仲間ができた日

 そんなことが半年続いたころの、ある日の晩。

 エルフリーデの部屋のドアがノックされる。

「どなた?」

「お世話役のイレーネです」

「どうぞ」

「失礼いたします」

 エルフリーデの部屋に入ってきた人物は、紅茶のカップとポットを乗せた台車を引く少女。赤い髪と浅黒い肌は魔人の特徴である。年齢はエルフリーデと同じだが、発育はよく背丈もエルフリーデの拳ひとつ分は高い。そして何より、メイドドレスではなく執事用スーツ(未成年用の七分丈キュロット)をまとっている。

「しかしあなたもその服装好きね。もうちょっとおしゃれしたらきっと可愛いのに」

「いいえ、ボクはそんな、可愛いなんて言葉とは絶対に縁遠いですよ。ボクは兄弟の末っ子で、兄はいても姉はいなくて、ガサツに育った挙句お城での仕事も細かいところが見えてないせいでよく叱られますし」

「そんなものはただの理由」

「えっ?」

「いいえ、親しき友がそう言っていたのを思い出しただけですわ。さ、一緒に紅茶をいただきましょう」

「では、失礼いたします」

 イレーネはひとつ目のポットでカップを温めて不要なお湯をカートに積んだシュートの中に捨て、ふたつ目のポットから紅茶を注ぐ。手つきは決して上品とは言えないが、主人のために紅茶を出そうとするイレーネを、エルフリーデはいとおしそうに見ていた。

「ありがとう。貴方はいつもの?」

「はい。タンブラーにコーヒーを」

「またいつもの安い豆?」

「仕送りのため、あまり贅沢はできませんから」

 カートには折り畳みの椅子も積んであり、イレーネはエルフリーデに紅茶を差し出すと椅子を広げて座った。

 向かい合って紅茶とコーヒーをすするのが、毎晩のふたりの決まり。一緒に飲み物を口にして香りと味を味わい、ひと息ついたところで雑談が始まる。

 だが今回は、イレーネのほうから切り出した。

「あの、エルフリーデ様。お伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「え? ええ、いいわよ」

「では。近頃エルフリーデ様がガルテンのご学友となさっている活動。あれはどのようなものなのですか?」

「そうね。ひと言で言えば、それは国民を守る仕事よ。同時に国民にその術を伝授し周知徹底させ、朝野一丸となって取り組むべきことと考えているわ」

「朝野一丸……。詳しくお伺いしても?」

「ええ。でも半年も前の記憶になるから、私も少し整理しながら話させてもらうわね。ビスケットはあるかしら」

「ございます。マシュマロとアルコールランプもありますので、あぶったマシュマロをはさんで食べてみてはいかがでしょう、おいしいですよ」

 そして、ビスケットと飲み物をつまみながらエルフリーデは過去を振り返る。

 昨年のある日、スミレは唐突にレギンの仕事をこのまま継ぐのではなく防災に関する活動をしたいと言い出した。ガルテンの先生の勧めもあって魔法士の資格を取得し、国王シュヴァルツの理解と王都倉庫街の火災の鎮火の実績もあり、防災の魔法士の活動が始まった。火災現場に同行したエルフリーデはただ親友のしたいことを手伝いたいだけではなく、目の当たりにした恐怖から国民を守らなければという意思も抱くようになった。

 また、防災に限らず各自治体で起こった出来事(それには事故や犯罪も含む)はその自治体で対応するのがこれまでの常識だった。それをスミレは変えようとし、シュヴァルツに意見具申している。シュヴァルツら王朝や貴族たちが国民の声を拾う努力をし、王立魔法士団及び龍騎兵団が各地区の自衛団と協力体制を築くことが、朝野一丸の始まりだとエルフリーデは考えている。

 そこまで聞いて、イレーネはエルフリーデに尋ねた。

「エルフリーデ様。あなたはスミレさんの初出動に赴き、食料庫の爆発で恐怖を感じたとおっしゃいました。それでもなお国民を守るべくスミレさんの防災活動を支えたいとおっしゃるのは素晴らしいことです。しかし、この先いかなる危険がエルフリーデ様を襲うか、ボクには想像できかねます。それでも続けるとおっしゃるのですか?」

