第一章 ツァウバー・リッター出動! -前編・スミレ転生-
魔法士のスミレ
『ガイウス歴』千八百二十五年。
季節は夏の終わり、年度末。
立憲君主制国家『シュトルムラント王国』。
同・王城、王立魔法士団
今日も今日とて、魔法士たちは魔法の勉強に励み、またその練度を高めている。
魔法士となることに、年齢や性別、種族などは関係ない。現に『賢人(いわゆる普遍的な人間)』、『精霊』、『魔人』、『小人』、『巨人』ほか、稀だが『獣人類』(生物学においては、人類ではない生物が人間と共存すべく進化・変容したのではないかと考えられている)もいる。実力や才能、実績などがあれば、誰でもその道は開ける。
屯所に、獣人類の一種『龍人』の老人ゲレティヒカイト・ドレイクがやってきた。彼の入室にそれまで雑談していた魔法士たちは背筋を正し、勉強や実験をしていた魔法士を注意しようとする。
「よいよい。楽にして構わん」
「しっ、しかし団長。こういう規律はしっかりしなければ」
そう言う男に、ゲレティヒカイトは右手をかざして答えた。
「よい。わしはもはや団長ではないし、陛下の温情で机を枕に寝ているだけの老いぼれじゃ。ところで、殿下と世話役のお嬢ちゃんはどこにおる?」
「ああ、はい。殿下たちは『賢者の工房』に行くとおっしゃっておられました。殿下はおてんばが過ぎていらっしゃいます。王族たるもの、護衛もつけずあのような所に遊びに行くというのはいかがなものでしょうか」
「やれやれ。お主は立場ばかり気にしすぎじゃ。そしてその立場と言うものを他人にも押し付けて物を論じるところがある。よきことであろう、王族と言う立場の者が国民の暮らしを知り、国民の声をその耳で聞き、ご自身のおみ足で見聞を広める。殿下ほど次代の国王にふさわしい者はいないと、わしは思っておるがな」
所変わり。
シュトルムラント王都に程近い森『おそろしの森』の奥。
小高い丘にたたずむ小さな屋敷に、主である少女が帰ってきた。
「ルベライト、ただいまー! ……って、そっか。今は森の害虫駆除を任せてたんだった」
少女は白いシャツに薄紫色のボレロジャケットと濃紺のキュロットスカート、立派な革のブーツをまとい、胸には『王立魔法士団認定一級魔法士』の資格を意味する紋章を提げている。そして右手にはジャケットの上から、赤と銀に輝く指ぬきのガントレットを巻いている。
長い髪は銀色、目の色はアメシスト色。絹のように美しく白い肌を持ち、年頃は十二歳ほど。丸い目と卵のように整った顔立ち、髪と同じ色のふさふさの毛でおおわれた長い耳を持つ、美しく可愛らしい精霊種の少女だ。
「まいっか。さーて、今日のご飯はカレーだカレー! スパイスはルベライトにゃ無理だけどぉー、お肉マシマシ、お野菜シャキシャキ、玉ねぎとチョコレートで甘口だぁーい」
屋敷は簡単な木製の柵で囲われている。『ストンプバード類(空を飛べない鳥類)』の一種『ドルド』数羽を広いケージの中で飼育し、肉や魚は防腐剤(主に塩とハーブ)をまぶして干している。畑も耕しており、花よりも数種類の野菜を育てている。
害獣対策として、よく磨かれた鎖や大きな目玉、鳥の死骸に似せた羽飾りなどが策や畑のいたるところに設置されている。敷地の中央には祭壇のようなものがあり、そこには『獣惑わし』の魔法陣が刻まれている。
すると。
「キュウウウウウ!」
屋敷の扉を開けようとした彼女の耳に、大きな羽音と鳴き声が聞こえてきた。
少女が振り返るとそこには、純白の美しい羽と宝石のように美しく輝く赤い目を持つ『グローリアスドラゴン』の姿があった。
「おかえり、ルベライト! 今日は市場でお肉祭りだったよ。今夜のご飯、楽しみに待っててねー!」
ここは、魔法と錬金術と占星術の研究所。
名を、『スミレのラボ 旧・レギン工房』。
そして火山岩の門柱に掲げられた表札には、今は亡き『賢者レギン』をはじめとしたこの屋敷の住民の名が彫られていた。
“レギン・アウグスト”
“スミレ・フライハイト・パールインゼル”
“ルベライト”
スミレのラボ、一階。
賢者レギンの遺産である様々な道具を使い、屋敷の主たる少女スミレは今日もまた発明にいそしむ。その様子を、開け放たれた窓からルベライトがのぞく。
