行動開始!
その時、事件は起きた。
鉄道保安官の戻りを待たず、列車が勝手に走り出してしまったのである。汽笛やホイッスルはおろか何の前触れもなく発車してしまったため、乗客たちは車内で慌てふためき、窓越しに物と金銭をやり取りしていた乗客や子供たちは窓に腕を挟んでしまう。
パニックを起こす列車。
車両に戻ろうと必死に走る乗客と保安官。
状況を冷静に見極めようとするエルフリーデ。
そして、答えは出た。
「スミレ、イレーネ。これは事件よ。おそらく犯人は鉄道保安官など自分たちを制圧しうる勢力が社外にいることを見計らってこのような行動に出た。すなわち計画的に犯行を実行したと思うわ」
「マジで!?」
「それは本当ですか、エルフリーデ様!?」
動揺するふたりの口をエルフリーデは押さえ、静かな声で、周囲の反応を伺いながら答えた。だがすでに車内では乗客たちがパニックを起こしており、車掌や社内販売員にどういうことなんだと詰め寄っている。
「犯人の目的は、まだ何かは分からない。でもこういう場合、大体強盗目的なのよね。でも大丈夫、こういう時はキーファーが守って」
「あのー、エルフリーデ様?」
「何よ」
「その護衛のキーファーさん、多分給水ポイントに置き去りですよ? さっき、お城の人にベーコンをお土産に買って帰るんだって息巻いてましたから」
「……相変わらずドジなやつ」
すると、スミレは立ち上がった。
「わたし、外から様子を見てくる!」
「スミレ、それは危険よ!」
「大丈夫、犯人を捕まえようなんて考えてないから。状況は逐一エルフリーデに報告する。お願い、エルフリーデ」
エルフリーデは答えに迷う。
だが、こうしているうちにもパニックも列車も加速してゆく。
コントロールを失った列車はさらなる災害を引き起こしかねない。
決断は急がなければならない。
「分かったわ、作戦はスミレが立てて。その代わりに絶対に犯人制圧どころか犯人に見つかってはいけないわ。それを留意しなさい」
「うん!」
「乗客の皆さんはまず冷静になりなさい。これは列車をジャックした犯人のせいであり乗務員のせいではないはずよ。戦うべき相手を見誤ることなく冷静に今を見極めなさい!」
だが。
「そうなんだよ、おとなしくしてもらわないと困るんだよ」
ふたりの男が、リボルバー式拳銃とランチャー砲を構えて立ち上がった。
ひとりは大きな鍔を持つハットを目深にかぶった長身の男、もうひとりは対照的に小柄で小太りの男だった。先の声は、長身の男の声のようだ。
「なっ……?」
「お初にお目にかかります、王女殿下。我々はいわゆる盗賊団と言うものでしてね、あなたのおっしゃる通りこのタイミングを見計らっていたんですよ。しかしせっかく鉄道保安官を置き去りにできたってのに運が悪い。ツァウバー・リッターは防災に特化した組織とは言えその魔術と魔法の実力は高いと聞く。陛下には申し訳ございませんが、ご友人のおふたりをこの場で始末させていただくとしましょう」
小太りの男がほかの乗客に、長身の男がスミレに銃口を向ける。
そして何の迷いもなく長身の男は引き金を引くのだが。
「……ん? 撃鉄が止まった!?」
「凍らせたからねっ!」
スミレが拳銃の内部機構を凍らせ、それをイレーネが蹴り飛ばした。
「残念。ボクはお嬢様をお守りするため、これでも武術を習っているんだ」
拳銃は長身の男の手から離れ、そして彼自身も氷の鎖で身動きが取れなくなってしまう。
「兄貴!? って、うぉ!」
添うように小太りの男も氷の鎖でからめとられ、ランチャー砲も氷漬けにされた。
盗賊の名乗り、そしてスミレのピンチから、一瞬にして逆転してしまったスミレとイレーネ。これには盗賊たちもなすすべがなく、恐怖に震え上がっていた乗客たちも喚起に沸いた。
「すげえぜ、魔法士のお嬢ちゃん! きみがあのツァウバー何とかだったなんてな!」
「魔族ちゃんもカッコよかったわよ! さすがは我らの姫様の護衛!」
「へっ、カッコつけて登場した割にゃあ呆気なかったな、ドロボーさんよ」
「この落とし前どうつけてもらおうかしらね?」
寄って集って盗賊のふたりを足蹴にする乗客たち。中には鉄のスキレットを叩きつけてくる旅人もいた。
だが、縛り上げて終わりではない。
エルフリーデは長身の男に尋ねた。
「まだ仲間はいるんでしょう? 人数や構成、作戦などを、洗いざらいしゃべってもらいましょうか」
「ちっ……! ああいいよ。どうせ俺は雇われだ、あいつらのために命張るのもバカくせえ。四両編成の客車に二人一組で乗り込み、乗客から取るもの取って、最後は貨物車に積んである馬を盗んでおさらばしようって話らしい。あとのことはボスに聞きな」
「確かに、『蒸気駆動車』では起動に時間がかかるし故障したらただのお荷物。すぐに奪えて言うことも聞く、そして農場に立ち寄って交換することも、馬なら可能。逃走手段についてはそこそこ考えているようだけれど、あなたたちはバカだわ」
「何だと!?」
「各車両に二名ずつ、合計八名。それだけでも大人数なのに更に機関室を制圧した人物が少なくとも一人いるとしたら九人の大所帯。それだけの数の馬を用意できたとしても、大勢での逃亡は嫌でも目に付く。そしてこの先のカルデラ壁を馬で超えるのも時間と馬の体力を消耗する。トンネルは暗くどうしてもペースは落ちがちで、追っ手からの挟み撃ちにも遭いやすい。超えたらこの先の町のレイゼン侯爵には私からあなたたちへの逮捕要請を出すし、ここで王都に引き返せば給水ポイントに置き去りにした鉄道保安官が同じことをするわ。田舎町に身を寄せようとしてもよそ者は目立つし、キャンプを張ろうものならせっかく奪ったお金は荷物になる。つまり、犯罪ほど上がりの悪い商売はないということよ」
「くっ……。だが俺には今すぐ金が必要なんだ。たとえ畜生働きをしようってもな!」
「どうしてそこまで?」
「城でぬくぬく育った殿下にゃ分かんねえよ!」
「そう。……まあいいわ。スミレ、作戦は続行、ほかの盗賊に気付かれないよう、前を探って来てちょうだい。イレーネは前と後ろの車両の様子を偵察。ふたりとも、制圧まで考えないこと。ツァウバー・リッター、行動開始!」
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