初出動!
「スミレ、それは何なの?」
「これはね、『イオンリパルサー』、つまりイオンの風を生み出す装置なんだ。電気の知恵とおじいちゃんの魔術と錬金術を合わせたらできちゃった。もう何って言うか、ビビッドガールズって言うかアイアンヒーローって言うか?」
「ええ、まったく分からないわ!」
「今はそれでいいよ。って、うわっ!?」
ちょうど城壁を超えて燃え盛る自衛団武器庫が見えてきたところで、大爆発が起こった。爆音に続いて衝撃がふたりを襲い、更に爆風がスミレとルベライトを高く舞い上げる。
エルフリーデは叫ぶ。
「あれは食料庫よ! スミレが言っていた、小麦粉を多く保管してある場所! あれが粉塵爆発なの!? ……って!」
ようやく目を開けられたエルフリーデ。
その目に映るのは、爆風によって薙ぎ払われた周辺施設、宙を舞う瓦礫、赤黒い入道雲のような煙。そして瓦礫が離れた場所にある建物に降り注いで更なる被害をもたらしてゆく。その有様はまさに悪夢。まだ十一歳のエルフリーデに恐怖を与えるには充分すぎた。
「ウソ、よね……?」
あまりの出来事に愕然とするエルフリーデに、スミレは答える。
「そう、見覚えのある粉塵爆発そのものだよ。でも今の程度で済んだのはよかった。わたし、テレビ……、ううん、ずっと前に地区ひとつ消し飛ばしてしまうレベルの爆発を見たことがあるから」
「そんな、これでまだマシな方だって言うの!? でっ、でもまだ燃えていない小麦粉もあるかもしれないわ。うかつに近づくのは危険よ!」
「オーライ。だったら、一気に火の元から消しちゃえばいいんだよ。待ってて!」
「スミレ!?」
するとスミレはイオンリパルサーを最大出力にして空高く舞い上がる。
スミレには考えがあった。
――この世界には消火剤なんてなければ、水を撒くためのヘリコプターもない。でも、このままあれだけの火災を野放しにしていたら地区一帯が燃えちゃう。それに火災の恐ろしいのは、飛び散った火の粉がよその地区まで燃え広がってしまうこと。そうなる前に、一気に消火する!
辿り着いたのは、雲の中。
視界ほぼゼロの状態で、スミレは右手を掲げて魔法を発動させた。
――魔法は、自然とアークルの流れを感じ取って強く願うことで発動する。わたしの願い、火を消すための手段。この雲を、一か所に集める!
スミレが掲げる右手には、ガントレットに埋め込まれた青い宝石が輝く。
――鐘吾くん。鐘吾くんがくれた『希望の右手』、わたしはこっちの世界でも役立ててみせるよ。今のわたしにはちゃんと右手はあるけれど、わたしの決意の形として!
イオンリパルサーに続く、この魔法のアイテムの名を。
「『アガートラーム』、セーフティー解除!」
すると、スミレの願いは魔法となって表れた。
「スミレ、何をする気なの!?」
地上から上空を見れば、雲が渦巻き始めたのが確認できる。その雲は次第にスミレが上昇したあたりに吸い込まれ、そして城下町上空にある雲はすべて消え去ってしまった。
右手の先に浮かぶのは、スミレ自身を自信を大きくしのぐ水の球体。
スミレは、雲を水へと変化させてしまったのだ。
「行っちゃえーっ!」
スミレは右手を振り下ろす。
巨大な水の球体はうなりをあげて急速落下してゆく。
その先では、ルベライトに乗るエルフリーデや城下町の町民たちが唖然としていた。
「……ウソ、でしょ?」
なお燃え続ける糧庫群。
止まることのない爆発。
そんな地上に迫る水の塊。
そして、第二の魔法が発動する。
「はじけちゃえ!」
スミレがぐっと握り拳を作った瞬間、エルフリーデの目の前に迫った水の塊ははじけ飛び、それは雨となって食料庫に降り注ぐ。
雨は燃え盛る倉庫群一帯に降り注ぎ、急速に火の勢いを弱めてゆく。炎は次第に煙となり、その煙も勢いを失う。雨が終わるころにはすべての火が消えところどころで弱い煙が立ち上る程度となった。
それは火災の規模からは考えられない、消火までの一瞬の出来事。
火は消え、これ以上の被害は生まれない。人々はやっと理解する。ある者は安堵して崩れ落ち、ある者は隣人と抱き合って喜びを分かち合う。
だが、これで終わりではなかった。
地上に舞い降りたスミレは、町の人々に呼び掛ける。
「皆さん、まだ食糧庫に近寄ったらダメです。火事のせいで建物の柱や壁がもろくなっています。解体するか補強するかを決めて、その業者さんに来てもらってください」
そこに、自衛団のジャケットをまとった紳士がスミレに言った。
「お嬢さん。先ほど火を消し止めてくれたのはきみかね。名前をお伺いしても?」
「えっと、はい。スミレ・フライハイト・パールインゼルです。一応、三級魔法士です」
「そうか。心から感謝する、
「えへへ。照れくさいので、スミレでいいです」
「そうか。ではスミレ、吾輩は自衛団西方本部長ゲオルグ・カールと申す。しかしきみは何者なんだ? あれだけの量の水を意のままに操ることは無論、身ひとつで空を飛ぶ魔法や魔術など見たことも聞いたこともない。ああいや、一応吾輩も魔法士としての資格は持っているのだよ」
「それは、わたしが賢者レギンの養女で、精霊種だからと言うことではだめでしょうか?」
「なんと!? あの賢者様のご親族であらせられたとは。どうか無礼をお許しいただきたい」
