精霊のお姫様になっちゃった!?

 レギン工房。

 朝食を取りながら、双方は互いに起こった出来事を説明した。

「そうなんですね。この体は遠い国の王族のお姫様のフライハイトちゃんのもので、家族のみんな、戦争のせいで。そしてフライハイトちゃんを送り届けた兵士さんも……」

 フライハイト=菫は窓の外を見やる。

 レギンが作っていた木箱は、木棺だった。

「そうじゃ。そして殿下、いや君の真の名を菫と言うのじゃな」

「はい。ところで、フライハイトちゃんってどんな子なんですか? 手足を見てみると、すごく小さい子みたいなんですけど」

「そうじゃな」

 フライハイトのフルネームを、フライハイト・ノルトライン。ノルトライン王国の国王と王妃の娘であり、八人兄妹の末っ子。年齢は二歳。人類における種族としては『精霊種』。シュトルムラント王国の外交関係者の話では、「かなりのお母さんっ子で嵐のように泣く泣き虫」とのこと。

「と、聞いたことがある」

「あははっ、何ですかそれ。すごくかわいい」

「そうじゃな。わしもあと三十年若ければ、魔法士団の一員としてかつてのフライハイト殿下に謁見できたじゃろう」

「わたしも会ってみたかったです。でも、そのフライハイトちゃんの未来を、わたしが取り上げちゃったんですよね……」

「そう思うのであれば、フライハイト殿下の分もきちんと生きるのじゃ。菫も前世では、もっと生きたいと願ったじゃろう? ふたつの過去をきちんと受け止めたなら、わしは君が未来を築いてゆく手助けをしてやろう。どうかね?」

「はい。わたし、もっともっとたくさんやりたいことがあったんです。錬金術があって、精霊がいて、そんな夢みたいな場所で、精いっぱい生きていきたいです!」

「ならば、たくさん食べて元気をつけんとな」

「はい!」


 その後、フライハイトをここまで守り抜いた騎士アルフレートをレギン手製の木棺におさめ、工房から少し丘を登った見晴らしの良い場所に墓を建てた。

 菫はフライハイトの存在を消さないためにもその名前を受け継ぎ、また名字をいじって『スミレ・フライハイト・パールインゼル』を名乗ることにした。

「そうか。よい名だ、スミレ」

「ありがとう、レギンさん」

 スミレはレギンから彼が持つ魔術と錬金術と占星術、そして鉄の打ち方と刃物の砥ぎ方を学び、時折彼とともに城下町まで工房で作った刃物や食器や薬などを売りに行き、この世界の常識を教わる。精霊種・精霊族出身という美しい容姿もあってスミレは町の人気者になり、訪れれば市場の人々からたくさんの食べ物や洋服などを貰っていた。

 レギンの紹介もあって、シュトルムラント王国の王族や城の関係者ともすぐに顔見知りとなった。その中でもスミレ(=フライハイト)と同い年と言う第一王女エルフリーデ・シュトルムラントとはすぐに仲良くなった。

 また、ある日。

「スミレ。君の前世の世界では、学校と言ったかな、ガルテンのような施設があったのだろう。ガルテンに通いたくはないか?」

「えっ、いいんですか? ええと、お金とか。それに、勉強はおじいちゃんが教えてくれますし」

「気にすることはない。グルントシューレ、つまり人生の基礎の勉強と給食は国が負担してくれるし、スミレにも友達ができるだろう。それに、わしが教えられることなんぞ偏りすぎていて何の足しにもならん。スミレがガルテンに通うことを望むなら、すでにその準備はできておる。どうじゃ?」

「ええと、では!」

 こうしてスミレが六歳を迎える年、レギンは『基礎教育課程グルントシューレ』から『高等教育課程ギムナジウム』の役割を果たす学舎『王立エデルヴァイスガルテン』に通う手続きを終え、そこまでの足として、魔法士団のつてを借りて生まれて一年の小型ドラゴンのひなを譲り受けた。それでも子供を背に乗せる程度であれば申し分ないほど大きい。

