いいんじゃねえか?

 翌年。

 スミレ・フライハイト・パールインゼル十歳。グルントシューレ最高学年である四年生。

「うん! おじいちゃんの荷物も随分片付いた!」

 レギン自身「粗末なところ」と言うだけあって、レギンの寝室はゴミ屋敷、そのほかあったふたつの部屋も同様、魔法や錬金術に使う道具も片付けられていなかった。しかしそれをレギンの生前から少しずつ整理して、やっと人が快適に住め、研究もできる住居兼ラボに生まれ変わった。

 それだけではない。インテリアどころか本棚の肥やしと化していた天球儀とアストロラーベもラボに置かれ、スミレが占星術を独学することにようやく役立った。

 春を迎え、グルントシューレの卒業も迫ってきた。

 そんな折に、ガルテンの女性教師はスミレに進路の提案を持ちかけた。

「ねえ、パールインゼルさん。あなた魔法士になってみるつもりはない?」

「はい? どうしてですか?」

「そうね。あなたは賢者様直伝の魔術とかの知恵もあるし、そしてパールインゼルさんが精霊、すなわち『アークル』を人よりも多く持っている種族だからなの。パールインゼルさんは決して秀才と言うわけではないけれど、賢者様の養女であるパールインゼルさんは、きっと魔法士として活躍できると思うのよ」

「そう、ですか……? でも、アークルって確か」

 それは、レギンに教わっていた。

 ――「生命因子アークルとは、すべての生命が持つ生きるためのエネルギーじゃ。しかしそれを魔法と言う目に見える効果に変換できる者、つまり『魔法使い』はそう多くはない。そして魔術や錬金術のように、ある程度の知恵を身に着ければ誰でも扱えるものでもない。魔法は自然とアークルの循環を感じ、心から何かを願うことで発動させるものなのじゃ」

 ――「へぇーえ。ってことは、アームズを発射させたりフォースとして使ったりするようなものなのかな」

 ――「……すまぬ。わしがいくら賢者であろうと、スミレの前世のことまでは」

 ――「ごめんなさい! 年上の幼馴染とそのお父さんが大好きな映画だから!」

 そう言われたことを思い出し、スミレは先生に答えた。

「なります! 魔法士、やってみたいです!」

「よい答えです。では早速、魔法士の何たるかを教えてあげましょう。昼食の後、礼拝堂に来てちょうだいね」

 すると。

「はいはいはい! 私も魔法士の仕事に興味がありまーす!」

 スミレの隣でそう叫んだのは、エルフリーデだった。

「あら、殿下。しかし殿下はすでに魔法士の存在意義をお城で習っているのでは?」

「もちろんよ。でもそうではなくて、どうやったら魔法士になれるのかも知りたいの。お母様はいつも反対するの。『エルフリーデ、お前は有事の際に現場に出向くのではなく為政者いせいしゃとして指揮する立場になんちゃらかんちゃら……』って」

「まあ確かに、魔法士と言うものは戦争があれば戦地に赴き、災害あれば復興支援、どれもが力仕事で命がけ。そんな現場に王族が出向くなんてありえないですもの。殿下、王妃殿下のおっしゃることは何ひとつ間違っていません」

「えー!?」

「まあ、ですが」

 先生はその場でかがみ、エルフリーデの手を取って微笑んだ。

「魔法や魔術を学ぶだけであれば、まあ、ギリギリセーフだと思うことにしましょう」

「……先生、まるでいたずらっ子みたいな顔をしていらっしゃいますわ」

「教師たるもの、無下に伸びしろを潰したくはありませんもの。ふっふっふ」

 そしてスミレは、先生とエルフリーデのふたりから魔法士とは何かを教わった。

 組織としての正式名称は、『シュトルムラント王立魔法士団』で、魔法士は主にここに属する。これとはまた別に、同『騎士団』が存在し、前者は魔法や魔術を、後者はあらゆる兵器を駆使して戦争で戦い、国に殉ずる組織である。

