第四章 慟哭のゴーレム

戦争兵器と戦争嫌い

 シュトルムラント王国の西に位置するサンティーエ帝国。

 同・首都ギャリ、ボナパルト錬金術研究所。

 その名の通り、錬金術、それも『超生命錬金術』に特化した研究施設である。

「タロウ、ハンジロウ! 合図でその炉に賢者の石を放り込め!」

「アレティとエトラマ! 第九ユニットの進捗はどうだ!?」

「アレハンドロ! ネジの締め付けが甘いぞ、ここ直せ!」

「こんなんじゃいつまで経っても、隣国のハルトマンのケツを追っかけるだけだぞ!」

 名前の響きが違うのは、世界各国から技術者を集結しているからであろう。だが多国籍故言葉が通じないこともあり、現場は常に混乱を来たしている。

「あははははは。さすがに世界の反対側での仕事はしんどいっすね。まともに言葉も分かりませんや」

「タロウくんも大変だね、ちょっと脱穀機の構造に詳しいからって。こんなんじゃ仕送りする額にすらならんだろ」

「そりゃあ、はい。いっそのこと、家族を引き連れてこの異国の地で幸せを掴むってのもありって気がしますよ。ハンジロウさんは?」

「母国に帰るさ、何がなんでも。じゃねえと、可愛い孫が待ってるからなあ」

 そして、ふたりは思う。

「だからって何だって、錬金術を覚えてまで『ゴーレム』作りなんてやらにゃならんのかねえ」

「ですかね」

 ボナパルト錬金術研究所が開発しているのは、ゴーレム。

 それも、カノン砲や斬馬剣など超重量かつ高出力の兵器を搭載された人型戦闘兵器アームドゴーレムである。


 数日後、休日。

「その話、また続きます……?」

 スミレのラボ。

 スミレは勉強道具を広げながら、しかし遠くから来たという武器メーカーの話を聞いていた(全く帰ろうとしないので飽きるまで話させていた)。

「と言うことで、賢者レギン様の錬金術をすべて受け継いでいらっしゃるパールインゼルさんが我が社にご協力いただければ、このシュトルムラント王国の防衛力の強化と大陸統一も夢ではございません! あなたは王朝第一王女のエルフリーデ殿下とご友人でもあらせられる。ご友人がやがて治めることとなるこの国を守るお手伝いをしようとは思いませんか? それが友人孝行にもなるのです!」

「へー」

「それに『汝、平和を欲さば、戦いの備えをせよ』と言う古い言葉がありましょう。本当の平和は武力無くして手に入らないのです。あなたが我が社にご協力いただければ、たとえどこかの国から侵略を受けようとそれをはねのけることができる、つまりこのシュトルムラント王国の永遠の繁栄は約束されるのです」

「ほー」

「それにあなたは技術者です。技術者としてご自身がどれだけの者を生み出せるかを試してみませんか? 我が社はそんなパールインゼルさんの向上心と技術力をバックアップする意思とご用意ができております。前向きにご検討いただきますれば!」

「にゃー」

「……ねこ?」

「いやぁ……、勉強と研究で寝不足?」

「では、お考えが変わらぬうちにどうかこの契約書にサインを!」

「ミスったら嫌かにゃー、また今度でだめかにゃー」

「わっ……、分かりました。では日時を改めてまたお伺いしますね。それでは本日はこのあたりで失礼いたします……」

 武器メーカーの営業は帰り、スミレはブランチ時にしっかりと戸締まりをして昼寝(もはや不貞寝)することを決めた。

「誰が武器なんて作るかってーの。戦争については騎士団と魔法士団に任せておけばいいじゃない。わたしは防災救命グッズを考えて作って販売できればいいの。ふーんだ!」

 武器メーカーの営業がおそろしの森の一本道を帰ろうとするところに、エルフリーデとイレーネが城のドラゴンに乗って舞い降りた。

「やれやれ。また来ていたのね、懲りずに」

「はい? 姫様、あのひょろっとした人のことをご存じなのですか?」

「ええ。城の社交会にも何度か来たことのある武器メーカーの『ダインマウザー社』、彼はその営業よ。ダインマウザーはリヒトホーフェン伯爵領に大きな本社兼工場を持っていて、この国を中心に周辺各国の軍や自衛団、傭兵団の間ではそれなりに有名な武器メーカーらしいわ。ただ、私はダインマウザーよりも『ヴァルター社』の方が好きかしら。性能は互角だけれど、気品があるからね」

「へぇ。エルフリーデ様も銃を持っていらっしゃるのですね」

「まあ、狩猟とグリル料理を多少たしなむ程度には」

 ところで、せっかくエルフリーデとイレーネが尋ねてきたというのにスミレは昼前から昼寝をしてしまい、ふたりの訪問を無碍にしてしまっている。ノックをしても返事がないため、エルフリーデは預かっている合鍵でラボの扉を開けてしまった。

「合鍵って……」

「あら。スミレはひとり暮らしなのよ。それに賢者レギン様からは彼の生前から『孫をよろしく』と頼まれているの」

「うわーお。ツッコミどころがみんな封じられちゃったよ」

 勝手知ったる友人の家。エルフリーデたちはこの邸宅の主たるスミレを探し、彼女が自室で「爆薬なんて売ってやるわけないじゃなーい! うにゃ~……」と元気な寝言を発しているのを確認すると一階のラボまで戻ってきた。

「仕方ないわね。ちょっとお茶でも飲んで待っていましょう」

「エルフリーデ様、親しき中にも礼儀ありですよ。勝手にポットとお茶っ使うのはいかがなものかと」

「ちゃんと謝って、新しい茶葉を用意しておくわ。……あら?」

 ポットを手にしようとした時、エルフリーデは一冊の書物に気が付いた。

「これ何かしら? ……へぇ。スミレでもこんなの読むのね」

「何ですか?」

「ゴーレムの作り方の本、みたいよ?」

「そっ、それって、あれですよね?」

 ゴーレム。

 土にアークルと薬剤を混ぜ、更に『疑似的な魂(魔法式)』と『真実を意味する言葉を刻み込んだコア』を添えることで、そのコアを心臓に、アークルを血にして動く泥人形である。その性質上、ゴーレムは古来より奴隷や戦争兵器として製造されるのがほとんどであり、土でできているためそのほとんどが消耗品。しかし大量のアークルと土に混ぜ込む特別な薬品を必要とし、製造には製造者は魔術と錬金術を同時に習得しているか魔術師と錬金術師が協力する必要があり、ゆえにコストパフォーマンスがあまりに悪い。そのため近年では、機械産業の発達もあって木材と鉄材を材料にし、機械仕掛けのゴーレムの研究・開発も各国の重工業分野で行われている。

「……ってやつですよね?」

「ええ、よく勉強しているわね。それにしても、そうね。スミレがどんな使い方をするかは別として、あの子にとっては容易たやすいことでしょう」

「うわーお。スミレが本気を出したら、ゴーレム一ダースでこの国と周辺国まるっと制圧できちゃいますね」

「スミレが戦争嫌いな優しい子で本当によかったわ」

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