急襲のゼルエル

 列車はカルデラ平原を駆け抜ける。

 スミレはトンネルを抜けたところでイオンリパルサーを起動、一気に客車の上を飛び越して石炭車の影に着地する。

「さてと、機関室はどんなことになってるのかな?」

 機関室では、火士がロープで手すりに縛り付けられ、銃を持った男が機関士に命令する。

「こののろまが、もっと速度を出せ!」

「無理だ! このまま加速したら、湖手前のカーブで脱線しちまう!」

「いいから速度を上げろ。俺たちはそのころには金ふんだくって逃げてるんだからよ」

 男のその言い分に、スミレは怒りを覚えた。

 ――お金を盗むためなら、乗客の命がどうなってもいいって言うの!?

 ――ごめん、エルフリーデ。この人はやっつけなきゃダメみたい!

 スミレは再びイオンリパルサーを起動して舞い上がり、機関車及び石炭車にほかの盗賊の有無を調べる。すると、先ほどからは確認できなかった場所にもうひとり、左手に重量のある『手動式ガトリングガン』を装備している巨漢がいた。

 ――うっそー、あれ食らったらひとたまりもないって!

 ――やっつけるのは無理。こうなったら、車輪に何かを絡ませてブレーキかける? ううん、列車に大きなショックを与えたら脱線しちゃうかもしれない。考えろ考えろ、考えるんだっ!

 暴走する列車をこれ以上加速させない、もっと言えば止めたい。

 物理的な力を用いずそれを実行するには。

 ――そうだ。ドローンは電池がないと飛べないし、ミニ四駆は電池がないと走らない。イオンリパルサーだってわたしのアークルがないと電力に変換できない。物が動くにはエネルギー源が必要。蒸気機関車のエネルギーは熱、蒸気、石炭。だったら!

「炉よ冷えろ!」

 スミレが右手を機関車に向けた瞬間、機関車の速度は徐々に落ち始めた。

 異変を感じた銃を持つ盗賊が、炉の蓋を開いて炉内を確かめる。

「石炭はまだ燃えている。ちっ、石炭を補充する必要がありそうだな。機関士、お前が窯に石炭を入れろ! 俺が出力を上げる!」

「ああ、もう駄目だ、絶対死ぬ……」

 機関室ではいきなり石炭を補充するという動きがあった。それを確認するとスミレは石炭車を後にし、一気に列車の後方に下がった。

「第三、第四客車では強盗が盗んだ物をまとめてる。第二客車、まだ強盗はお客さんからお金を巻き上げてる。よし」

 スミレは第一客車の窓を開け、窓越しにエルフリーデに状況を報告した。

「エルフリーデ! 機関室は泥棒に乗っ取られて、泥棒はスピードを上げて一気に逃げようとしてる。泥棒は銃を持った男の人と、手にリボルバーのでっかいやつを構えている大男のふたり。運転手の人もふたりいる。そのうちのひとりは手すりに縛られて動けない」

「状況報告ありがとう、スミレ。作戦を考えるわ、一度戻りなさい」

「うん。……うわっ!?」

 するとスミレは何かに引っ張られるように急上昇した。

「スミレ!?」

 スミレが姿を消す前、彼女の首筋に太い腕が伸びたのをエルフリーデは見逃さなかった。すぐにエルフリーデは、イレーネに命じた。

「この客車の真上に誰かいるわ。見てきなさい」

「了解!」

 イレーネが客車後部に向かって駆け出す。

 しかしそこに、第二客車の盗賊がランチャー砲を背に担ぎながら入ってきた。

「おい、てめーら遅いぞ何をモタモタ……? って、どゆこった!?」

「ちっ! こーゆーことだ、よっ!」

 イレーネは腰からランチャー砲を抜きながら盗賊に接近し、銃撃ではなく打撃(ほぼ抜剣ばっけん術)を以って牽制、そこから銃口を向けて引き金を引いた。

「お試しあれ、アークルバレット!」

 そして飛び出すのは、銃弾ではなく凝縮されたアークルと魔法式。それは盗賊の頭に見ごとに命中し、とてつもない風を生み出して彼を客車通路の真ん中まで吹き飛ばしてしまった。

