第三章 暴走特急
ツァウバー・リッターはじめてのおつかい
シュトルムラント王国、エルフリーデの部屋。
「えっ? エルフリーデ様、それは本当ですか?」
「ええ、本当よ。だからあなたはその旨を手紙にしてお兄様に送りなさい。ちゃんと国王と王妃の許可は得ているわ。……護衛をつけると言うのがすさまじく納得いかないけれど」
「分かりました。では、ティータイムが終わったらさっそく旅支度を」
「そうね、でも善は急げと言うから今すぐしなさい。ティーセットの片付けは、そこのあなた、あなたがしなさい」
そしてエルフリーデは、ふっと微笑む。
「まさかお父様の方からツァウバー・リッターに現地調査の任を振ってくださるとは。これはチーム始まって以来の大仕事になりそうね」
翌日。
シュトルムラント王国王都東部、リーゼンバーグ駅。
「へぇー。初めて列車に乗るけど、駅ってこんな風になってるのかぁ!」
「そうよ。でもあまりはしゃがないでね。第一王女の世話役が完全にお上りさんでは示しがつかないわ」
「もっ、申し訳ございません、エルフリーデ様!」
「構わないわ。護衛のキーファーだって、滅多に列車に乗らないせいで切符を買うのに十分かかっていたのだから。ねえ?」
エルフリーデにからかわれ、騎士団所属の兵士キーファーが恥ずかしさのあまり硬直して顔を赤くしている。
そこに、スミレが合流した。
「お待たせ、エルフリーデ、イレーネ!」
「構わないわ。でもどうしたの? ちゃんと時間を守るあなたが珍しい。……いえ、こういう時は何か親切を働いていたのでしょう?」
「親切なんて程でもないよ。たまたま泥棒に居合わせたから、足元凍らせてとっ捕まえちゃった」
「ああ、さっきやたら騒がしかったのはそういうこと。でもそれなら、犯人から財布を奪い返して被害者に返すだけでよかったのでは?」
「いやあ、そしたら『あなたは女神ユースティティアが遣わした正義の天使だ、ぜひお礼を!』とか言って囲まれちゃって」
「私もかつて同じことを考えていたから何とも言えないわ」
ホイッスルが鳴り響き、蒸気機関車『クレーエ号』が汽笛をあげる。
ゆっくりと列車は動き出し、目的地である『レイゼン侯爵領中央駅』に向かって走り始めた。
客車内。
販売員がカートを押して、飲み物やお菓子、弁当などを売っている。スミレたち三人も思い思いの飲み物を買い、旅気分を味わう。
「それにしても、世界が変わっても移動販売ってあるものなんだねえ」
「スミレの前の世界にも鉄道はあったの?」
「あったよ。それにミステリーもね」
「ミステリー?」
「そう。テレビ……、まあ動く紙芝居だと思えばいいかな。そのお話の中ではよく殺人事件が起きてるの。列車と言う動く密室は殺人現場になりやすくって、そこに居合わせた名探偵が見事に事件を解決、犯人をあぶりだすの。時にはテロが起こって最初から犯人はお偉いさんたちに無茶な要求をするんだけど、そんな時でも絶対に主人公が正義のヒーローになってバッタバッタとテロリストを懲らしめてゆくんだ。列車はロマンにあふれてる! そこに痺れる憧れる!」
「おいおい、それって何かのフラグかよぉ」
「いいの、本当に事件が起こってるわけじゃないんだから。正義の味方とミステリーは、見る人を楽しませてくれるんだから!」
だが、エルフリーデだけはあまり楽しくなさそうだ。
「スミレ。話を聞く限り前世のあなたが暮らしていた日本と言う国はなかなか治安のいい国のようだけど、シュトルムラント王国もそうだとは限らないわ。事実、あなたは今朝、強盗と鉢合わせしたでしょう」
「うっ」
「何も起こらないのに越したことはないけれど、今すぐ何らかの犯罪が起こらないとも限らないし、ノルトライン王国を滅ぼした『アルミニス帝国』のように血気盛んな王様が今後どこかの国で生まれて我が国に戦争を仕掛けてこないとも限らないわ。あなたは少し、防災以外の所で平和ボケしすぎている。ここらでひとつ、誰が出したか分からないまんじゅうとお茶を怖がるのがちょうどいいのよ」
「うわー、ちょっとひどい」
そこに、イレーネが尋ねた。
「エルフリーデ様が今例に出したアルミニスって、確か九年前に我が国に戦争を仕掛けておいて自滅した……、ですよね?」
「ええ。正確にはノルトライン王朝に仕えていた大臣のひとりが、捕虜生活の中で長年かけてかき集めた少数精鋭部隊を率いてクーデターを起こしたとか。その後帝国は解体され、今ではどの国にも属さない集落が点在しているだけの半無法地帯になったとか」
ノルトライン王国と言えば、スミレ(=フライハイト)の生まれ故郷。