「いえ、そんな!」
すると、地上に戻ってきたルベライトから飛び降りたエルフリーデもつかみかかるようにしてスミレに尋ねた。
「そうよ! 本当にあり得ないわ、あんな魔法! どういうことか説明しなさい!」
「えへへ。あれはアークルが多ければ多いほどいいってものじゃないんだよ。だって雲の中には、って言うか雲そのものが、はぅ……?」
その時、スミレはその身に異変を起こした。
「ちょっと待って。苦しい。眩暈がする。力、抜けてく……」
スミレの目はうつろになり、息が浅くなり、その場で両ひざをついたと思ったら頭から地面に臥せてしまう。ルベライトも駆けつけてスミレをなめたりつついたりして心配するが、エルフリーデはこの状況を冷静に見極めた。
「まさか高山病!? あるいは気圧急変のショック!? 誰か! 誰か今すぐスミレを町医者に連れて行って!」
そこに、国王シュヴァルツの勅令を受けて駆け付けた魔法士のうちのひとりがエルフリーデに言う。
「であれば自分が。町医者を探すよりも城の医務室で診ていただきましょう」
「お願いするわ。ルベライト、一緒に行きましょう!」
ルベライトはひとつ吼えるとスミレを背に乗せ、魔法士の案内で城へと向かった。
シュトルムラント城。
同、医務室。
衛生士フランツ・クライゼンの処置によってスミレの容体は安定し、毛布を掛けられて眠っている。
「よかったわ、スミレ。よくやってくれたわ、フランツ」
「もったいなきお言葉。エルフリーデ様の大切なご友人とあれば、この命に変えましても」
そこに、スミレとエルフリーデの帰還の知らせを聞いたシュヴァルツとクラーラが駆け込んできた。はじめは慌てふためいていたが、フランツの「アークルを消費しすぎて疲れただけ」と言うとっさの機転でふたりは胸をなでおろした。
だが、クラーラは怒り心頭だった。
「エルフリーデ、あなた一体何を考えているの! 許してもいないのに火災現場に赴くばかりか、まさか城を言葉通り『飛び出す』だなんて!」
「私の考えはすでに申し上げた通りですわ。そしてこの考えを曲げる機など毛頭ありません。そして安心していただきたいとも申し上げたはず。私はスミレの指令役としてスミレを後押ししたいのです」
「詭弁を!」
「それに!」
平手打ちをしようとするクラーラの右手を、エルフリーデは学舎で鍛え上げた手さばきで阻止した。
「確かに、私はあの場で尋常ならざる恐怖を覚えました。あの時、ようやくお母様が言っていたことが理解できました」
「ならばなおさら!」
「そう、なおさら私はスミレを支えなければならないと思ったのです。あの恐怖はもう忘れられない。知ってしまったからには立ち向かわなければならない。あれだけの恐怖から、それでもスミレが『あの程度』と言い放ったレベルの火災から目を背けるようであれば、親愛なる国民は誰ひとりとして守れないのです!」
「くっ……! そんなもの! そんなもの、自衛団や龍騎兵団に任せておけばよいでしょう! わざわざエルフリーデがするようなことでは」
だが。
「もうやめよう、クラーラ」
「あなた!?」
クラーラの肩に手を乗せたシュヴァルツが、首を振って言った。
「我々の負けだ。ここはおとなしく引き下がろうではないか」
「あなた何を言っているの!?」
「エルフリーデももう立派な王女として、そして魔法士として成長したと言っているのだ」
そしてシュヴァルツはエルフリーデの前でかがみ、彼女の髪をやさしくなでた。
「いいだろう。その信念が本物であるならば、とことんやりなさい。だが、途中で投げ出すことのないように。危険に飛び込むことのないように。王女として恥じない振る舞いを心掛けるように。その三つは何があっても守ってもらう。いいね?」
「もちろんですわ、お父様」
こうして、エルフリーデが防災の魔法士として活動することが国王にして父であるシュヴァルツによって許された。
そしてクラーラの説得には、三日三晩もかかった。
スミレの初出動を皮切りに、ふたりは様々な活動を始めた。
平日はガルテンが終わった後、城や自衛団の資料室で災害記録をあさったり、実際に町の人々に過去に起こった災害について聞いて回ったりする。そして集めた資料で、どんな災害には何が必要か、どんな案件であれば自分たちが関わることができ、関わることができないかを選別する。関われない案件は、騎士団や魔法士団、各町の自衛団に意見書として提出する。
休日は、スミレだけで他の町まで同じような調査をしに向かう。しかしルベライトに乗って一泊二日のキャンプをしながら調査しようとしても、その距離には限界がある。そこでスミレは国王シュヴァルツに災害調査員を派遣できないかと相談したが、実績の低さを理由に渋られた(さすがに門前払いではなかったが)。そこでスミレが取った行動は、キャンプ・調査道具のほかに勉強道具も積み、一週間のガルテン休学届を出して川沿いに位置する街だけを選んでそこに調査に行くという方法だった。
そんなことが半年続いたころの、ある日の晩。
エルフリーデの部屋のドアがノックされる。
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