わがまま言ってくれたらうれしいな

 そして、記憶がよみがえった。


 それはスミレの前世。

 東京都目白区、目白中央メディカルセンター。

 見舞いに来ているというのに、鐘吾は菫の病室で防災ジオラマ作りにいそしんでいた。

「もう、しょーくんったら。見舞いに来てまですること?」

 姉の楓はあきれ果てるが、鐘吾は平然とジオラマ作りを続ける(試作品の土台は、観賞魚用の水槽だった)。

「だって言い出しっぺの菫がいねえと、これでいいのかどうか分かんねえじゃん。それにこのジオラマは俺と菫の合作なんだからさ」

「だからって……。はぁ。菫にアガートラームを作ってもらった手前とても強く言えないわ。でも理解しなさい、あんたのやってることは非常識だから」

 菫からは右手が失われているが、鐘吾が作った筋電義手アガートラームのおかげで、呼吸不全以外のことではあまり苦労しなくなった。

 鐘吾は紙粘土を練ってそれを水槽に並べてゆき、余った紙粘土で同じ病室の子供たちに白い人形を作ってプレゼントしていた(絵具の持ち込みはさすがに病院から拒まれたため、真っ白でも完成品となるものとしててるてる坊主にした)。

 そんな鐘吾に、菫は申し訳なさそうに言う。

「ごめんね、鐘吾くん。わたしが新しい防災システムを作ってなんて言ったから。勉強もしてないでテストもひどかったんでしょ?」

「は! テストで人生決まるかよ。たとえ高校に入学できなくたって俺には親父レベルの技術と『電工二種の資格』レベルの知恵があるんだ、店の経営を雄吾に任せりゃ、うちの電気屋はそう簡単につぶれやしねえさ」

 鐘吾の実家は、昭和感のあるレトロな電気屋である。

「もう! しょーくんって本当にロックなんだから!」

「まあまあ。行き詰った時に教科書眺めるくらいはしてるって」

 もはや重症である。

 そんな鐘吾に、菫は言う。

「でも、やっぱり勉強もがんばらないとダメだよ。わたしのわがままなんかで鐘吾くんの成績をダメにしたくないよ」

「だったら、これは半分俺のわがままだ」

 鐘吾はジオラマ用の水槽を床に置き、菫の頭をぐしゃぐしゃとかき回すようになでる。

「鐘吾くん……」

「菫だって言ってくれていいんだぞ、わがままは。だって俺ら小さい頃から知ってるし、妹みてえなもんじゃねえか。かわいい妹に頼られてうれしくねえ兄貴なんていやしねえよ」

「そう、なのかな……? だったら、わたしもっとわがまま言っていいのかな?」

「いいんじゃねえか? 俺はもっと、わがまま言ってくれたらうれしいな」

 すると、楓も。

「そうだね。あたしも菫にはずっと笑っててほしいから、そのためのわがままだったら何でも聞いちゃう。……決めた! あたしもしょーくんのジオラマ作り手伝うよ。さすがに病院ではだめだけど、もう決めたからね、これはあたしのわがままだから!」

 そう、鐘吾は言った。

 ――「いいんじゃねえか? 俺はもっと、わがまま言ってくれたらうれしいな」


「鐘吾くん……」

 スミレは立ち上がり、夕暮れの空を見上げる。

 西の空はオレンジ色に染まり、たゆたう雲や行き交う鳥たちも鮮やかな赤に染まる。

 春とは言え、夕方の風は冷たい。ピンク色の花びらが、スミレの銀色の髪を彩る。

 懐かしい記憶に懐かしい声。呼び覚まされた記憶は、涙となって零れ落ちる。

 そして、スミレは意を決した。

「わたし、がんばるよ。だから見てて、お姉ちゃん、鐘吾くん。それに」

 スミレは、レギンの墓に向かって頭を下げた。

「ごめんなさい、おじいちゃん。わたし、やっぱり『防災と救命の魔法士』になる!」

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