兇弾のアーダルベルト
そして、その時はやってきた。
機関室を制圧した盗賊たちは機関士に放り込めるだけの石炭を放り込ませた後、火士の隣にロープで縛りつけ、更にアクセルレバーもロープでがんじがらめにして溶かしたロウで固めてしまった。
「あばよ、臆病な兄ちゃん。お前たちはもうお暇させてもらうぜ」
「ふざけるな! このままだとお前たちもろとも投げ出されるぞ!」
「そんなへまするかよ。おっ
拳銃の男、そしてボスのアーダルベルトは機関室を後にした。そして機関士は悟った。
「最初から生存者を残さないつもりだったのかよ。ふざけるな、人の命を何だと思ってやがる!」
アーダルベルトたちはすべての客車を通り、貨物車へとやってくる。
馬が保管されている貨物車は、三両あるうちの真ん中の第二貨物車なのだが。
「ボス! お待ちしておりました。しかし第一と第二の担当の四人が戻りません」
「あぁ? ちっ、せっかく上等な武器をくれてやったのにしくじりやがったか。お前ら、馬に金を積め」
「待たないんですかい?」
「ドジを待ってやるほど俺様はお人よしじゃねえんだ」
その様子を、第二貨物車の屋根の上に隠れていたエルフリーデ、イレーネ、ゼルエルの三人は聞いていた。
「まさかそんな。アーダルベルトは平然と仲間を見捨てるようなやつだったなんて」
「へっ、姫さん。あんたもまだまだ甘ちゃんだな。盗賊なんてのはたいていそんなもんだ。素人を金で雇うようなやつは特にな」
「素人を、金で?」
「ああそうだ。あんたがとっ捕まえた四人も、立ち振る舞いからしてその程度のやつだ。ったく、素人蹴飛ばしていい気になってるとんだじゃじゃ馬プリンセスもいたもんだぜ。大丈夫かシュトルムラント王国は?」
「言ってくれますわね!」
「ああ言ってやる。いいかよく聞け」
「何ですの?」
「俺が連結を解除する。お姫さんあの空飛ぶ精霊のお嬢ちゃんと一緒に列車の速度を落とす算段を考えろ。そっちのお嬢ちゃんは魔法の銃で第二貨物車の車輪を壊せ。できるか?」
「……ええ、了解しましたわ」
「やったろーじゃんか!」
「いいだろう。作戦開始だ」
その頃。
盗賊がいなくなった蒸気機関車の機関室に舞い降りたスミレは、魔法で作り出した氷のナイフで機関士と火士のふたりを助け出していた。
「ありがとう、魔法士のお嬢ちゃん! だが何とかしてこの列車を止めないと!」
「分かりました。どうすれば止まりますか?」
「僕がやる。だがここまで加速していると……、いいや、やるっきゃない! お嬢ちゃん、魔法でこのロウと縄をレバーから外せないか!?」
「分かりました!」
スミレは炎の魔法でロウと縄を燃やし尽くし、水の魔法で冷却した。
機関士は自由になったレバーを反時計回りに回し、別のレバーを上から下にゆっくりと下ろすのだが。
「畜生! 加速しすぎだ、あの盗賊野郎め!」
「あっ、あの、一気にブレーキではダメなんですか?」
「ああ。そんなことをしたら後続車両の重さが一気に襲い掛かって、脱線どころの騒ぎじゃ済まなくなる」
「すみません軽はずみでした!」
「構わんさ。だが何とかしないと、みんなまとめてあの湖に沈んじまう……!」
最大速度の状態から脱線しない程度にブレーキをかけていては間に合わない。
だが速度を落とさないと脱線からの湖への転落は免れない。
そんな時に役に立つのが、スミレの前世の記憶。
「あれと同じことが、できるかどうかわからないけど……。ううん、やるっきゃないっ!」
同じ頃、貨物車では。
「今だ、撃ち抜け!」
車両と車両をつなぐ機構、『連結器』を解除したゼルエルが叫び、第一貨物車のデッキからイレーネがランチャー砲から魔法の弾丸を繰り出す。そしてそれは見事に第二貨物車の車輪を凍らせ、急ブレーキをかけることに成功した。
「よっしゃあ!」
興奮のあまり拳を掲げるイレーネ。だがそんな彼女にエルフリーデは冷静に言った。
「作戦は成功。スミレと合流するわよ」
「えっ? しかし、ゼルエルが」
「ゼルエルは乗客を守ることを私たちに託してアーダルベルトとの戦いを選んだのよ。迷っている暇はないわ、行くわよ」
「えっ、あっ……、はい、かしこまりました!」
第一貨物車と第二貨物車の距離は離れてゆく。
エルフリーデたちは第二貨物車デッキに残ったゼルエルと視線を交わし、そしてスミレのもとに向かう。