フライハイトこそが、ノルトライン王朝の最後の生き残りなのだが。
「……ふたつ目の生まれ故郷のことは、考えた方がいいのかな」
「えっ? どうしたの、スミレ?」
「ううん、ちょっと思い出したことがあって」
「また前世の記憶?」
「そんなとこ。それじゃあエルフリーデに言われたとおり、今からこの列車で何らかの事件が起こったことを想定して避難経路の確保でも考えときますか」
さかのぼること五分前。
機関助士=
案内標識を見た機関士は、待機していた車掌に言う。
「もうすぐ給水ポイントだ、速度を下げる。アナウンスを頼む」
「了解」
列車は速度を落とし、車掌が給水ポイントで停車する旨を乗客に伝えて回る。
すると車掌は、ちょうどお菓子をつまんでいるツァウバー・リッターの話声を聞いた。
「スミレ。話を聞く限り前世のあなたが暮らしていた日本と言う国はなかなか治安のいい国のようだけど、シュトルムラント王国もそうだとは限らないわ。事実、あなたは今朝、強盗と鉢合わせしたでしょう」
「うっ」
――ああ、殿下、今日もお美しい。それにしても魔法士のスミレちゃんって、結構遠い国から来た子なんだ。治安のいい国か、僕もそこに引っ越したいよ。何たって王都からひとたび出れば、治安がいいどころか山賊に盗賊がゴロゴロいるんだから。って言うか駅にもいたのか? おっかないなあ、ホント……。
すると、マントをまとう男が車掌に尋ねた。
「よう、車掌の兄ちゃん。給水ポイントに便所はあるかい?」
「はい? えっと、ええ、ございます。近くの集落の子供たちが露店を開いているので、お茶やコーヒーも補給できますよ」
「そりゃあいいこと聞いた。あばよ」
「あばよ、じゃなくて、ごゆっくりどうぞ! ……何言ってんだ僕は」
トンネルを抜けた先、カルデラ平原。
給水ポイント。
タンクの水はカルデラ湖から引き込んだもので、水質は決して悪くはない。しかし雨が降れば水も濁るし、小魚がいないとも限らない。昔ながらの知恵できちんと濾過した水を使い、子供たちは乗客にコーヒーやお茶を販売している。
「ほう? 『カルデラ村』のガキどもはちゃんと読み書きと計算ができるんだな。てえしたもんだぜ」
「てえしたもんだろ、おっちゃん? 十一年前、賢者レギンが教会で勉強を教えてくれたのが最初だって言われてるんだぜ! おかげで奴隷狩りに遭わずに済んでるし、貴族様のところに出稼ぎに出るやつも多いんだぜ!」
「成る程な。このボトルに入るだけの煎茶、それからそこのベーコンをよこせ。酒はあるか?」
「まいどあり! 酒もそっちのクソオヤジが売ってるから買ってってくれよな!」
男のほかにも、給水ポイントで買い物をする乗客は多い。車内販売の女性は水だけを買い、どうやらその水を使って車内でお茶などを入れているようだ。
すると、別の露店でトラブルが起こったようだ。
「おいてめえ! 俺の財布盗んだだろ!?」
「は? 何言いがかりつけてやがるんだ。そんなことするわけねえだろ!?」
「だったら身ぐるみ剥がさせてもらうぜ!」
「てめーの方こそ俺から盗む気だろ、させるか!」
その様子を、スミレたち三人は窓から見下ろす。
「エルフリーデ、止めなきゃ!」
「やめておきなさい。ああ言うのは『鉄道保安官』に任せておくのが一番。たとえ対処できたとしても、駅や給水ポイントでなど各停泊施設ではトラブルなんて日常茶飯事。すべての事件に介入していたら、私たちではもちろんのこと、いくら鉄道保安官でも身が持たないわ。自分の身は自分で守る、これが鉄則」
「うぅ~、悔しいなぁ」
給水も終わり、車掌が乗客たちに車内に戻るように促す。露店の子供たちは最後のダメ押しに、はしごなどを使って窓越しに商品を売ろうとするのだが。
「君たち、発車時刻だからはしごを下ろすんだ!!」
「これだけ! これが売れたら下ろすから!」
「売り上げ立てなきゃ父ちゃんにゲンコツ食らうんだ、やめてくれよ!」
「君たちの身の安全の方が大事だろう、降りるんだ!」
当然、鉄道保安官に止められる。
「今度はこっちかーい」
頬杖をついてイレーネが愚痴を吐く。
「これは少し問題だわ。彼らは店を持たず露店での物販で生計を立てているから、王朝も政府も出店に関する税金を求めることはできない、つまり減税・免税する代わりにダイヤと安全を乱すダメ押し販売を禁止するルールは出しにくいの。無理に抑圧しようとしたら反発だって生むしね。……って?」
その時、事件は起きた。
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