「うわぁ、宝石みたいにきれいな羽! おじいちゃん、これって!?」

「うむ。前に教えたじゃろう、グローリアスドラゴン。この子はまだ一歳じゃ。名前はまだ決まっておらん、スミレがつけるとよかろう」

「鳥みたいなのにドラゴン族なんだね。でも確かに、シッポが長いし牙もある。目は……、ガーネットみたいに赤くてきれい。あ、でも」

 その時、スミレの脳裏にかつての記憶がよみがえった。

 ――「ねえ、鐘吾くん。それ宝石だよね。高くなかった?」

 家が隣同士で家族ぐるみで付き合いがある、二歳年上の幼馴染の少年、獅童鐘吾。

 彼は昔から機械いじりや分解と発明が好きで、バイクのエンジンを分解しては父親にゲンコツをはじめとした折檻を食らい、スミレ(=菫)が防災設備であるはずの護床ブロックで右手と自由を失ったことで防災ジオラマを作り上げて文部科学大臣賞の銅賞を受賞してしまった、『根っからの科学バカ』である。

 ――「ん? ああ、手作りブレスレットの工作キット用に売られてた安いやつだよ。この石の名前は『ルベライト』、日本語で『紅電気石べにでんきせき』って呼ばれてるんだ。電気って言うくらいだから絶対に電池になるぜ! 災害が起こった時、これがあれば電力に困ることたねえってことよ!」

 ――「すごーい! がんばって作ってね!」

 宝石から電池を作ってみせる。そう意気込む鐘吾と心躍らせる菫。

 だが、どちらの両親も「よくやるなあ」とあきれ顔。

 結局、光を当てる(光で加熱する)ことで発生する静電気を利用した小型空気清浄機が完成した。効果は立証されていないが気休めにはなると、『電気石電池(改め電気石空気清浄機)』は菫の病室に置かれることになった。

 そして、スミレは決めた。

「うん! きみの名前は、ルベライト!」

 そしてルベライトと名付けられたドラゴンは、スミレの下腹に頭を押し付けて好意を示した。大丈夫だろうと踏んだレギンはルベライト専用の鞍を装備し、ルベライトが嫌がらないことを確認してスミレをその背に乗せた。

「うわーい! 高い、すごく高い! ねえおじいちゃん、いつもと見える景色が違うよ!」

 はじめはレギンを「レギンさん」と呼んでいたスミレも、家族のように「おじいちゃん」と呼ぶようになった。

「それはよかった。スミレ、ルベライトはわしらの家族に、そしてお前の妹になるんだ。ちゃーんと可愛がってやるんだ」

「うん! へぇ、きみって女の子だったんだね。よろしくね、妹ちゃん!」


 そして月日は流れた。

 学舎でエルフリーデと再会し、ともに勉強し、たくさん遊んだ。エルフリーデは城で英才教育を受けているだけあって学業においては優秀だったが、いじめっ子や野良犬などを見つけるとスミレを伝令役にして自分から制裁、駆逐しに行くというとんでもないお転婆ぶりを発揮していた。スミレは学舎での勉強のほかにレギンから魔術などを習っていることもあって、いつの間にか魔術に関してはギムナジウム八年生(最高学年)と肩を並べて勉強するほどになった。

 しかし時が経つと言うことは、レギンも老いてゆくと言うこと。

 スミレがグルントシューレ三年生の春(三学年修学期間後期)、何の前触れもなくレギンは倒れ、三日三晩生死の境をさまよった。それを聞きつけた国王シュヴァルツと王妃クラーラ、王立魔法士団の旧友は一も二も無く駆け付けた。そしてレギンは最愛の家族であるスミレ、古い友人たちに最後の別れの言葉を残し、静かに旅立っていった。

 スミレは一度死に、本当の家族と離別してしまった。この世界に転生してできた最初で唯一の家族の死は、スミレに深い悲しみを残した。

 一晩泣き叫んだスミレは、最愛の家族レギンを弔うべく、かつてレギンがそうしたように木棺を手作りし、スミレ(=フライハイト)を必死に守り抜いたアルフレートの隣に墓を建てた。

 国王シュヴァルツは、スミレに「よければ城に住まないか? 娘の友人として、家族として歓迎しよう」と提案した。しかしスミレは、少し考えて答えた。

「ありがとうございます。でも、今は……」

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