーデはいたずら好きな子供のような悪い笑顔で答えた。

「あなたも分かってきたじゃない。ええ、城のコックが直接取引している牧場の牛よ。料理に使わない切れ端を譲ってもらったの」

「うわーお、エルフリーデ様やりますねーぇ……」

「切れ端とは言えこうして豪快に焼いて食べるキャンプ料理、うまーだよ!」

 畑のそばには、耐火レンガを積んで作られたかまどがある。そのかまどに火をくべてスキレットで焼いた肉は、三人が三人とも頭を抱えておいしそうにうなる。

「ねえエルフリーデ。ルベライトとあっちのドラゴンにもあげていい?」

「もちろんよ。さあルベライト、グラニ、あなたもおあがりなさい」

 焼きたては熱い。スミレはスキレット肉を吹いて冷ましてドラゴンたちの口元に持ってゆく。ルベライトとグラニはすでににおいでおいしいことは分かっていたのだろう、一も二も無くかぶりつき、夢中になって肉を味わう。そんな様子に、スミレたち三人はいとおしそうに笑う。

 すると、イレーネがスミレに尋ねた。

「ところでさあ、スミレ。ラボにゴーレムの作り方の本があったみたいだけど、きみはゴーレムでも作ろうとしているのか?」

「ああ、あれね。まあ、いろいろ考えててね。……ほら、リヒトホーフェン卿の北門が崩れた事故があったでしょ? そんな時、どうしても人の手で瓦礫をどかして馬みたいな家畜にそれを運んでもらうのって大変だと思うんだ。馬の代わりに蒸気駆動車を導入するのはアリだとしても、瓦礫をどかすのは人の力だと限界があると思うんだ。ケガもするし疲れるし。そんな時にゴーレムがいたら、きっと作業は楽になるよ。それはつまり、要救助者の早期発見と救助につながるとも思うんだ」

「成る程な。ゴーレムは歴史上、奴隷か兵器にしか使われてこなかった。人命救助に使おうって思ったのはきみくらいなんじゃないのか?」

「だったら、もっと救命活動の役に立つゴーレムを作らなきゃ! 『ハルトマン重工業』さんには、たくさん駄々こねちゃうぞぉ~!」

「あははは。程々にな?」

 そんなふたりのやり取りを見て、エルフリーデは思う。

 ――これまで私たちの世界の人間は、ゴーレムを従順な奴隷として使役し、やがてどうやって他者の領土を侵略するか、どうやって自国を防衛し発展させてゆくか、そのどちらかにしか製造してこなかった。そのため、世間一般の人々はゴーレムを快く思っていない。それどころか、動きもしないゴーレムが運ばれているのを見ただけで戦慄する有様。それでも、スミレはそれどころかゴーレムに新たなる役割を与えようとしている。これもまた、スミレの優しさと前世の記憶の然らしめることなのかしら。ただひとつ言えることは、『まったく脅威にならない』はずのスミレが、見方によっては『脅威を呼び寄せるビーコン』にすらなりうる。利己主義者の標的になるか政治的な衝突を引き起こすか、それはまだ分からない。それでも防災と救命を強く志すスミレの前衛的かつ非常識なアイデアは、良くも悪くも何かしらの事象の根源になりかねない。ならばスミレ、私とイレーネであなたを守るわ。何があってもね。


 そして食後。

 水を張った桶に食器を放り込むと、スミレはふたりに言った。

「そうそう。すっかり忘れてたけど、『リパルスドライブ』直ったよ。ふたりを呼んだのはその件だったんだ」

「マジか! やったあ!」

「そろそろだと思っていたわ。ありがとう、スミレ」

 そしてスミレは、ふたりを連れてラボの裏に新設した納屋に案内する。

 納屋を開けると、二台の乗り物が並んでいる。

「壊れたこの子たちを直すついでに新しいシステムでも乗っけられないかなーとは思ったんだけど、あんまり重くなるとねえ」

「充分よ。この上一体何を搭載しようとしていたの」

「ボクは今の方が身軽に飛べていいと思うんだ。あ、でも消火ランチャーをしまうためのホルスターも欲しいな。腰に装備する用のあれも、子供たちに持ってかれちゃったし」

「それだぁ! よっし、今から作るね!」

 そう叫び、スミレは再びラボに飛び込んで行ってしまった。

 残されたエルフリーデとイレーネは、修理された乗り物を抑えきれない笑顔を浮かべていとおしそうに撫で回す。

「おかえりなさい、ライチョウ。また一緒に空を飛びましょう」

「カッコよくなって戻ってきたなあハチドリ。またよろしくな!」

 エルフリーデの乗り物リパルスドライブの名はライチョウ。モデルは魔女の空飛ぶ箒。しかしまたがっても痛くないように座面があり、左右のあぶみと穂(箒の掃く部分)の三点にはスミレの靴に搭載している物よりも大きめのリパルサーを搭載し、揚力を得るための左右の大きな翼と姿勢を整えるためのキール(ヨット底部の張り出し部分)状の翼を持つ。

