惨憺たるノイ・エリック

 リヒトホーフェン領首都ノイ・エリック。

 三人と一頭が駆け付けた現場はすさまじいものだった。

 北門があったと思われる場所は跡形もなく崩れ、扉の鉄枠の残骸の上にレンガが散らばっている状態。ノイ・エリックの自衛団や龍騎兵団の団員はもちろん大勢の都民も協力して、瓦礫の撤去や要救助者の手当てに尽力している。

 その中でひときわ目立つ、ひとりの男性がいる。立派なコートをまとい腰に大剣を提げており、立派な髪とひげを蓄えている。数枚の紙を手に持ち、大声で指示を出している。この人物こそ。

「すみません、領主のエリック・ヴァン・リヒトホーフェンさんですね?」

 スミレが問いかけると、その人物は振り返って尋ね返した。

「そうだが、きみは? いや、まさかきみが?」

「はい。王立魔法士団直属特殊機動隊ツァウバー・リッターです。状況をお聞かせください」

 遅れてエルフリーデとイレーネも駆けつける。領主エリックはエルフリーデに一礼したのち答えた。

「報告書にはこうある。事故の少し前、物資を運搬していた荷運びギルドが北門付近で盗賊に襲われた。その戦いで興奮した荷引きの牛が暴れ出し、北門の門扉に激突。門扉は蝶番を引きちぎってそのまま倒れ、蝶番のあたりからほころび始めた防壁も崩れ出してこのありさまだ。この瓦礫の中にはまだ取り残されている者がいると聞くし、飛び散った破片の巻き添えを食った都民も多くいる。行方不明者に関しては、そのリストアップを急がせている」

「分かりました」

「殿下をはじめとしたツァウバー・リッターの諸君、どうか、我が領地の民を救っていただきたい。この通りだ」

「お任せください。行くよ、エルフリーデ、イレーネ!」

 そして、三人は行動を開始した。

 まず、エルフリーデが自衛団員に尋ねる。

「『トリアージ』はできているのかしら」

「はっ、殿下! 自衛団の衛生士に任せてあります」

「結構。重傷重体者を教会礼拝堂や貴族の邸宅へ移送、レベルの高い処置を施しなさい。軽傷者は応急処置の心得がある一般市民に任せなさい」

「はっ、ツァウバー・リッターが発行した第一次応急処置のマニュアルに沿ってすでに行動しております。しかし自宅が平民の血で汚れると負傷者の受け入れを拒む貴ぞ」

「知らないわ。カーペット一枚とひとりの命とどちらが大事なのかしら。拒むようならその者の家の財産をこのエルフリーデが没収すると伝えなさい」

「かしこまりました。……急げ、姫殿下のご命令をいただいた!」

 そしてエルフリーデは、テントを展開したイレーネに言った。

「テント内を消毒、医療物資の準備は抜かりなく。そこは緊急手術室になるわ」

「了解! 準備ができ次第、医者の手配を」

「それは私がやるわ。終わり次第スミレと合流、瓦礫の撤去と要救助者の救助に向かいなさい」

 そしてスミレは、ルベライトともに瓦礫の撤去を手伝っていた。どこに誰が埋まっているかも分からない状況で、懸命に撤去作業をこなしてゆく。そんな中、スミレは思案していた。

「わたしにもっと、こういう時に使える魔法が使えていたら。こういう時に使える道具を錬金術で作れていたら! やっぱりわたしの技術じゃ二十一世紀の日本には届かなかった。せっかく前世の記憶があるってのに、せっかくおじいちゃんから錬金術を習ってたのに、こんな時に役立つものを作れなかったのがこんなに悔しいなんて!」

 悔し涙を流しながら、スミレは懸命にそして愚直に瓦礫の撤去作業を続けてゆく。そしてようやく要救助者の右手を見つけた。希望を抱いて発掘してゆくも、その要救助者の肉体は酷く損傷しており、多くの現場に赴いたスミレを青ざめさせてしまう。

「うぼおぉぅえ!」

 あまりの有り様に嘔吐するスミレ。しかし、それよりも損傷の酷い遺体も数体掘り出されている。スミレが掘り出した死者もまた、トリアージのブラックエリア(死者を意味する)に振り分けられた。