第三貨物車の重さがのしかかり、第二貨物車後方の車輪が宙を舞う。
「……さあて積年の恨みを晴らす時が来たようだな、このくそったれが」
ゼルエルは貨物車が脱線する前にデッキから飛び降り、レールのような二本の深い溝を両足で刻み込みながら荒々しくも見事な着地を決めた。
そして舞い上がる二両の貨物車。その巨体はレールの上を、そして地面を引きずり、轟音を立てて緩やかな坂を滑り落ちる。
ゼルエルが見据える第二貨物車では様々な家畜が収められていたようで、馬はもちろん鳥や犬などの鳴き声が多く聞こえる。そしてそれらは窓やドアを蹴破り屋根を突き抜け、悲鳴のような鳴き声を上げて大混乱を起こして走り回る。中にはほかの家畜を足蹴にして逃げ惑う犬や馬もいる。
「あらら。こりゃとんだパレードだ」
大破した貨物車からはまだ家畜たちの声が聞こえる。だがそれを一斉に黙らせたのは、ガトリングガンの銃声と貨物車の屋根がはじけ飛ぶ音。血飛沫が飛び散り銃弾が炸裂し、ゼルエルは左手でマントを掲げてすべての銃弾を防ぎ切った。
ガトリングガンの銃弾の嵐が止む。
ゼルエルのマントが朽ち果てる。
ゼルエルが左手に掲げた鋼鉄の盾のわきから伺うと、土煙の向こうから見上げるほどの巨漢が咆哮を上げながら現れた。
「んうぅぅぅおおおおおおおお! やりやがったなあああああああ!」
その人物こそ、アーダルベルトだった。
ゼルエルは言う。
「あれだけの大事故で首すらへし折らず這い出して来るとは、相変わらずお前はドラゴンも真っ青の化け物だな」
「あ!? こんなマネしやがったなぁ手前ぇか? 誰だ手前ぇはぁ!?」
「俺は『クライス正教国』十三使徒がひとり、ゼルエル。待ちわびたぜ、貴様に同胞たちを殺された恨みを晴らす、この時をよ」
そしてゼルエルはボロボロのマントを翻し、右手で抜いた三つの手榴弾をアーダルベルトに投げつける。それをアーダルベルトは、右手で構えたガトリングガンにて空中で撃ち抜いてしまう。
「だーははは! バカめ、この最新型カートリッジベルト装填式ガトリングガンに敵うやつが!」
「いるんだな」
爆発した手榴弾の煙を突っ切り、ゼルエルが突進してきた。
「なっ!?」
ゼルエルは重量のある幅広肉厚の『斬馬剣』を以ってアーダルベルトのガトリングガンを弾き飛ばす。ガトリングの銃身はへし折られ、ひずんだバレルの中で銃弾が暴れまわってシリンダーが炸裂、破片がアーダルベルトの右腕に突き刺さる。
「ぐあああああああああああ!」
「へっ。切れ味が悪い斬馬剣でも、鉄くずを潰す程度なら
ゼルエルは斬馬剣を地面に突き刺し、血まみれの右手を抱えてうめいているアーダルベルトの顔面を蹴り上げた。そしてアーダルベルトが頭から地に沈むと同時に、ゼルエルはさらに腰に隠し持っていた四本のナイフで彼の両手両足を
「がああああああああああああ!?」
「どうだ? せっかく『聖なる咎人』と同じポーズをさせてやったんだ、ちょっとは光栄に思ってくれるか?」
「き、貴様……! 殺す。殺してやる、絶対に殺してやる! うおおおおお!」
「そうか、じゃあやってみろよ」
ゼルエルは更に隠し持っていた鉄の棒を取り出し、刻み込まれた魔法陣に自らのアークルを流し込んだ。すると鉄の棒の先端は、高熱を帯びて赤く輝く。
「ゼルエルの名を持つ者として、貴様に罰をくれてやる。貴様はかつて、俺が属していた教会から信者たちが納めてくれた寄付金を奪いやがった。信者、シスター、そして俺の同胞の十三使徒を、貴様は殺した。泣き叫ぶ子供たちを、そんな彼らをの命を乞う親たちをも、貴様は笑いながら殺した。まるでお気に入りのおもちゃで遊ぶ子供のような笑顔で、武器の名を叫びながら貴様は大勢の命を奪ったんだ」
「何を……! 何を訳の分かんねえことをごちゃごちゃと!」
「だろうな。俺にとっては大事だった教会も、貴様にとっては盗みに入った先のひとつに過ぎやしねえ。人の尊い命さえ虫けら程度にしか思っちゃいねえ。心底殺してやりてえところでもあるが、その人でなしは死んでも治らねえだろう。だから死ぬよりも辛い屈辱を味わわせてやる。生きて苦しめ。死ぬほど苦しめ。命乞いした彼らを笑いながら殺した貴様には、生き地獄こそがおあつらえ向きだ」
そして、肉が焼ける音とひとりの男の絶叫が響き渡った。
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