 また、魔法士は何も王立魔法士団に属さなければそれを名乗れないわけではない。魔法士としての資格を得ることで『私立魔法士』、いわゆる肉屋や八百屋、レギン工房の金物屋のような自営業をすることができる。しかし戦争や災害があれば現場に駆り出されることもなくはない。

 ないのだが。

 ――連携の範囲は戦争とかそこに限定されちゃうのかぁ。

 その範囲の限定に、スミレは納得できない様子。

 そこまで教えると、エルフリーデはスミレに言う。

「つまりスミレ。あなたは戦争を好まない優しい性格ではあるけれど、これからひとりで生きていくなら絶対に力は必要だし、魔法士としての資格は賢者レギンから受け継いだ金物屋さんを経営してゆくのに絶対に必要なスキルになるわ。私も魔法士になったら、あなたの金物屋さんのお手伝いをさせてほしいの」

「そう、だったんだ……。えっと、あの、ありがとう、エルフリーデ。でもわたしは、このまま金物薬屋を続ける気はないよ」

「えっ? どうして?」

「一応レギン流錬金術は使えるけど、どうしたっておじいちゃんが作った道具にはかなわないもん。しかも鍛造系や刃物砥ぎなんて比較にもならない。おじいちゃんが生きていたころのリピーターさんだってもう来なくなっちゃったし」

「だったらなおさら、魔法士としての資格を取ってもっと腕を磨けば!」

「ううん、今のはただの理由。わたし、本当はもっとやりたいことがあるんだ。おじいちゃんには不義理をしちゃうかもだけど、どうしてもそれが、わたしのやりたいことだから」

 スミレは、その『やりたいこと』をふたりに打ち明けた。

 エルフリーデは言葉に詰まるが、先生は優しい笑顔でスミレに答えた。

「たぶん賢者様は反対しないと思うわ。こんなにかわいいお孫さんがやりたいって言ったことだもの、きっと背中を押してくれるでしょう」

「ホントですか!?」

「きっとね。それにあたしも、パールインゼルさんが本気で取り組みたいことなら全力で応援しちゃうかも。……ううん、させてちょうだい」


 その後。

 レギン工房の奥、丘の上の墓地。

 アルフレートとレギンの墓は、急ごしらえの墓石からのちに立派な墓石に交換された。

 お供え物として、線香代わりのアロマスティックとアルコール度の高いお酒、そして綺麗な花を並べた。

「おじいちゃん。わたしの夢、いつか話したことがあったよね」

 今は大地の中で眠るレギンに、スミレは静かに尋ねた。

「覚えてる? わたし、この世界に来る前は川の防災設備に体が巻き込まれて、右腕をなくして肺炎にもかかって、息ができなくなって死んじゃったんだ。その時に、幼馴染の鐘吾くんにお願いしたの。人を守るはずが人の命を奪う、そんなことのない防災システムを作ってって。わたしはそのシステムが完成したのをお姉ちゃんたちと一緒に喜んだし、それがすごい賞を受賞したのをテレビで見てた。右腕をなくしたわたしのために、鐘吾くんは世界中の技術者さんとお友達になって『筋電義手のアガートラーム』を作ってくれた。ベッド生活しかできないわたしの代わりに、わたしのために、たくさんの人が動いてくれたしたくさんのことがあったんだ」

 そう語りかけるスミレのそばに、グローリアスドラゴンのルベライトが座る。

 スミレはルベライトに微笑みかけ、続ける。

「でも、わたしはこの世界で五体満足の体に生まれ変わった。もう恩を返したい人には会えないけど、前の世界でできなかったことを、この世界でしたい。わたしは、わたしにできるすべてのことをしたい。それが、おいじいちゃんのお仕事を終わらせることになったとしても」

 森に住む動物たちもやってくる。誰もがスミレの顔馴染だが、お調子者のサルがお供え物の酒を盗み飲みした挙句酔って倒れる。

「おじいちゃん、許してくれる?」

 すると。


《いいんじゃねえか?》


「えっ?」

 不思議な声が聞こえた。

 スミレはあたりを見回すが、誰もいない。

 だが、その不思議な声は。

「鐘吾、くん……?」

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