スミレの告白
年度末、七月二十三日。
レギン工房改めスミレのラボ。
おそろしの森からラボに続く道は整備されていた。多少の土を盛り固め、柵を作り、道案内の看板も立っていた。
エルフリーデとイレーネが訪れると、ちょうどスミレが洗濯物を干しているところだった。
「お邪魔するわ」
「やあ、スミレ」
「いらっしゃい、ふたりとも!」
スミレは手早く洗濯物をハンガーにかけ、急いで『自家製オレンジティー』とお茶菓子の支度をする。
屋敷内に案内されたエルフリーデたちは、ラボの中を見渡す。中には魔法や魔術、錬金術、占星術に関する材料や道具のほか、見たこともない道具や工具、材料、機械類や小物が多くある。そしてその中には、イオンの風を生み出す靴アイビスもあるのだが。
「スミレ、ワークベンチにあるそれは何かしら?」
「ああ、それ? 消火道具の試作品。商工会を通してこの使い方とかをあちこちでプレゼンして技術を広めて量産してもらうの」
「スミレが直接売り込まないの? 全部商工会任せでは、あなたの手元にはそれ程残らないのではないかしら」
「わたしの目的は防災の知恵と手段を広めることだから。この国は防災対策がなってなさすぎる。それでガルテンに通ってるわたしが利益優先のことしてみてよ。次に何かの災害が起こった時、誰も対処できなくなる」
「あなた『商売っ気がない』ってレベルではないわよ? その程度の稼ぎでちゃんと食べていけるんでしょうね」
「大丈夫、ギムナジウムに通って研究を続けるくらいはちゃんと稼ぐから。そこはちゃんと商工会とかゲレティヒカイトさんにもお願いしてる」
「そう、それならいいわ」
スミレが新しい消火道具と言ったものは、どう見ても武器であった。それはマスケット銃のようだが明らかに
「バレル重っ……。これ、ちゃんと狙撃できるの?」
「武器じゃないからね。座って? うーん、軽量化が必要かぁ」
スミレは人数分のオレンジティーと茶菓子を出し、自らも座って口にした。
「それは消火器と消火剤。魔術式を刻み込んだ銃弾の中におじいちゃん特製消火剤の奪熱砂を詰めて、それを鉄砲で発射するの。もうそのための設計図は特許を取ったから、あとはプレゼン、量産、販売! ……を、商工会に丸投げっと」
「マジ!? ちょっと試してみてもいいかな?」
「いいよ、あとでね。その他にも、わたしたちの司令塔のエルフリーデのためにあれも作ってみたんだ。ホイッスル、手旗信号、照明弾、そのほか無声指令に必要なツール一式を詰め込んだガジェットホルダー! 使い勝手はあとで教えてね。それからそれから……」
オレンジティーを飲みながら、壁一面にかけられた各種防災ガジェットを解説してゆく。そのガジェットにイレーネは心躍らされるが、エルフリーデはその使い道、完成度、デザイン、そしてスミレの発想力にただただ唖然となる。
そして、エルフリーデはスミレに尋ねた。
「……ねえ、スミレ」
「何?」
「あなたはどうしてここまでできるの? そしてあなたは何者なの? 防災や救命に対して尋常ではない熱意を燃やし、それを行動にできる。そしてこれまで誰も考えたことのない、前衛的で非常識な用途やデザイン。そしてどの道具も、まだ起こっていない災害を想定して作られている。それをまるで予見、いいえ、実際に未来を見てそれに対処しているとしか思えない。……改めて尋ねるわ、スミレ。あなたは、どうしてここまでできるの?」
「あっ……?」
エルフリーデのその言葉に、イレーネは「確かに」とうなずき、スミレも言葉に詰まった。だが不思議なことに、スミレは「隠していたことがばれた」と言った気まずい表情は全くしていない。
「そして私は突拍子もないことを考えている。あなたは女神ユースティティアが地上にもたらした使徒、あるいは女神ユースティティアの化身ではないかと」
「うぇっ? そ、そうだなぁ~……。でもまあ、わたしが女神ってことはないよ。使徒だったらあるかもね」
「どう言うこと?」
「じゃあいい機会だから話すよ、別に絶対的な秘密ってわけじゃないから。でもあまり騒がれたくないから、ゆるめの内緒でお願いね」
「ええ、分かったわ。イレーネもいいかしら?」
「もちろんですエルフリーデ様。安心してくれ、スミレ。ボクは口が固いほうだ」
神妙な面持ちになるエルフリーデとイレーネ。
そして、スミレは話した。
「……わたしには前世の記憶があるんだ」
「えっ?」
「前世?」
驚くエルフリーデたちの言葉にうなずき、スミレは続ける。
「前の世界でのわたしの名前は対島菫、日本って言う国に住んでいた、黒髪黒目の賢人種の女の子だった。十歳の時の夏に川に作られた防災設備で事故に遭って、右手と呼吸の自由をなくして、事故から一年後に発作を起こして……、死んでるんだ」