「おい、大丈夫か!? てっ、手前ぇ何者だ!?」

「魔法士だ! もいっちょ!」

 イレーネは再び引き金を引き、魔法で強烈な風を生み出してもうひとりの盗賊も薙ぎ払う。そして素早く両者を縄で縛り上げ、武器と言う武器を取り上げた。

「ざっとこんなもんさ」

 一方、第一客車の上では。

「バカ野郎! ガキが三人で『アーダルベルト盗賊団』に盾突くつもりか!?」

「ひたたたたた……。って、アーダルベルト? 何のことですか?」

 スミレは客車の屋根に叩きつけられ、その人物に説教されていた。

「お前らが制圧しようとしている盗賊団のこった。まずは暴走しているその空飛ぶ靴を止めろ」

「えっと、はい!」

 スミレがイオンリパルサーを停止させると、彼女を屋根まで引きずり上げた男もスミレから手を離した。その人物は、スミレが這いつくばっているということもあるが山を見上げるように巨大な、筋骨隆々の大男だった。

「ええと、まずは自己紹介です。わたしはスミレ・フライハイト・パールインゼル。一級魔法士です」

「俺はゼルエル。見ての通り、あてもなく旅する浮浪者だ。お前みたいなチンチクリンが一級魔法士たぁてえしたもんだが、命が惜しけりゃおとなしくしてな」

「ダメです! ゼルエルさん。今、強盗団はわざと列車を脱線させて、その直前で馬を盗んで逃げようとしています。盗賊を捕まえるよりも、そっちを考えなきゃダメです!」

「ちっ。いいだろう。その先は俺に任せろ、ガキがあのガンマニア野郎に戦いを挑むなんて正気の沙汰じゃねえからな」

 カルデラ平原を走る列車は、カルデラの内外を隔てる環状の丘カルデラ壁に掘られたトンネルに近づく。

 ゼルエルは客車の屋根のメンテナンススペースに身を隠し、スミレはイオンリパルサーを最大出力にして丘を飛び越える。そして丘の先に延びる線路は湖に向かってまっすぐ伸びており、その手前で大きく右にカーブしているのが確認できた。

「盗賊団のあの人、確か脱線する直前に逃げればいいって言ってた。盗賊団に逃げられるのは嫌だけど、それよりも乗客のみんなの命を助けなきゃ!」

 トンネルから列車が現れ、スミレはそこに向かって降下する。ちょうどゼルエルもハッチを開いて顔を出していた。

「ゼルエルさん! 上空からはこの先の湖が見えました、時間がないです!」

「分かった。スミレ、お前はどうにかして列車を減速、無理でもこれ以上は加速させないように何とかしろ。俺は下っ端の制圧に向かう。そろそろアーダルベルトが貨物車に向かう頃だろうからな」

「了解しました!」

 その頃、エルフリーデとイレーネは第三客室の扉の前にいた。

「エルフリーデ様。中に盗賊はいません。取るだけ取って貨物車に向かったのかもしれません」

「了解。前方からボスらしき人物が来る様子はないわ」

「こちらも了解。しかし大丈夫んですか? あの下っ端の盗賊たち、武装を取り上げて野放しにするだけなんて?」

 四人の盗賊たちは、カルデラ平原のトンネルを出たところでまとめてエルフリーデの指示でイレーネによって放り出されていた。

「盗賊のボスにはギリギリまで異変が起こったと思われたくないわ。列車の中に自分たちへの敵対勢力がいるとボスが知った時、乗客の命を脅かす暴挙に出るかもしれない。狙うはボスが貨物車に入った時。それを見計らって貨物車と客車の連結を解けば反撃されることもないわ」

「なるほど。しかしエルフリーデ様、連結の解き方をご存じなのですか?」

「そっ、それはそうね、分からないわね……。でもメカに詳しいスミレが戻ってきてくれれば」

 だが。

「おいおいお姫さん、そりゃ随分とお粗末な作戦だな」

「誰!?」

 エルフリーデとイレーネがそれぞれの魔法装備を向けて振り返ると、デッキの手すりに立ち第三客車の屋根に手を添えて彼女たちを見下ろす、粗末なたたずまいの巨漢がいた。

「ま、まさか、盗賊の……!?」

「ゼルエルだ。連結の解除なら俺に任せろ、それまで屋根の上にでも隠れてな」

「あなたは、何者ですの……?」

 手すりから下りながら、その男ゼルエルは答えた。

「世間話している場合じゃねえぜ、お姫さん。ああちなみに、連結をほどいたからって貨物車がすぐに減速するわけじゃねえ、距離が出る前に敵はガトリングガンで反撃してくるぞ。あいつは、アーダルベルトは盗みの現場に扱いが面倒な銃火器を持ち込むほどのガンマニアからよ。ちなみに俺調べだ」

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