「もちろんよ。この誇り高きシュトルムラント王朝第一王女に二言はないわ」

「いやいや、二言はないとか男前すぎませんか」

「あなたも結構ボーイッシュじゃない」

「こりゃ兄貴どものせいです!」

「そうだったわね。そう言えば、あなたのご家族はお元気かしら?」

「長男からは、たまに手紙で。ほら、ボクって親に奉公に出されてここにいるじゃないですか。父が死んで我が家は破綻寸前、家を守るためにはこんなガサツでも唯一の女の子のボクを奉公に出すしかなかったって言うか。で、少しでもいいところで働けるようにって勉強を教えてくれてこのお城を紹介してくれたのも長兄のヴァンなんですよ」

「そうだったわね。こうしてお話ができること、お兄様に感謝しなければならないわね」

「兄に代わってお礼を申し上げます」

 イレーネはアルコールランプでマシュマロを焼き、何枚かのサンドビスケットを並べる。そしてまた、エルフリーデと一緒に味わう。

 すると、今度はエルフリーデがイレーネに尋ねた。

「ところでそんな質問をしてくるとはどういうことかしら。やはりあなたも、私のしていることが危険だから心配で、だからやめさせたいと?」

「半分は興味、半分はおっしゃる通りです。ですがエルフリーデ様の決意を聞いて、もうやめてほしいとかは申しません。それと興味と言うか何と言うか、もしお許し頂けるなら、ボクも防災の魔法士になりたいと思うんです」

「そう。あなたのお父様の死因は確か」

「……はい。二年前の大雨で」


 さかのぼること二年前。

 稀に見る大水害が発生した。

 王都全域に張り巡らされた生活用水路及び城壁外堀の水の水は王都付近の『メギド川』から引かれてあり、突如現れた巨大な雨雲は王都のみならずメギド川上流でも大雨を降らせた。

 結果、川は増水し、それに伴い王都用水路にもすさまじい勢いで濁流が流れ込んできた。水路の水傘は増し、小屋の水車や渡し船などは流され、それによって水路上に渡された橋は薙ぎ払われ、至る所で交通網が遮断された。

 そしてその日、イレーネの父ファルケン・バスティアンは城での会議に次ぐ晩餐会から帰ろうとし、同僚に身を案じられるも「馬車で帰るから何とかなるだろう」と言って帰ってしまった。しかしその日ファルケンがバスティアン邸に帰ることはなく、後日用水路の中から発見された。それも、体がロープや瓦礫などに絡まった状態で。

 その後、主を失ったバスティアン家は一家を維持することもままならなくなった。

 ところで、バスティアン家は騎士爵家(戦士ではなく貴族)であるが、二百にも満たない小さな集落と未開拓地を持つ領地を有する程度の貧乏貴族であった。しかし子供たちもまだ若く幼く、長兄ヴァンを領主にした直後は領土統治があまりうまくいかず、それどころかそこにつけ込む他の貴族の詐欺にも多少あった。ファルケンの親友キハーノが支援と防衛に駆け付けたからまだ領地を侵略されずに済んだものの金銭的被害は大きく、結果ヴァンを除く弟たちを出稼ぎに出し、唯一の女性だったイレーネは字と文法と算術を叩きこまれた上で城に奉公に出されることとなった。


 エルフリーデはティーカップを置き、指を唇に添えて思案した。

 ――スミレが何を見てきて何を思ってここまで活動に取り組んでいるかは分からない。けれどイレーネには、父親を水害で失ったという明確な理由がある。生半可な気持ちで私たちの活動に参加したいと言っているわけではないことは明らか。ならば、イレーネにはそれ相応の行動を示してもらう必要があるわね。

 ひとつうなずいて、エルフリーデはイレーネに言った。

「知っての通り、私とスミレは魔法士としての資格を有し、戦争や国家防衛とは異なる分野でではありますが、一応は魔法士として活動しています。よって、我々の同志となるためには魔法士の資格をあなたにも取ってもらいます。よろしくて?」

「はい、もちろん! お許しいただくために、魔法や魔術の勉強もしていました。魔法は苦手ですけど魔術であれば、基本的な『エレメンタルクラフト』なら使えます」

「よろしい。では明日、スミレにも伝えておきましょう」

「ありがとうございます、エルフリーデ様!」

 こうして、エルフリーデの世話役イレーネの入団が決定した。

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