いざさらば、さらば戦友(とも)よ
その後。
目的地である中央駅に併設されていたドックから整備が終わったばかりの蒸気機関車がクレーン車と客車を連れて出発し、レールから脱線した客車を撤去すると新しい客車で乗客たちを駅まで送り届けた。
イレーネが蹴り落した盗賊の安否は不明だが、残った盗賊は全員ガトリングガンの餌食となり生存者はいない。結果、アーダルベルトだけが現地の兵士団に連行されることとなった。
ここまでスミレたちと行動を共にしてきたゼルエルが言う。
「さて、俺は俺のすべきことを終えた。ここいらでサヨナラだな、お姫さん方」
「そう。けれど確か、クライス正教国だったかしら。あれは海を渡った先の国だと聞いているけれど」
「海の向こうったって、ボートで渡れる程度の湾の対岸さ。だが教会は壊滅したし、同胞はいい奴らだったんだが俺は無信心なもんで、墓参りしたら還俗しようかと考えてる。もともと俺にゃ、使徒なんてご立派な肩書なんて似合わなかったんだよ」
「いろいろ衝撃的な言葉が飛び出してきたけれど……。では名前も変わるのかしら?」
「そうなるな。ゼルエルは洗礼名。そして俗名をゼルク・ストレングス。教会の前に捨てられていた赤ん坊だった俺に司教のおっちゃんがつけてくれた、洗礼名以上に大切な名前だ」
「そう。ではよい旅を、ゼルク」
「へっ、まだゼルエルだぜ。あばよ、愉快な魔法士団!」
ゼルエルはそう言うと、旅荷物を背負って駅へと戻ってゆく。
そんな彼の後姿を見つめて、イレーネがポツリと言った。
「あの人、すごく強い。立ち振る舞いを見ただけで分かる」
「そうなの、イレーネ?」
「ええ。無信者って言ってたじゃないですか。ひょっとしたら仲間たちが祈りをささげている間、武術の鍛錬をしていたに違いありません。使徒時代にアーダルベルトの襲撃に遭っても生きていられたのも、ひょっとしたら」
「確かに。でも私はイレーネほど彼の実力は量れないわ。武術に生きる人ってそんなものなの?」
「どうでしょう。でもボクがゼルエルと戦ったら間違いなく……。いえ、だからこそ」
そう言うイレーネの表情は見る者すべてが不気味に思うほど強張っており、両手は爪が食い込んで血が流れるほどきつく握りしめられていた。
「やべぇ、ボクもいつか追いついて戦いてえ、って思うんですよね!」
「……ねえ。私は自分が無鉄砲なのは自覚しているのだけれど、イレーネ、あなたもたいがいよ」
昼過ぎ。
レイゼン侯爵邸、同・来賓の間。
カッツを前に、エルフリーデは言った。
「この度は一日半もの遅刻を働き、関係者各位の貴重なお時間を無駄にしてしまいましたことを心よりお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。つきましてはこの時間的及び金銭的損失の賠償を、父シュヴァルツに代わりお約束いたします」
「いいえ、そんな。事情はスミレさんから聞いております。諸悪の根源は別にあり、殿下はそれに巻き込まれたに過ぎますまい。ましてや殿下に頭を下げさせたくはございません。吾輩のプライドのためにも、そのようなことはなさらないでくださいませ」
「そうですか。そう言っていただけて恐縮です。しかしお言葉に甘えてばかりもできませんし、どうか埋め合わせはさせてくださいませ」
いつまでも王女に詫びさせてはいけない。カッツは本題を切り出した。
「さて。国王陛下に支援を要請しておりました件ですが、防災と救命に特化した魔法士団ツァウバー・リッターにご助力いただきたきことがございます。近年、我が領土北方では土砂崩れが頻発しており死傷者数も多く、その原因究明をお願いしたいのです。殿下、何卒お力添えを」
「ええ、しかと承りました。このツァウバー・リッター、喜んでご協力いたしましょう」
そしてエルフリーデは、スミレとイレーネに言った。
「聞いての通りよ。いいわね、ふたりとも?」
当然のことながら。
「もちろんだよ、エルフリーデ!」
「御意のままに!」
ふたりは力強くうなずいた。
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