 イレーネの乗り物はハチドリ。モデルはスミレの前世にあったクアッドコプター式ドローンで、ライチョウと同じリパルサーを四基搭載している。更に効率よく上昇気流を生み出すため、プロペラガードに当たるパーツは『羽のない扇風機』の流体力学を参考にしている。さらに言動が男の子っぽいイレーネにはおあつらえ向きだと、胴体はスミレの前世で広く普及していたバイクのようなフォルムとなっている。

 ライチョウとハチドリのどちらエネルギー源も、使用者のわずかなアークルと『レギン製液体爆薬』の燃料化製品であり、動力はスミレの前世の世界で言うところの『一液いちえき式ロケット』と呼ばれる液体燃料ロケットである。

「できたよー、ホルスター! それじゃあ、これを乗っけたら空の散歩と行きましょうか!」

 ルベライトとグラニの繋ぎ紐を外し、スミレはイオンリパルスシューズ・アイビスを履いて準備を整えた。

 向かうのはおそろしの森の外、王都付近にあるグランツ準男爵領地内集落。スミレたちは一度降り立って、ライチョウとハチドリの状態を点検する。その間、エルフリーデがわらわらと集まってきた町民の相手をする。

「これはこれは姫様。姫様自ら町の視察ですかな?」

「それもいいわね。でも今日は別件があるのよ。グランツ準男爵には後日お茶会でも開きましょうと言っておいてちょうだい」

「はっ、かしこまりました」

 スミレによる乗り物の点検も終わり、再び三人と二頭は空の散歩に繰り出そうとしていた。しかしそこに、一頭のドラゴンが舞い降りた。

「殿下ー! 殿下、こちらでしたかー!」

「うわぁ。こう言う時ってろくなことにならないのよね」

 兵士は敬礼してエルフリーデに言った。

「隣国サンティーエ帝国より至急電あり! 首都ギャリ、ボナパルト錬金術研究所にて爆発を伴う事故が発生。死傷者及び行方不明者多数、暴走したゴーレムの制圧と被害拡大の阻止、負傷者の処置と行方不明者の捜索に我が国の軍の助力が要請されました。つきましては、ツァウバー・リッターにもご助力いただきたく存じます!」

「分かったわ。我が国からの増援はどれほど出る予定なの? 移動手段は?」

「はっ。我が国の軍事力を削ぐ罠であることも考え、自衛団、傭兵、民間の魔法士有資格者を集め、馬やストンプバード、ドラゴンなどを持たない者は、鉄道で赴く手筈となっております」

「確かに軍事力は維持しないといけないわ。けれど」

 エルフリーデはスミレと向かい合ってうなずき、兵士に答えた。

「それではあまりに時間がかかりすぎるわ。今すぐに魔法士団と騎士団の三分の一ずつを動かし、民間の魔法士たちはその補填に使いなさい。その際、団長・副団長・戦術責任者クラスの人員は絶対に動かさないこと。そして魔法士団と騎士団の団員のうち衛生兵は、直接現地に向かうのではなく『ツェッペリン空港』に向かわせなさい。飛行船を使う方が早く到着するわ」

「はっ、仰せのままに」

 兵士は敬礼を返し、ドラゴンに乗って城へと帰還した。

 エルフリーデはスミレに尋ねた。

「私たちも向かうわよ。ボナパルトまでは直線距離で二百七十キロはあるのだけれど、リパルスドライブとドラゴン、どっちに乗っていった方がいいかしら?」

「救命グッズをひと通り積んでるリパルスドライブで行こう。でも帰りの燃料が心配だし何かあった時のために、グラニも連れて行こう。わたしもルベライトを連れて行くつもり」

「分かったわ。スミレ、イレーネ。ツァウバー・リッター、出動するわよ!」

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