「ご飯の準備? 大丈夫、このユニットだけ作ったらちゃーんと作るって。でも懐かしいな。鐘吾くんもドローンいじりしてパパさんやお姉ちゃんに怒鳴られてたっけ。わたしも、あ~あ、またやってるって笑ってたけど、わたしがその鐘吾くんと同じ事やってちゃ前世のわたしに叱られるってものかな」
すると、スミレの手が止まる。
綺麗な両目は発明品を見つめながら、その目に映る情景は異なるものだった。
「今頃あっちの世界でも、鐘吾くんは何か作ってるのかな。でもってお姉ちゃんにあきれられてるんだろうなあ。わたしがこっちの世界に転生して十年、ふたりとも立派な大人になってるんだろうな。ふたりは結婚したのかなあ」
すると、ラボのドアがノックされる。
「あっ」
「スミレ、来たわよ」
「ごめんくださーい」
「エルフリーデ、イレーネ! いらっしゃーい、待ってたよー!」
スミレが作業の手を休めてラボの扉を開く。
そこにいたのは、ふたりの少女。
「やれやれ。グローリアスドラゴンはとても便利だけれど、騎士団用の鞍ってお尻が痛くなるのよね。だと言うのにスミレの『ライチョウ』と『ハチドリ』は王都のやんちゃな子供たちに壊されて使えないなんて、とんだ不運もあるものだわ」
「あっははは……。あれはちょっとメンタルへこんだよぉ」
エルフリーデ・シュトルムラント。
シュトルムラント王朝の第一王女で五人姉妹の長女。ウェーブがかった美しい金髪に、サファイアのように美しい碧眼を持つ。ルビーがあしらわれたティアラと深紅のドレスをまとい、やはり深紅に輝く踵の高いエナメルの靴を履くが、全体的に派手すぎるわけではない。たたずまいはとても凛としており、気品と自信にあふれている。
「女王殿下もいい加減にあきらめてお許しになればいいと思うんですよね。エルフリーデ様ってば、お言いつけを破るたびに叱られても全く懲りずにまたドラゴンやライチョウに乗って城を抜け出すんですから。そして今では、当代の騎士団長よりも騎乗の腕前は上、と」
「まあまあ。わたしたちもチームもまだまだ、そしてこれからってことだよ」
イレーネ・バスティアン。
エルフリーデの侍女のひとりで、三級魔法士の紋章を持つ少女。天然の赤毛と赤目を持ち顔にはそばかすが目立つ。肌の色もやや濃く、彼女は人種概念においては魔人種(古くは魔族と呼称されていた)に分類される。侍女としては珍しく執事の制服をまとっており、言動も男性的だ。
すると、イレーネはスミレに尋ねた。
「スミレ。今度は何を作ってるんだ?」
「これ? これはね、気球や飛行船、大型ドラゴンに代わる新しい『空飛ぶ船』の模型かな。わたしが作ったエンジンと翼を持つ船、それに車輪があれば、理論的には絶対に飛ぶ。でもいきなり大きな船が空を飛ぶなんて誰も信じてくれないから、『プロペラがついたソレノイド』を
「だって?」
「ううん、先人の努力は報われてほしいなって」
そしてスミレは、遥か昔の記憶を呼び覚ました。
――「ってな具合で、
それは、尊敬する幼馴染が語ってくれた昔話。
そしてスミレの目の前にあるのは、その幼馴染が作った二宮忠八の傑作『タマムシ型飛行器』の模型を再現したもの。多少はスミレ流にアレンジされているが。
「陸軍さんはエンジンを提供してくれなかった。でもこの世界では、わたしが『魔法のエンジン』と一緒に完成させて見せたいんだ」
「うおおお、それっていいな! 夢とロマンの塊じゃんか!」
「うん、そうだね。この世界にあるすべてのものって、誰かの突拍子もないアイデアから生まれた夢の産物なんだもん。わたしも夢を形にしてゆく。特に、防災と救命の分野でね」
「防災と救命……。そうだよな。そのためだったらボクだって」
そして、エルフリーデも。
「防災と救命。これは『
「そうだね、エルフリーデ」
「御意の通りにございます」
王立魔法士団直属機動隊ツァウバー・リッター。
ひとたび災害が起これば現地に赴き、人命救助、応急処置、炊き出しや物資提供、心身のケアなどに努める、防災と救命のスペシャリスト。
真摯に災害と向き合い、人命と向き合い、それらの事柄に青春を懸ける少女たち。
それが、ツァウバー・リッターである。
さかのぼること十年前。
天候は大荒れ……
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