こーしょー会って、どゆこと?
季節は春の中頃。
スミレ、エルフリーデ、ともに十一歳、
シュトルムラント王城、国王シュヴァルツの書斎。
シュヴァルツとクラーラ、スミレとエルフリーデが向かい合っていた。そしてスミレは、これから自分たちがしようとしていることを話した。
「……と言う計画を立てています。これならエルフリーデが現場に赴くことも、たとえ赴いても後方からの司令塔として活躍してもらうこともできます。それに、わたしもエルフリーデも立派な魔法士です。このチームを、魔法士団直属の独立チームとしてはもらえないでしょうか」
「どうでしょう、お父様、お母様?」
シュヴァルツは困った顔をしてクラーラを見やるが、クラーラは考える間もなく反対した。
「危険なことに首を突っ込むことはしないからと魔法士の資格を取ることを許したのに、それは裏切り、約束破りではなくて? あなたにはこの国を治めるべき次代国王と結婚する重責があるのよ。それを、子供のごっこ遊びで」
「お母様、そんなつもりは!」
「お黙りなさい。あなたはいつもそう。つまらないからと勉強は放ったらかし、ガルテンではたとえいじめっ子だとしても上級生すらコテンパンに叩きのめすとか。あなたに第一王女としての自覚はあるの? ないでしょう」
「まあまあクラーラ。少し落ち着きなさ」
「あなたは黙ってて!」
「おうっふ……」
国王とて、家族の前では肩身の狭い父親だった。
だが、スミレが反論する。
「いいえ。これはエルフリーデが将来の王妃になるか女王になるか、どっちにしても重要なことだとわたしは思っています。何より、この国民のひとりであるわたしがそれを希望します」
「どういうことなの?」
「まず、わたしの育ての親であるレギンに聞いたことがあります。城の人間は国民の生活を何ひとつ分かっていない。国防と発展のために軍を動かせばいいのか、国益のために貿易と国交について考えていればいいのか。わしは魔法士団を退役してようやく誠に見るべきを見ていなかったことに気づいたよ。そう言って、わたしに貴族の暮らしと庶民の暮らし、城下町以外の地区の人たちの暮らし、そして城で働く給仕人や龍騎兵団、魔法士団の仕事とその人たちの暮らしぶりを見せてくれて、最後にわたしがエルフリーデと友達になれたころにお城を案内してくれました」
「えっ? では私は、スミレが見聞を広めるために賢者様が近づかせたということですの? 私はただのツールだったわけなの?」
「わたしはそんな風に思ってないよ。それに、わたしに友達を作ってほしいっていうおじいちゃんなりの親心だったんじゃないかな」
「そっ、そうだったのね……。ごめんなさいね」
「つまり、お城の人たちが国の防衛と貿易に力を注いでいる間、それを支えているはずの国民の声を聞いていないということにあります。まあ確かに、わたしにはおじいちゃんがいますし、おじいちゃんみたいに顔パスでお城に自由に行き来できる人でもない限り、一般人が王様とお話ができるわけもないですよね。って言うか、不審者扱いされて兵士さんに門前払いされるのがオチです。つまりはその状況をどうにかするために、エルフリーデには城の外でたくさんのことを見聞きしてもらって、それを城に持って帰って次の王様の知恵袋にしてもらいたいのです」
その言葉に、シュヴァルツは「成る程」とうなずく。
「次に、わたしたちがしようとしていること、つまり防災救命活動は、人の命を守ることにあります。人の命を脅かすのは戦争だけじゃないです。自然災害、突発的な事故、うっかりミスの人災、そして犯罪。でもこれに対する対策が全然できていないです。今すぐ起こらないとも限らない戦争ですけど、それに備えて防衛力を高めておくより、今困っている人の力になるのが重要だと思います。でも前に城下町の人に聞いたら、それは各自治体で対応すべきことだって平然と返されました。わたしは、それだけは絶対に間違っていると思うんです。王様や政治家は、自分たちに税金を納めてくれる人々を、戦争以外の災厄からも守る必要があるんじゃないでしょうか」
「『セイジカ』が何かは知らぬが、確かにそうだ。我々王族や貴族、政府は、国家と国民を守るためにある。そして我々は国民の血税によって支えられてきた。盲点だったよ。国民の声が聞こえていなかったのではない、無関心だったのかも知れぬな」
そううなずくシュヴァルツだが、クラーラはフンと鼻を鳴らした。
「それと、エルフリーデが魔法士の活動をするのとは話が別です!」
「まあ落ち着きなさい、クラーラ。……ん」
シュヴァルツは目配せひとつでコーヒーのお代わりを給仕人の女性に求め、それを静かにすする。静かにため息をついたところで、スミレに答えた。
「しかし、スミレ・パールインゼル。王族がそう簡単に近しからぬ者との接触をせず、たとえ城の外に出ることがあっても護衛をつけることの意味は知っているかね?」
