女の子だって、平和を守れるんだっ!

 そしてそれは、目に見える現象となった。

 低く鈍い振動が、静かに、だが徐々に大きく響き渡る。

 石が転がるような乾いた音が連続する。

 そしてついに。

「まただ! 崩れるぞ!」

「みんな逃げろ! また巻き込まれるぞ!」

 首都を囲っている防護壁が再び崩落を始めた。

 予兆を感じたスミレの避難指示もあって多くの人が防護壁から走り去ってゆくが、けが人と彼らを手当てしている人々は足をもつれさせてしまう。中には身を挺してけが人をかばう自衛団員もいるのだが。

 ――……させない!

 スミレは右手を掲げ、そして魔法を発動させた。

「氷よ守れ!」

 そして人々の頭上に展開されたのは、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた氷の糸。それはやはり氷で補強された防護壁、無事な屋敷、地面に張り巡らされ、地面には氷の杭が撃ち込まれている。崩れてきたレンガの破片はすべてこの氷の糸にからめとられ、人々に直撃することはなかった。

 人々は恐る恐る目を開け、そして自分たちの頭上で起こった現象を見上げる。誰もがしばし唖然としていたが、状況が飲み込めると、徐々に口々に助かったと喜んでいた。

 だが、いつまでもそう喜んでばかりもいられない。

「やったわね、スミレ! って、スミレ?」

 エルフリーデがスミレのもとに駆け寄るが、スミレは右手を宙に掲げたまま険しい表情を崩さない。

「お願いエルフリーデ、みんなを避難させて。ちょっと集中力崩すと、あれ一気に崩れる」

「なっ!? わ、分かったわ。通達、全員即時避難! けが人であろうと引きずってでも運び出しなさい!」

 氷の糸は太陽の熱で溶かされて切れてゆく。絡まっていたレンガの破片もそれに伴い落ちてゆく。スミレはそのたびに新しい氷の糸を絡ませて補修してゆくのだが、それだけアークルも消費され、そのたびに神経もすり減らしてしまう。

 エルフリーデの呼びかけとエリックの的確な指示によって、けが人も自衛団員たちも避難してゆく。騎士団のドラゴンに乗ったイレーネが上空から全員の避難を確認したと知らせると、スミレは魔法を解いてその場に座り込んだ。それに伴い、氷の糸も一本また一本と切れてゆき、音を立てて崩れ落ちてゆく。

「今度こそやったわね、スミレ」

「そうだね、エルフリーデ。でもさすがにちょっと疲れたよ」

「そうね。少し休むといいわ。要救助者たちの手当てはだいぶ終わっているから」

「ごめんね。ちょっと、そうさせて……」


 その後。

 北門付近はさらなる崩落を起こす可能性があるとして、エリックが近づくことを禁じた。首都の外側に取り残されたスミレとエルフリーデ、そのほかの都民たちは、大きく迂回して北西の門から都内に入った。北門跡地には自衛団員が集結し、崩落の危険のある防護壁の監視と不審者の監視に務める。

 炊き出しでは煮物屋や果物屋が負傷者のために店と食事を提供し、串焼き屋やパン屋は自衛団員や救助協力者に食事を振る舞う。スミレたちは休憩がてら、リヒトホーフェン領主邸に泊まってゆくと城に宛てた速達の手紙を書いた。

 夜通しで北門跡の瓦礫を撤去し、まだ埋まっていた被災者の遺体を都内の教会へと運び、行方不明者のリストはすべて消された。そして翌朝より北門の調査を行い、防護壁の老朽化もしくは手抜き工事の可能性が示唆され、補強工事計画がスタートした。

 そして、ツァウバー・リッター帰還の時が近づいた。

 北西門前に、スミレたちは集まった。

「リヒトホーフェン卿。あとのことはあなた方でできると判断し、我々は王都に帰還し報告書をまとめます。よろしいですね?」

「はっ。王女殿下らのご助力、心より感謝しております」

「よろしい。最後にふたつ。一:今回保護した奴隷の少年少女たちの身柄を調べなさい。身元が判明した奴隷は一時王都で身元を預かり、その後はこちらの責任で家族のもとに帰します。二:身元不明者は孤児院に入れなさい。今は負担になるかもしれませんが、ゆくゆくはこの都市の民としてあなたの力となるに違いありません」

「仰せのままに」

「よろしい。では困ったことがあったら、また我々ツァウバー・リッターを頼るといいわ。がんばりなさい」

 そしてスミレ、エルフリーデ、イレーネは、ドラゴンに乗って都を後にした。


 帰り道の中、イレーネはエルフリーデに不満を漏らした。

「いいんですか、エルフリーデ様? ボクたち、もっと支援ができたと思うんですけど」

「ええ、できたわ。やってできないことはない。でもどれはどこまで? あれだけの災害だったんですもの、死者の弔いから遺族のケア、重傷者が障害を抱えた際のケア、オンボロ防護壁の補強、あの都市が今回抱えた物はあまりにも多すぎるわ。それを全部面倒見切ってから帰ろうとしたら、その頃にはギムナジウムを卒業しているわよ」

「うぐっ……」

「見なさい。あなたがそんなことを言うものだから、スミレだってあなたと同じ顔をしているじゃない」

「うぇっ!?」

 隣で飛ぶスミレも、ルベライトの手綱をぐっと握りしめて悔しさを押し殺していた。

「そうだよ。できることはたくさんあった。でもだからこそ、わたしたちはエルフリーデに従うの。こういうことをきちんとオンオフできるリーダーがいるからこそ、わたしたちはその瞬間全力で防災と救命に携われる。わたしたちはこの悔しさとずっと戦わなきゃいけないんだ。そしてこんな思いをできるだけ減らすためにも、誰かを助けるだけじゃない、その前に誰かを守る活動が必要なんだよ」

「そう、だね……。申し訳ございません、エルフリーデ様。ボクも、おふたりに追いつけるように頑張りますので」

「そうね、頼りにしてるわ。だから常に前を向きましょう。無いに越したことはない次なる命題が、私たちを待っているのだから」


 そして、スミレは決意を新たにした。

「大丈夫、わたしたちはこれから。……そうだよ! 女の子だって、平和を守れるんだっ!」

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