スミレが口にした衝撃的な出来事に、当然ながらエルフリーデもイレーネも驚愕を禁じ得ない。
それでも、スミレは続ける。
「そのあとわたしは、こっちの世界で生まれ変わった。小さい頃のことはちょっと省くけど、親なしだったわたしを賢者レギンって呼ばれたおじいちゃんが育ててくれて、おじいちゃんのおかげで今日まで生きてきた。わたしの考えが前衛的とか非常識とかだったりするのは、前世の記憶や、もの作りが大好きな幼馴染のお兄さんのせいだったりするんじゃないかな?」
「そう……。あなたに、そんな過去が……。まだ少し信じられないけれど、スミレが嘘を言っているようには思えないわ。作り話にしてはリアリティーがありすぎるもの。だったら、防災活動に力を入れているのもやっぱり前世のスミレの死因に関係が?」
「うん。わたしが防災活動をしているのは、人の命を守るのはもちろん、人の命を守るはずのシステムでも人が死ぬようなことになってほしくないから。わたし自身がそうだったようにね」
そしてスミレは、自らが開発したマスケット型消火器を手にし、その引き金に指をかけた。
「わたしがいた世界、日本って言う国が災害大国で、ほかのどの国よりも防災に関する知恵や技術が発達してたと思う。学舎と同じ役割の学校って言う施設では、子供のうちから避難訓練や消火器の使い方だって勉強してた。わたしはこの世界で、せめてわたしができる防災、そして救命活動がしたいんだ。日本と同じにならなくていい。ただ、わたしが大切にしたい誰かを助けるお手伝いができるなら、わたしにできることを全部やっていきたいんだ。それがわたしの目指す、『防災と救命の魔法士団ツァウバー・リッター』なんだよ」
引き金を引き、撃鉄が振り下ろされる。
アークル爆発仕掛けで繰り出された銃弾は鍛造用の炉(レギンの死後はキッチンとして使っている)に命中し、銀色の砂が舞い上がる。それは炉内の炎を消し、熱を奪う。消火剤としての効果が強すぎるのか、消火にとどまらず炉に霜が降りてしまった。
スミレの壮絶な過去、そこから語られる強い決意に、自身も父を水害で亡くしているイレーネが言う。
「……何だよそれ。その話が本当だとしたら、ボクなんかよりもスミレの過去の方がヤバすぎるだろ。覚悟からして違いすぎるじゃんか」
「そんなことないよ。過去に何を背負ってるかで自分と誰かを比較しちゃダメ。イレーネにはイレーネにしか分からない悲しさを背負ってる。だから、そんな風に言わないでくれないかな? イレーネ自身のためにも」
「………… ……分かった。今さっきの言葉は撤回するよ」
「気遣いが過ぎるってば。そうだねえ、思い返せば、わたしが前の世界で死んだのが小学五年生、ギムナジウムで言えば一年生だよ。そして今、わたしは死んだ時の前の自分よりもちょっとだけ長く生きた。今を新しいスタートラインにして、まだまだ生きて、生きていることを全力で楽しもうと思う。次に死んだ時に後悔したくないからね」
すると、屋敷の外につながれていたルベライトが一度吠えた。
「えっ? どうしたの、ルベライト?」
スミレたちが外に出てルベライトの視線の先を追うと、そこには騎士団の兵士を乗せたグローリアスドラゴンが飛んでいた。どうやらラボの前に着地したいようで、その進入角度を伺っている。
「ルベライト、念のため警戒して」
「クゥゥゥゥゥ」
スミレはルベライトの
一方のドラゴンは、進入角度を見つけると迷いなく降り立った。そして兵士は鞍から飛び降りるなり、一直線にエルフリーデのもとに駆け寄ってきた。
「緊急事態! 殿下、ツァウバー・リッターの出動要請です! 王都より南南西、リヒトホーフェン伯爵領、首都北門にて防壁崩落事故発生! 火災はないものの崩落規模は甚大で行方不明者あり! ついてはツァウバー・リッターにもご助力を求める次第であります! 殿下、何とぞ!」
「分かったわ。イレーネ! スミレ!」
エルフリーデの言葉を受け、ふたりは強くうなずいた。
「応急手当て用のカバンとテントをルベライトに持たせて、ふたりは兵士さんのドラゴンを借りて。エルフリーデは道案内お願いね」
「分かったわ。いいわね、イレーネ」
「もちろんです! やっとボクだって魔法士三級まで昇級したんだ、底力見せてやる!」
「では急ぎましょう。これよりツァウバー・リッター」
三人はうなずき、声を合わせる。
「出動!」
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