「それもおじいちゃんから聞きました。反乱を起こし国を乗っ取ろうとする人から、王朝、政府や政権、国家機密、国民、法律と人権、そして国そのものを守ることです」
「然様。そこまで分かっていてなお、我が娘を防災活動に登用しようというのだな?」
「そうです。それにそれは、エルフリーデが自分から、強く望んでくれたことですから」
「よかろう。きみの意見はもっともであり、これからは一層国民の声を拾う努力をしよう。エルフリーデが防災活動に参加することの是非はそう簡単には出せぬが、スミレが防災活動に尽力すると言うことであれば、城を挙げて助力することを誓おう」
「ありがとうございます、陛下! すでにガルテンと魔法士団とは話がついていますし、今からでも活動できます!」
「よかろう。して、活動拠点はレギン工房と言うことでよろしいかな?」
「いいえ、魔法士団屯所のすみっこをお借りすることになっています。工房はおじいちゃんのこれまでの仕事を一部引き継ぎつつ、防災関連のグッズ研究、開発、販売のラボにしたいと思います。前団長のゲレティヒカイトさんにお願いして『こーしょー会』の許可も取ってありますから」
「こーしょー会? ああ、『商工会』のことかね」
「はぅっ!?」
まさかの言い間違えに、スミレの白い肌が一瞬にして赤くなる。これにはクラーラは絶句し、エルフリーデは背中を震わせついには失笑してしまう。
「そっ、そうです商工会!」
「まあよかろう。きみの強い意志は汲み取ったし、きみは大恩あるレギン殿の養女と言うこともある。それにこの企画書もなかなか練りこまれているようだし、きみの活動が軌道に乗ればエルフリーデを預けることも前向きに考えんでもない。無論、今すぐの確約はできんがな」
「ありがとうございます!」
スミレは身を乗り出すようにして謝意を言葉にする。
だが、クラーラだけは相変わらず。
「わたくしは反対よ、シュヴァルツ! 将来国を背負い立つものが、そんな危険なことを」
「まあまあクラーラ。お前が娘たちを大切に思う気持ちは分かるし、エルフリーデの自由を許し続ければ王族として示しがつかんことくらい分かっておる。だがな」
ぬるくなって湯気も立たなくなったコーヒーを口にし、ふっと微笑んでシュヴァルツはスミレに言った。
「心から信じられる親愛なる友は、生涯において得難きもの。だから信じようではないか。あのレギン殿がここまで立派に育てたスミレに」
その時だった。
「陛下! 国王陛下!」
書斎の扉を乱暴に開け放ち、ひとりの兵士が飛び込んできた。
「何じゃ、騒々しい」
「お叱りは後で! 王都西街道、城門付近で爆発を伴う火災発生! 『自衛団西方本部』屯所の武器庫と思われます! あの辺りは倉庫が密集しており、火が回れば備蓄品の大量焼失が予想されます!」
「何じゃと!? 自衛団は何をしておる!?」
「消火活動に努めておりますが火の回りが早く、騎士団と魔法士団の即時派遣を要請しております!」
「よかろう。このシュヴァルツが許可する!」
そこに、スミレが兵士に尋ねた。
「すみません兵士さん。そこに食糧庫、特に小麦粉やそば粉などを保管している倉庫はありますか?」
「ああ、あると思う。しかしどうして粉類に限定するんだい?」
「まずい……! 陛下、わたし行かなきゃ!」
「えっ?」
「起こるかもしれないんです。……『粉塵爆発』が!」
そしてスミレは立ち上がり、書斎を出て廊下を駆け出した。
「スミレ! んぅぅ、ああもう! 私も行くわ!」
「おやめなさい、エルフリーデ!」
「大丈夫です、お母様。今の私では何の役にも立ちません。ですから遠く離れた場所で見守るだけです。何者にも変え得ない、私の親友を!」
そしてスミレとエルフリーデは、城のテラスまで駆けだしてきた。
「ルベライト!」
スミレは口笛でルベライトを呼び、エルフリーデとともに手すりに足をかけて高々と飛び上がった。これには城の給仕人たちも唖然とし、しばし思考が停止していた。
「って、エルフリーデ様!?」
だが、ふたりは無暗に格好をつけたのではない。
スミレは叫ぶ。
「アークルコンバート! 『アイビス』起動!」
多くの人が戦慄する中、スミレは靴が生み出す風で、エルフリーデは駆け付けたルベライトの背に乗って空を翔ける。
「いっ、今の、姫様だよな……?」
「精霊の女の子は翼もないのに空を飛んだぞ!?」
「さすが魔法士と言うべきか……? いやゲレティヒカイトさんだって飛べねえよ!」
「だとしたら、スミレちゃんってすごい天才なんじゃない?」
多くの人が騒然となる中、ふたりは煙の上がる場所に向かう。
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