 そんなスミレに、エルフリーデは言った。

「泣くのは帰ってから。今は、あなたのすべきことをしなさい。そのためにここにいるのでしょう?」

「……分かってる。でも、さすがにきついね」

「ええ。きつくない人間なんていないわ。がんばるわよ」

 すると。

「スミレ、ここだ! ここを掘ってくれ!」

「えっ!?」

「早く!」

 エルフリーデとルベライトも駆けつけ、三人一頭で瓦礫を掘り起こす。

 そこには、物資を運搬するために使われる荷車があった。右側の柱がすべて折れて土台と左側の柱と梁が三角形の構造体となり、そこに幌布がかぶさることで瓦礫の侵入が防がれていた。力を分散して強度を高める三角形の構造体は鉄橋や鉄塔の建造には欠かせず、これを『トラス構造』と呼ぶ。

「大丈夫ですか! 生存者はいますか!?」

 イレーネがいち早く掘り出すと、中からは粗末な布にくるまれた少年が答えた。

「無事だよ。誰も死んでないよ」

「よかった! 今助けるからな、待ってろ!」

 エルフリーデはスミレに命じる。

「私とイレーネで掘り出すわ。あなたは手を洗って応急手当の用意を。手すきの自衛団員、そこの樽に水を入れなさい」

 ルベライトに運ばせた荷物の中には、スミレが開発した濾過装置、レギンから教わった消毒薬がある。濾過した水に消毒液を溶かし、それは飲み水とすることもできる。

 荷車の中にいたのは、全員が年端も行かない子供たちだった。それも粗末な白い布にくるまれただけで、全員が手錠を施され鎖でつながれている。

 ――どう見ても奴隷ね。かわいそうに。

 誰もが負傷の度合いが違うが、鎖でつながれているため重傷者を個別に運び出すことができない。子供たちの救助は、大勢の大人の手を借りた。

「エルフリーデ、手当準備完了!」

「みんな、息を合わせて運ぶわよ。いち、にっ、さん!」

 子供たちは救助されると芝生に寝かされ、応急手当の心得がある者が手当てをし、力自慢の男たちが鎖を斧やバールなどで切断してゆく。救助した後は、エルフリーデたち魔法士の資格のある者は『ヒーリング』の魔法で、それ以外の衛生士や応急手当の心得のある者はスミレが用意した道具で応急処置に当たる。誰もが命に係わる傷を負っていなかったため、奴隷の子供たちは手当ののちに貴族の屋敷へと護送される。

 イレーネが言う。

「エルフリーデ様。御者の男は助かりましたが、彼は奴隷商ではありませんでした」

「そう。奴隷商は山賊に襲われてそのままのようね」

「それと、瓦礫の中にアークル反応はありません。全員救助できたか、まだ埋まっていてももうすでに事切れていることでしょう」

「そう。貴方はアークルが見える、だからあの瓦礫の中から子供たちを見つけられたのね?」

「はい」

「分かったわ。通達。自衛団員たちは瓦礫の撤去、望み薄であろうとも要救助者の救助に努め、全員を家族のもとに帰しなさい。我々は救助できた人々を治療しましょう」

 スミレがそこに意見する。

「それと炊き出しも! ケガしている人にはおかゆやうどんのような食べやすいものを。屋台や商店街に協力をお願いして!」

「そうね。炊き出しも準備しなさい」

 そこに、領主エリックも付け加えた。

「費用は俺が負担しよう。協力を申し出た屋台や店舗には協力金として金貨十枚を支払うとも伝えろ。渋らせはせん」


 その時だ。

「えっ? なに、今の……?」

 何を感じたか、スミレの背筋が震える。

「ヤバい……。何かがヤバい……!」

 スミレは作業の手を止めて周囲を見渡す。だが、何が危険なのかまでは把握できない。

「スミレ?」

「どうかしたのか?」

「分からない。今、すごく嫌な感じがしたの。でもそれが何か分からない」

 すると、ルベライトがスミレの右腕を強く噛んで引っ張る。まるで「ここから逃げろ」と言っているかのように。

「ルベライトにも分かるんだね? みんなここから逃げて! 何か大きな危険が来る!」

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